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  ケンブリッジ  
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バックスより川越しにキングス・カレッジ・チャペルを望む。

 
13世紀〜20世紀/700年間
イギリスを代表する大学都市
 
 
ケンブリッジ大学は、カッレッジの有機的集合体として存在している。したがって、建物もカレッジごとに独立して建てられていて、全体の統合は図られてこなかった。しかし、いずれの建物も、修道院の流れを汲み、広い方形の中庭があり、その四周に建物を建てるという形式をとる。主要な街路に面しているものの、中庭に入るにはいかめしい門をくぐる必要があり、開放と閉鎖のバランスがとられている。増築の場合には、もうひとつ中庭をつくり、それを囲んで建物を建てる。こうして、マスタープランは存在しなくても、建物の形式を同じくすることで、集合体としての調和が自然に形成されてきたのである。
19世紀に入ると、大学を巡る社会情勢が変化し、学問分野も拡大し、急激な拡張の必要にせまられた。それまでの伝統的な建物のあり方では対処できなくなった。特に「今世紀以降に開発された多くの施設と外部空間は、いわゆる近代建築的手法のもとに計画され、旧カレッジ群に見られるような空間的伝統は見られない。しかし、一方で、各カレッジと学部が自律性を保ち、全学的なマスタープランを持たなかった大学は、常に街との関係の中で大学空間を展開してきた。今世紀における大学の拡張もその伝統にしたがって、公共の街路に囲われたブロックを敷地の単位としながら行われてきた。それは大陸における多くの中世都市大学とは違い、ケンブリッジでは、大学と街がパラレルに展開していることにおける特徴と考えることもできるだろう」(『SD』1996年2月号別冊、鹿島出版会)

図版:『SD』1996年2月号別冊、鹿島出版会

 
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16世紀ケンブリッジの鳥瞰図。大学がまだトランピントン通りに面していないことが分かる。
 
 
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