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当社技術研究所には,業界一の規模を誇る海洋・水理実験棟があります。
ここでは,臨海部や海上にある建造物の計画,設計,施工,維持管理などに関わる研究開発を行っています。
今年2月,この実験棟の一部を更新しました。その背景や狙い,更新内容について,
担当研究員に教えてもらいました。

業界をリードしてきた実験施設

技術研究所(東京都調布市)の海洋・水理実験棟は,今から約40年前の1975年に建設されました。これは建設業では初のことで,当時大きな注目を集めました。その後も時代の要請に応じて数々の実験に対応し,今も業界をリードしています。

この実験棟には,平面水槽と不規則波造波水路,そして今回更新したマルチ造波水路の3つの実験装置があります。平面水槽はプールのような形状(長さ58m,幅20m,深さ1.6m)で,防波堤で囲われた港湾内での波の伝達実験や海上工事における施工性・安全性の検証など,大規模かつ広域エリアを対象とした実験をします。一方,他の2つの水路では,防潮堤などの断面の模型を用いて,個々の構造物に作用する力や性能などを検証します。不規則波造波水路で造れる波は,一般的な短周期の波浪(風波)のみですが,マルチ造波水路では,名前のとおり“波浪”“一様な流れ”“津波”を再現できます。

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東日本大震災が更新の契機

東日本大震災は,海洋・水理実験にも大きな変化をもたらしました。これまで高波や津波など様々な波が実験対象でしたが,震災後は津波の影響を検証する実験に集中しました。津波を再現できる平面水槽とマルチ造波水路の使用頻度が急増。特に,シンプルかつ低コストで実験ができるマルチ造波水路に,防災やエネルギーに関連した官公庁,企業などからの実験依頼が殺到したのです。既に老朽化が進んでいたことに加え,東日本大震災時と同じクラスの巨大津波で,精度の高い実験が求められました。これが,マルチ造波水路を更新するきっかけとなったのです。

図版:マルチ造波水路の概念図と外観

マルチ造波水路の概念図と外観

巨大津波「レベル2」を再現

この水路で複数の波を再現する方法は,不規則波造波板を前後に動かすことにより“波浪”を造り,水路内の水を環流させる配管により河川のような“一様な流れ”を再現します。更新のポイントは“津波”を再現するポンプの能力アップです。ポンプの最大流量を3倍以上とし,再現できる津波の高さを2倍としました。これは1/100スケールの模型で20mの津波に相当し,東日本大震災時の津波レベルで,震災後に定められたマグニチュード(M)9程度の最大クラスの津波「レベル2」となります。1/100スケールで沖合より「レベル2」を再現できる施設は,国内でも多くはありません。更新前の水路では,駿河トラフ・南海トラフ沿いでおおむね100年~150年周期で発生するとされるM8クラスの津波「レベル1」が限界でした。水路の規模は長さ60m,高さ1.5m,幅1.2mで,今回,水路幅を70cmから1.2mに広げ,大きな規模の模型を設置できるようになりました。

図版:マルチ造波水路による造波の仕組み

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写真:20mの津波を再現した実験(1/100スケール)。津波が防潮堤を超え,建物に迫る

20mの津波を再現した実験(1/100スケール)。津波が防潮堤を超え,建物に迫る

任意波形でニーズに対応

マルチ造波水路には,もう一つ大きな特長があります。自然界で観測される様々な波形を再現できることです。津波を再現する場合,タンクに水を溜め,その水を水路に流す方式などが採用されます。この方式は,装置の仕組みがシンプルで実験が簡易にできる反面,任意の波形を再現することは難しいのです。津波は,周期や波高,海底勾配の状況により,分裂や砕波という現象を起こします。東日本大震災時には二段型(コブ型)の波形が観測されました。これらの波を再現するには,ポンプにより造波する方式が適しています。ニーズに応じて任意の波形を再現することで,より高精度な実験を行うことができるのです。

図版:任意波形

培ってきたノウハウを活かす

しかし,単にポンプ方式とするだけで,高い再現性を実現できる訳ではありません。装置に合わせて,実際の波形に近づけるためのインプット情報をつくる必要があるからです。当社は1990年代後半から,ポンプ方式を採用。今回の更新に伴い,数多くの実験により蓄積されたノウハウを活かし,東日本大震災時に各地で観測された津波など,様々な波形を再現できるようにデータ整備を行いました。

今後,性能アップしたマルチ造波水路を積極的に活用していくとともに,これまで蓄積してきたシミュレーションなどの数値解析技術を更に向上させ,実験と解析の両面から,津波防潮堤や海洋・港湾構造物などに対する波の影響や作用を把握し,防災・減災対策に役立てていきます。

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自然に対する謙虚さと自然からの恩恵を忘れずに

2011年3月11日,巨大な津波が,東北・関東地方の太平洋沿岸部を襲い,各地に壊滅的な被害をもたらしました。遡上高は約40mにも及んでいます。あの日,テレビに映し出された被災地の映像は衝撃的なもので,自然の驚異を改めて知るとともに,将来発生する巨大津波から命を守るための仕事を担っているのだと,その責務の大きさを実感しました。一方で, 海洋国である日本は,海から数多くの恵みを享受してきたことも事実です。

現在,海洋・水理実験棟では,津波の影響を検証する様々な実験が日々行われています。水理学の研究者,そして土木技術者として,自然に対する謙虚さと自然からの恩恵を忘れずに,得られた知見を活かして,自然災害から地域を守り,より安全で安心な社会の実現に向けて,努力を重ねていきたいと思います。

写真:右から技術研究所土木構造グループの福山貴子主任研究員, 秋山義信上席研究員,内藤晃研究補佐,鈴木一輝研究員,新保裕美主任研究員

右から技術研究所土木構造グループの福山貴子主任研究員, 秋山義信上席研究員,内藤晃研究補佐,鈴木一輝研究員,新保裕美主任研究員

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