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国会議事堂本館中央塔屋頂部石材修復工事

中枢の頂を癒す
昨年9月,首都圏が激しい雷雨に見舞われ,国会議事堂に落雷したことは記憶に新しい。
今月のザ・サイトでは,この落雷で破損した議事堂本館,中央塔屋頂部の修復工事の現場を紹介する。

工事概要
国会議事堂本館中央塔屋頂部石材修復工事
場所:東京都千代田区
発注者:参議院管理部営繕課
設計:参議院管理部営繕課
規模:外壁修復工事一式
工期:2003年10月〜2004年1月
(東京支店施工)
国会議事堂本館中央塔屋頂部石材修復工事
国会議事堂
政治のシンボルに衝撃の落雷
 猛烈な残暑となった昨年9月3日の夕刻, 首都圏は6時間で1万2千回近くという記録的な落雷に見舞われ,その矛先はわが国の政治のシンボル国会議事堂にも向けられた。高さ約65mの本館中央塔頂部が雷の直撃を受けたのである。この落雷で外壁の一部が破損し,衆議院側の中庭付近にバケツ1杯分ほどの破片が落下・散乱した。1階中央食堂の屋根にある明かり採りの天窓も割れたが,国会は閉会中でけが人がなかったのが幸いであった。
 国会議事堂は,大正・昭和を跨ぐ17年の歳月をかけて1936年に完成。当時の最先端の技術を駆使し,工事従事者は延べ254万人。まさに国家の威信をかけた壮大なプロジェクトであった。
 誰もが知る政治の象徴,国会議事堂への落雷。総選挙を控えた政治局面もあってマスコミなどで大々的に報道されるなか,中央塔を管轄する参議院事務局の対応は迅速であった。落雷直後,議事堂トイレの修繕工事のために常駐していた当社担当者に応急処置の依頼があり,その後,破損状況の調査ならびに修復工事も当社が担当することとなった。
桜みかげの石切場。議事堂の外壁材として1万3千トン使用され「議院石」の別名もある。
微妙に異なる石の色合いを慎重に見極めて選定
議事堂のまさに最頂部に生じた破損。2段目の小さい破損も今回修復された。
頂への道のり
 破損が生じたのは,まさに中央塔のてっぺん,塔屋のさらに上に載る美しい曲線でかたちづくられた塔頂部であった。ビルの屋上のように,建物の中からここまで直接登ることはできない。外側に作業足場を組み立てる必要があった。資材や人が出入りできる開口部で最も高い位置にあったのは,塔屋を載く急峻な大屋根の下場に設けられた小窓である。そこから資材を搬出し,まずは下場を囲む足場を設置。次に,塔屋にアプローチする昇降階段を大屋根の上に設け,最上部周囲を囲むように足場を架けた。すべてが手作業であったが,落雷から2週間後には破損部の詳細調査が可能な条件を整えた。
 調査の結果,石材の上から3段目,南西角部をなす2つの石材が80cm×80cmほどの大きさで欠損していることが確認された。次に修復方法をコストや仕上げ品質などから総合的に検討した結果,欠損部の周囲をL字型にはつって整形し,そこに工場で整形した石材を嵌め込む工法が採用された。
 議事堂創建当時は,日本全国から集められた最高品質の建設資材が使用され,当時の記録がすべて残っている。議事堂を覆う外壁材に用いられたのは広島産の花こう岩「桜みかげ」。その上品なピンクは,石によって色合いが微妙に異なる。修復に用いる石材の選定も慎重かつ綿密に行われた。破損した2つの石のかけらを色見本として,原産地で1つ1つの石と見比べながら最も近い色の石を選んだ。
厳重に梱包された石材が,ゆっくりと“滑り台”を登っていく
欠損部周囲の整形作業。手作業で慎重に削っていく。
2つめの石材の設置。L字型にしっかりと納まった。
現場の松尾さん。あらゆる作業場所を入念に点検していく。
衆人環視の緊張感
 世間の注目を集める調査・修復作業。連日のように取材ヘリコプターが舞い,すべての作業はいわば衆人環視のもとで行うようなものであったという。修復用の石材を塔頂部に揚重する作業には,特に注目が集まった。組み合わせるとL字型になる2つの石材。1つの重さは約130kgほどである。厳重に梱包された石材は,まずは大屋根の下場まで,建物内のエレベータで運搬された。そこから先はすべて人力作業。下場から大屋根の最下部までチェーンブロック(滑車)で垂直に運搬し,そこからは大屋根のスロープに設けられた滑り台の上をゆっくりと滑り上げていった。大屋根の周囲には視界を遮る足場がない。周囲から向けられる望遠レンズ。石材が大屋根に沿って登っていく様子は,多くの新聞紙上を飾ることとなった。
 現場の松尾さんが当時を振り返る。「とにかく注目された工事。しかも作業員の一挙手一投足まで,どこから見られているかわからない環境です。無論,すべての工事で安全対策を尽くしていますが,今回は特に気を遣いました。毎日の朝礼でも,作業員の皆さんには,歴史に残る工事に携わることの誇りと自覚を訴え続けました」。絶対に起こしてはならない事故。高所からは,はぎれ1つ落とすことも許されなかった。
 こうして無事に塔頂部に到着した石材は,6本のアンカーボルトとボンドでしっかりと修復箇所に固定され,躯体のコンクリートとの隙間と目地部に無収縮モルタルが充填された。継ぎ目の表面には桜みかげの石粉をまぶした補修が施され,修復は完了。見た目には修復跡がまったくわからないほど,見事な仕上げである。

 調査・修復期間はおりしも修学旅行シーズン真っ盛り。足場に囲まれ,いつもとちょっと違う姿の議事堂を背景にした記念写真は,むしろ期間限定の貴重品であろう。とんだ災難の“おでこ”の傷も癒え,国会議事堂はその威容を取り戻した。
修復作業を終えた塔頂部。新たな避雷導線も配置された。