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幸せの建築術 人類の叡智を再考する 第4回 中国・福建省 土楼――団結心を育む住居

中国福建省を中心に,客家(はっか)と呼ばれる人々が住む,土楼という城塞のような住居がある。その形態はユニークで,円形,方形(円楼,方楼という)のものがあるが,共通しているのは堅固な土壁で内部が守られていることだ。

中国の都市は防御のため城壁に囲まれていて「城市」と呼ばれるが,土楼はまさに城市を縮小したもの。上空から見ると住居とはとても思えない。米中の国交が樹立される以前,アメリカ合衆国が中国の衛星写真を解析した際に,円楼の形状をミサイル基地と誤認し,中国大陸に大規模な軍事基地が建設されているのではないかとの疑念を1985年まで抱いていたといわれる。

図版:地図

写真:円楼の内部

円楼の内部。中庭に面した回廊に沿って,木造の住居が均等に配置される。瓦屋根が美しい

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中国のジプシーのような客家

客家の先祖は,華北(かほく)を北方系の遊牧民に征服された北宋の頃,中原(ちゅうげん)地方から南に移住した漢民族の子孫だといわれている。彼らは移動する先々でよそ者扱いされたことから,客家という呼び名が付いた。農地を持てなかった代わりに,流通,商業などに秀で,教育にも熱心で多くの偉人を輩出している*。頭がよく金儲けがうまいため,ときに嫌われ追われて,いわば中国のジプシーのような民族だ。戦後に奇跡的な経済成長をとげたシンガポールの支配階級には,客家出身者が多い。移動性に長けた能力で海外にまで移住して,数多くの富豪を生み出してきたのだ。

シンガポールで大財閥となった有名な人物は,仲間とふるさとの厦門(アモイ)を出るときに,こう誓い合ったそうだ。「我々は一心同体だ。ここから成功者が出るよう協力し合おう。そして成功した者は他の者を助けよう」。この団結心の強さが,客家の人々の持ち味だ。

*客家出身の著名人には,政治家の孫文や鄧小平,シンガポール初代首相のリー・クァンユー(李光耀),タイの元首相タクシン・チナワット,フィリピン初の女性大統領コラソン・アキノなどがいる。

写真:ミサイル基地に誤解されることもある土楼の集まり

ミサイル基地に誤解されることもある土楼の集まり。円形と方形がある。大きな円楼では直径100mぐらいのものもあり,最大で100〜200戸の家族が住む

写真:昨今は中国国内からの観光客が多く訪れる

昨今は中国国内からの観光客が多く訪れる。観光用に修復し,ホテルに改装された土楼もある

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写真:土楼の外壁は土を突き固めた版築

土楼の外壁は土を突き固めた版築。エントランスに個性が表れる

写真:中庭は住民の共用空間

中庭は住民の共用空間。先祖を祭った廟や集会施設,ゲストハウスなどがある

写真:1階中庭に面して設けられた炊事場

1階中庭に面して設けられた炊事場

写真:家畜も一緒に生活している

家畜も一緒に生活している

写真:炊事場

炊事場には排水用の溝が掘られている

団結心を生み出す仕掛け

土楼には一族がまとまって住む。外部からの襲撃を防ぐための外壁は,厚さが2m近くもあり,土を型枠に入れて突き固める版築である。表面は仕上げもなく,荒々しく強い表情を持ち,敵を拒むに十分である。しかし,内部へ入るとその表情は一変する。外部の土壁に対して,内部は徹底して優しい木造の住居空間がつくられている。自然の風や光が巧みに取り入れられ,暮らしやすさがうかがえる。

この住居部分には,団結心が生み出される仕掛けを多く発見できる。その最たるものは,貧富を問わず平等な共同体を保つために,同心円状に均等に分割された平面形式である。このような集合住宅は,世界にも例を見ない。

近代の集合住宅は,できるだけプライバシーを守ることを優先してきたが,ここには全く逆の発想がある。各家の所有形態は縦に分割されていて,1階には各家庭の台所が並び,食事もここでとる。2階には穀物倉庫,3~4階は居室,寝室となっている。すると,どういうことが起こるか。部屋を移動するときは,もちろん各戸の内部に階段はないから,数ヵ所ある共用階段を使うため,中庭に面した廊下と共用の階段を行き来しなければならない。空間的には縦につながっているが,動線上は遠回りすることになる。否が応でも人と人が必ず顔を合わせるつくりになっているのだ。

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建築の力で人がつながる

日本の集合住宅ではプライバシーが優先されすぎて,孤独死などが問題になるが,ここではそういうことは起こらない。

食事時は土楼内部が最も賑やかになる時間である。各家が一斉に1階で食事の準備に取りかかるので,隣の家では何を作っているか手に取るように分かる。隣近所で一緒に料理をしたり,作った料理をみんなで分けるのは,文字どおり日常茶飯事の光景だ。建物の玄関(エントランス)を入ると椅子が置かれていて,住人が座ってお喋りを楽しむコミュニティ・スペースになっていたり,他にも顔を合わせるための工夫が随所に見られる。

このような集合住宅のつくり方は近代建築では完全に失われてしまった。プライバシーを重視することが私たちの生活を本当に幸せにしているだろうか。現代社会を見ていると,人と人の付き合いが再び求められているように思えるが,我々はなかなか簡単には仲良くなれないものだ。そのきっかけを,建築空間はつくり出すことができる。客家の土楼は,そのことを私たちに教えてくれる。

写真:福建省の土楼は世界遺産に登録されている

福建省の土楼は世界遺産に登録されている。火災を防ぐため,全戸でIHヒーターを使う徹底ぶり

古市流 地球の歩きかた

中国・福建省
(Fujian, China)

面積:121,400km2
人口:3,774万人
省都:福州
中国大陸の東南沿岸に位置し,台湾海峡を隔てて台湾に臨む。

福建省の土楼へ行くには

福建省には,大都市・厦門(アモイ)から入るのがベストである。厦門へは,上海発の飛行機が便も多く格安チケットもある。

土楼へはバスで行けないこともないが,時間が正確でないうえに本数も限られている。厦門のホテルのコンシェルジュに,客家の土楼に詳しい運転手という条件を付けて,タクシーを3〜4日の契約で頼んでもらうのがよい。日本に比べたら格段に安い。出発前に行きたいところを伝えると,運転手が行程を考えてくれるうえに,道中,美味しい客家料理店にも連れて行ってくれる。

最近土楼は一大観光地となり,多くの中国人が押しかける。中国の休日とバッティングしないようにしたい。ガイドブックには『客家民居の世界』(茂木計一郎・片山和俊著,風土社)がおすすめ。

「国際花園都市」厦門

厦門は中国東南にある美しい海辺都市で,「国際花園都市」と称えられる中国でも人気の観光都市。大都市の賑やかさと小さな町の静かさを兼ね備えていて,散策を楽しめる。時間があれば厦門観光もおすすめである。

かつて魯迅が厦門に滞在していた。また,台湾・中国で民族的英雄として敬われている鄭成功は長崎県の平戸で生まれ,厦門で育ったという歴史を持つ。

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豊富な魚介料理

厦門は魚介料理が美味しい街である。料理店では店先の水槽に貝や魚がところ狭しと並べられており,それらを直接注文する。数多くの店があるが,まず水槽をよく眺めて,新鮮かどうか見極めることが大切だ。名物のビーフンもはずせない。

写真:リマのレストラン

古市徹雄(ふるいち・てつお)
建築家,都市計画家,元千葉工業大学教授。1948年生まれ。早稲田大学大学院修了後,丹下健三・都市・建築設計研究所に11年勤務。ナイジェリア新首都計画をはじめ,多くの海外作品や東京都庁舎を担当。1988年古市徹雄都市建築研究所設立後,公共建築を中心に設計活動を展開。2001~13年千葉工業大学教授を務め,ブータン,シリア調査などを行う。著書に『風・光・水・地・神のデザイン―世界の風土に叡知を求めて』(彰国社,2004年)『世界遺産の建築を見よう』(岩波ジュニア新書,2007年)ほか。

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