PARK S t u d i e s 公園 の 可能性 Study 14 オープンスペース としての水面 [ 文・写真 ] 石川初 広い水面をもった公園がある。水面は広場ではないが , 芝生や樹林とはまた違ったオープンスペースをつくっている。 16 KAJIMA 202402 洗足池公園 ( 東京都大田区 )

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公園の水面都市のなかで開けた空間をつくる要素のひとつが水である。水はとても身近な物質である。私たちは日常生活の中で頻繁に水に触れている。私たちは水を飲んだり水で食物を調理したりして体に水を取り入れるし , 身体を含むさまざまなものを水で洗って水に流す。水がないと私たちは生きることができない。体重の半分ほどは水だと言われている。私たちは , 水によって生かされている。水はまた , 惑星規模のスケールの環境をつくっている。表面の3 分の2が水に覆われている地球は「水の惑星」である。水の惑星を太陽からの光が温める。水は蒸散して大気中に雲をつくり , 雨となって地面に降ってくる。地面を流れる水は集まって川をなし , そしてまた海に注ぐ。形を変えながら流れ続ける水の循環のなかに私たちの生活はある。氷河や氷山などのように固体として存在している場合を除けば , 水はそれ自体が造形 するものではないが , 地形と組み合わさることで独特な景観をつくる。たとえば湖や池の水面の広がりである。東京の都市公園のなかには , 大きな水面をもったものがいくつもある。江戸時代に大名庭園であった場所につくられた公園にはしばしば池がある。有栖川宮記念公園 , 旧芝離宮恩賜公園 , 小石川後楽園 , 六義園などの公園はいずれも大名屋敷の敷地が公園に転用されたものだが , 敷地内にあった日本庭園の池の形が現在も受け継がれている。また , 洗足池公園や井の頭恩賜公園のように , 武蔵野台地の湧き水が池をつくっている公園もある。水面の公園大きな池をもった公園は , 公園の中心に水面があり , その周囲に植栽地や芝生があったり , 池の周りを巡る散策路がある配置が多い。当然ながら池には木々も生えていないし , 土の山も建物もない。周囲に深い PARK S t u d i e s 公園の可能性 Study 14 樹林があっても , 池の部分はぽっかりと明るく開けていて , まさにオープンスペースをなしている。人は水の上に居ることができないので , 岸辺を歩いたり腰掛けたりする。人々が池の方を向いて休んでいる光景は , 広場を囲むベンチから芝生地を眺めている様子に似ている。そう思って見れば , 池に浮かぶボートは芝生に点々と置かれたレジャーシー 洗足池公園の池とベンチ 18 KAJIMA 202402

水が張られた水田風景 ( 千葉県南房総市 ) 洪水調整池 ( 神奈川県藤沢市・慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス ) トや簡易テントのように見えてくる。水が映すものもともと修景や親水のためにつくられたわけではない水面が公園として活用されるケースもある。 1978 年に開園した東京港水の有無は風景を大きく変えることがあ野鳥公園は , 東京湾岸の大井埠頭に作らる。水田地帯では , 田植えの時期に田に水れた面積 36ヘクタールの海浜公園だが , 埋が張られるとまるで大きな湖が出現したよう立地にできた大きな水たまりに野鳥が飛来な光景を呈する。河川が増水したり , 干潮するようになり , 保全を要望する市民運動をによって海岸が後退したり遠浅の浜があら経て公園化されたものだ。勝手にできた水われたりしても風景は一変する。河川や海面が大きなビオトープとなり , そこに公園があは視覚的なオープンスペースである。日本のとからつくられたのである。また , 埼玉県越都市は公園が少ないと言われるが , 日本の谷市のレイクタウン湖畔の森公園や , 千葉多くの都市は海岸に近い低地に発達してい県柏市の柏の葉アクアテラスなどのように , て , 海や河川が近い。水面を広場だとみな土木施設である洪水調整池が修景・親水せば , ずいぶん広いオープンスペースを有し空間として整備された例もある。私が勤務ているとも言える。する慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスで水はそれ自体の色や形よりも , 周囲の環も , キャンパスのなかほどにある洪水調整池境をさまざまに映すことで風景となっていが修景池にもなっている。る。静かな水面は地面に置いた鏡のように 「水色」の違い 空の色を映し出す。また , 水面は少しの風にもさざ波を立てて , 空気の動きを見せてくれる。水は環境の状態を景観に変換する媒体である。澄んだ水が青く見えるのは , 水中で赤や黄色の光が吸収され , 青い光が散乱するためだと言われている。さらに水面が空の青さを反射するため , 多くの人は水は青いという印象をもっているだろう。市販のクレヨンや絵の具のセットのなかの「水色」は薄い青色である。しかし , 実際の水面は天候や季節や時刻によってさまざまな色に変化する。私の研究室では , 京都府宇治市およびアーバンデザインセンター宇治との協同で , 地元の子ども向けに風景のなかの色を採集してクレヨンをつくるというワークショップを実施しているのだが , 子どもたちが採集してくる「水の色」の多様さに毎回驚いている。あたりまえのことだが水は「水色」ではない。そもそも水色が薄い青色だという観念が固定的な思い込みなのである。水の多様さは私たちの固定観念にさざ波を立て , もう一度風景を子どもの眼で眺める契機を与えてくれる。 ̶ いしかわ・はじめランドスケープアーキテクト / 慶應義塾大学総合政策学部・環境情報学部教授。 1964 年生 , 鹿島建設建築設計本部 , 米国 HOKプランニンググループ , ランドスケープデザイン設計部を経て ,2015 年より現職。登録ランドスケープアーキテクト (RLA)。著書に『ランドスケール・ブック ̶ 地上へのまなざし』 (LIXIL 出版 ,2012 年 ), 『思考としてのランドスケープ地上学への誘い ( 』 LIXIL 出版 ,2018 年 ) ほか。 19 KAJIMA 202402 デザイン : 中野デザイン事務所