特集:病院レボリューション

interview 新しい病院のかたち
      ―阪神・淡路大震災の経験と教訓から生まれたモデル病院―
2003年8月,神戸市東部新都心「HAT神戸」内に開設された神戸赤十字病院は,
併設する兵庫県災害医療センターとともに,地域医療・救急医療・災害医療の中核施設として
大きな期待が寄せられている。小川恭一・神戸赤十字病院院長に,
災害医療への取組み,そして中核病院に求められる課題についてお話を伺った。
神戸赤十字病院  小川恭一 院長
1935年生まれ。
60年神戸医科大学卒業。
65年同大学大学院修了。
兵庫県立こども病院胸部外科主任医長,
神戸大学医学部助教授,
兵庫県立姫路循環器病センター
心臓血管外科部長を経て,
94年兵庫県立こども病院院長就任。
99年兵庫県立姫路循環器病センター院長就任。
2002年神戸赤十字病院院長(現職)。
 
震災が“命守る情熱”奮い立たせた

Q:新病院建設と,災害医療センター併設までの経緯についてお聞かせください。
A:新病院は,兵庫県災害医療センターを併設する施設です。災害医療センターは,平常時は救命救急センターとして24時間体制で重篤患者を受け入れます。神戸赤十字病院は同センターの三次救命救急をバックアップする一方,悪性新生物,心臓血管疾患,脳神経疾患,運動器疾患に対する高度専門医療を目指した急性期医療を主体に診療を行います。災害時には両者が連携し,救急医療の中心的役割を担う基幹災害医療センターとして機能します。
 新病院建設を促したのは阪神・淡路大震災でした。震災を契機に赤十字は,災害時にも十分な救急医療が行える全県的な施設を整備することと同時に,時代に即した日常の高度医療を行うための病院設立が急務と考えました。一方兵庫県にも,大規模災害に対応できる医療の提供,情報収集と指令,患者搬送,医薬品備蓄などの機能を持つセンターの設立構想が生まれました。
 こうして両者が目指す医療施設が実現したわけです。別々の組織が連携して病院運営を行うことは稀なケースです。設立までに多くの時間を費やしましたが,震災が私たち病院関係者に“命を守る情熱”を奮い立たせてくれました。
神戸赤十字病院
絶対に壊れない安全な建物―それが病院

Q:阪神・淡路大震災の経験は,新病院建設にどのように活かされていますか。
A:
阪神・淡路大震災の時,旧神戸赤十字病院は建物に多少の被害を受けながらも,負傷者の治療に当たるだけの設備を維持することができました。しかし周辺病院の被害は甚大で,機能不全に陥った病院が多数ありました。
 地域の災害拠点となる病院は“壊れない安全な建物”で“医療継続が可能”なことが第一条件です。災害で心身に大きなダメージを負った患者さんに,さらなる不安を抱かせてはいけません。ここに来たからもう安心――。病院とはそういう場所でなければならないのです。 
 新病院には免震装置を設置し,震度7の地震にも耐えられる建物にしました。廊下や会議室にも医療ガスなどのインフラ整備を行い,災害時はベッドや診察室を設けます。平常時の病床数は,神戸赤十字病院が310床,災害医療センターは30床ですが,災害時には全体で600床までベッドを増やすことを可能にしました。
 災害時には情報を一元化して各病院へ指令するネットワークが重要です。震災の際に困ったのは,正しい情報が入ってこないことでした。ひとつの病院に多数の患者さんが搬送されて対応困難になったり,比較的軽微な被害の病院が,がら空きの状況だったりと,情報が混乱し,的確な場所へ患者さんを搬送することが遅れたことは,大きな問題点でした。
 この教訓から兵庫県は広域災害・救急医療情報システムを確立,その中枢として災害医療センター内に情報指令センターを設置しました。平常時はインターネットを活用し,消防機関,医療機関に救急医療情報を提供するとともに,県民にも医療機関に関する情報提供を行います。災害時には各医療機関の被災情報,患者受入れ情報を収集し,関係機関に提供します。
環境を配慮し,屋上の随所に緑を配している
神戸赤十字病院
神戸赤十字病院
阪神・淡路大震災を契機に,災害時の救急医療と平時の高度医療を行う病院設立を目指し,旧神戸赤十字病院と須磨赤十字病院を発展的に解消し,2003年8月,神戸東部新都心「HAT神戸」に開設。
産科,精神科を除く19科と病理検査部門をもつ総合的な病院。
併設する兵庫県災害医療センターとともに,地域医療・救急医療・災害医療の中核病院として機能する。
建物概要
神戸赤十字病院 兵庫県災害医療センター
場所:神戸市中央区
発注者:日本赤十字社,兵庫県
設計・監理:兵庫県,山下設計
規模:RC造(免震構造) B1,7F,PH1F 
屋上ヘリポート 延べ33,627m2
工期:2001年2月〜2003年4月
(関西支店JV施工) 
地域・救急・災害医療の中核施設に

Q:今後,新病院はどのような医療を目指すのでしょうか。
A:
災害医療に関しては,今後も兵庫県災害医療センターとの連携を強化し,一体化した診療体制の構築を目指します。それと,災害時に即応できる人材教育に力を入れていきたいと考えています。
 神戸赤十字病院独自の取組みとしては,大規模災害発生時に即時対応する,医師・看護師等からなる医療チームのユニット「ERU(Emergency Response Unit):緊急対応仮設診療所」を昨年4月からスタートさせました。熊本赤十字病院や東京の日本赤十字社医療センターに次ぐERU部隊です。
 昨年は大型台風23号,新潟県中越地震の被災者救護に出動しました。特に中越地震では,阪神・淡路大震災の経験を活かした診療を行うとともに,周辺避難所や在宅避難者宅を巡回し,診療と個々のケアを行いました。今後も活動の訓練強化を図りたいと考えます。

 こうした災害医療の充実とともに,赤十字病院としての本来業務である高度専門医療を目指した急性期医療を主体に,地域の中核病院としての役割を果たしていきたいと思います。
 高齢化社会を迎え,専門性を活かした高度医療が重視されています。当院では,専門的な急性期医療で早期回復を後押しし,速やかに家庭や地域の病院へ戻ってもらうことを目指しています。
 地域医療連携室を設置し,ソーシャルワーカーを中心に医療者のみならず事務職員も加わって,地域医療や在宅医療のほか,医療費など経済的問題や家庭のことなどの相談にものります。地域の医療機関と連携をとることで,退院後も一貫した医療が提供できるよう患者さんのバックアップを図っています。
 これからの日本の医療に求められるのは「医療機能分担」です。地域の医療機関が連携し,それぞれの施設の特徴にあった役割を分担していくことが大切だと考えます。
緑豊かな中庭から射す光が,施設内を明るい雰囲気にする
良き“ものづくり”のパートナーとして

Q:医療施設建設に当たって,建設会社に求めることは?
A:患者さんが快適で,気持ちよく医療を受けてもらえる施設づくりに一緒に取り組んでいただきたい。当院の建設に際しては「明るく爽やかな神戸の光と風」をコンセプトに,設計者や施工者の鹿島建設さんにも相談にのってもらい,明るく優しい雰囲気の病院をつくることができました。
 患者さんの安全を守るためには,何よりも壊れない病院であること,そして従来通りの医療が継続して行えることが大前提です。災害医療に関して日本はまだ十分ではありません。免震病院も少ない。兵庫県では災害拠点病院を15ヵ所設けていますが,免震病院はここだけです。建替えやリニューアルの時期に差し掛かっている病院も多いと思いますが,経済的な面,供用中の病院をどうするかといった様々な問題があり,なかなか踏み込めない状態にあるのが実情です。こうした問題を建設会社にも考えていただきたい。各々の病院にあったプランを提案してもらい,ものづくりのパートナーとして尽力いただくことを期待しています。
 「人道と博愛の精神で奉仕する」という赤十字の基本理念を常に念頭におき,全国のモデルとなるような病院づくりを目指し,職員一同ともに努力を続けておりますので,今後もご協力をお願い致します。

インタビュアー:KAJIMA編集部
新潟県中越地震でのERUの活動風景
エントランスにはガス灯をイメージした照明が(写真左)。病室からは神戸港を見渡すことができる(写真右)
情報指令センター。インターネットを活用し,平常時は救急医療情報を提供。災害時には各医療機関の被災情報,患者受入れ情報を収集・提供する
会議室の壁には災害時に患者さんを収容できるよう,医療ガスなどのインフラが完備されている



interview 新しい病院のかたち
時代のニーズに柔軟に対応できる病院建設 Case 1 Case 2 Case 3
病院レボリューション いま,鹿島が目指すこと