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Chapter 1:英国PFIの歴史とKEプロジェクト

PFI誕生

第二次世界大戦後の英国では,「ゆりかごから墓場まで」という言葉に代表されるように,医療サービスの無料化など社会保障制度の充実に加え,石炭,鉄鋼,運輸,鉄道,電力,ガスなどの基幹産業の国有化が労働党政権時に進められた。これらの政策は,膨大な財政支出や税収の伸び悩み,国民の勤労意欲低下など,経済・社会的な問題を引き起こしていく。1960年代になると,「ヨーロッパの病人」「英国病」とまで呼ばれるようになってしまう。

1979年,保守党のサッチャー政権が発足すると,「小さな政府」をスローガンに,財政支出の削減,税制改革,規制緩和など様々な政策を推し進めていった。注目すべきは,民間が行うべきものは民間にという考えのもと,「国有企業の民営化」を積極的に推進すると共に,通信,電力,ガス,水道などの公共サービスを民間企業に委託する外注化などを進めたことだ。1990年,メージャー政権となると,本来公共が行うべきサービスについても民間資金を活用することを明確化。PFIの考え方が生まれ,1992年に導入が決定された。しかし,当初は,入札などに複雑な手続きが必要で,民間企業に多大な負担がかかり,実際に契約締結に至った事業は数件しかなかった。

転換期

1997年,労働党ブレア政権誕生がPFIの転換期となる。政権交代によりPFI存続が懸念されたが,前政権以上に民間シフトを加速,拡大させていくことになる。具体的には,入札プロセスの簡素化,契約書の標準化,組織的な支援体制強化などにより,PFIの活性化を進めていった。また,対象となる事業も,交通・運輸,刑務所,防衛などの施設から,老朽化が進んでいた学校や病院の建替えや改築に重点を移していった。これらの積極的な対応により,2014年3月時点で,事業件数は728件,事業資金は累計£55.6billion(約10.6兆円;1£=190円)となり,英国の公共事業における手法として根付いている。

KEの取組み

この状況をいち早く読み取り,KEは英国PFI市場をビジネスターゲットとする。英国PFIの推移とKEの実績を重ね合わせると,件数が増える2002年~2007年に,学校,病院を中心にKEの案件も増加。時代の流れと共に,実績を積み重ねたことがわかる(次ページ参照)。2008年,リーマンショックの影響でPFI事業数が減少するなど苦しい時代もあったが,キャメロン政権下で進んだPFI改革における新たなスキームにも対応を始めている(Chapter 2参照)。

KEが参画した事業は,学校10件,病院6件,庁舎・図書館などの公共施設6件,計22件となる。そのなかには,開発した案件の売却や第三者が開発・運営していた案件の購入という英国PFIならではのビジネスモデルに対応したケースもある。これまでの総事業費は, £938million(約1,800億円;1£=190円)に上る。日系企業として最大規模を誇っている。

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英国PFIの推移とKEの実績

図版:プロジェクトMAP

(画像をクリックすると拡大表示されます。)

KEプロジェクトMAP

図版:地図

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写真:DEFRAケンブリッジ庁舎

DEFRAケンブリッジ庁舎

写真:ノース・タインサイド学校

ノース・タインサイド学校

写真:イーリング学校

イーリング学校

写真:ノーサンプトン学校

ノーサンプトン学校

写真:HSE本庁舎

HSE本庁舎

写真:ハバーストック学校

ハバーストック学校

写真:ダーリントン学校

ダーリントン学校

写真:ブライトン病院

ブライトン病院

写真:シェフィールド病院

シェフィールド病院

写真:ブレントウッド病院

ブレントウッド病院

写真:シェフィールド学校

シェフィールド学校

写真:オ-ルダム学校

オ-ルダム学校

写真:ノーリッジ学校

ノーリッジ学校

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写真:ニューキャッスル図書館

ニューキャッスル図書館

写真:ストーク高齢者住宅

ストーク高齢者住宅

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