クローズアップかじまじん:
ろう者で世界初,南極点にたつ
設計・エンジニアリング総事業本部 建築設計部 塩野谷 富彦さん

 A/E建築設計部の塩野谷さんが,昨年11月,南極点に到達した。ろう者で世界初の快挙という。今月のクローズアップかじまじんでは,塩野谷さんに南極への旅についてお話を伺った。



塩野谷 富彦 しおのや とみひこ
1981年入社,建築設計本部に配属。以来,住宅設計部,建築設計部などで設計・CAD開発業務・CG制作などの業務に携わる。現在は建築設計品質ガイドのデータベース開発・管理を行う。海外旅行の他にも映画制作やフルマラソン,登山など多彩な趣味を持つ。40歳

 塩野谷さんにとって南極大陸は小さい頃からの夢だったという。これまで多くの海外旅行を経験している塩野谷さんが,19年間で踏破した国は77か国。聴覚障害を持つ塩野谷さんの海外でのコミュニケーション手段は,英語での筆談やジェスチャーだそうだ。
 イギリスの旅行会社のホームページに,飛行機での南極点到達ツアーを見つけ,申し込んだのは99年5月。南極大陸へ上陸するための健康証明書の提出を求められたが,どこの病院も英語が難しい事を理由に断られた。提出期限3日前にやっと引き受けてくれる病院が見つかり,準備が整った。
 11月6日から長期休暇を取っていよいよ出発。3日間をかけチリの最南端プンタ・アレーナス市に到着した。そこから南極大陸のパトリオット・ヒールズ・キャンプを経由して南極点を目指すのだが,南極の天候が悪く,なかなか出発できない。プンタ・アレーナスに14日間も足止めを食ってしまった。
 23日,ようやく天気が回復して出発。プンタ・アレーナスからC130という軍用機で5時間半。南極大陸のパトリオット・ヒールズ・キャンプに着陸した。飛行機を降りると「そこは幻想的な光景だった。と同時に過酷な世界だった」。念願の7大陸制覇を実現。感動のあまりこぼれた涙も凍るほどだった。
 が,南極点までは基地からまた飛行機で5時間ほど行かなければならない。ここでまたもや悪天候に阻まれてしまう。しかし,せっかく南極大陸まで来たのだから,南極点に到達してみせる,と希望を捨てなかった。その甲斐あってか28日の朝,天候が回復し始めた。いよいよサウスポールへの出発だ。
 パトリオット基地から小型飛行機で5時間かかってようやく到着。南極点と10mも離れていないところに米軍の基地があり,そこまで飛行機で行けるそうだ。南極点を示すポールへたどり着く。気温はマイナス60度。しかも標高3,800mで,空気が薄いため息苦しい。頭痛もする。しかし,自分が南極点に立っていることが夢のようであったという。南極点での滞在時間は3時間。天候が悪くなる前に急いでチリへ戻り,そのまま日本への帰国の途についた。ツアーでも南極点へ行ける確率は5%以下。2か月足止めということもあるそうなので今回はとても運が良かったのだそうだ。
 塩野谷さんは,今度は北極点へ行く計画をしているそうだ。驚く私に「難しい所は体力のあるうちに行くんです」と,にっこり笑った。


1999年11月29日,20時10分 KAJIMAの旗を手に南極点に立つ
1999年11月29日,20時10分 KAJIMAの旗を手に南極点に立つ