特集:鹿島新時代を拓く

Chapter I インタビュー 中村新社長に聞く
いまこそ営業のプロが必要とされるとき――。中村新社長に聞く
梅田前社長(現会長)は中村社長の就任に際してこう語った。
市場縮小が続く受注環境下で,いかに安定した収益力を備えた経営基盤を確立するか。
民間営業部門に豊富な実績を持つ新社長への期待は大きい。
中村社長にこれからの経営戦略を聞いた。
(聞き手:本吉広報室長)
中村 満義中村新社長
(なかむら みつよし)
1943年3月15日生まれ。
東京都出身,62歳。
1965年3月 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
1965年4月 鹿島建設株式会社入社
1996年6月 当社取締役広報室長
1999年6月 常務取締役営業本部営業担当
2002年6月 専務取締役営業本部長
2005年6月 代表取締役社長兼執行役員社長
Q 社長の目指す鹿島像に「バランスの良い収益力」を挙げていらっしゃいます。具体的にはどのような経営をお考えでしょうか。

 梅田会長が社長時代にしっかりとした財務体質を整備してくださった。私の役目はその基盤の上に立って,収益力をより強固にしていくことと考えています。
 具体的には受注高,売上高,それに利益の面においてバランスがとれた収益力を目指したい。でも数値だけ比べて他社とどうこう言うのではなく,自分たちが頑張った結果,継続的にバランス良くこれらの経営指数が並ぶ。それが理想ですね。もちろん会社である以上,鹿島の体力,実力からしてこれくらいはできるといった目標は高く掲げたい。
 株主への配当を上げる,社員の給与を増やす,お客さまに品質の良い物をより安く提供する――。それを満たすには収益力が欠かせません。収益とは単に「儲け」を意味するものではありません。一生懸命やれば,利益は自ずと後からついてくるものなのです。利益は小脇に抱えてしっかりと歩んでいくもので,利益が確保されさえすれば何をやっても良いというような風潮は戒めるべきです。持続性のない過大な利益を求めて息を切らすようではいけません。
 渋沢栄一翁は,企業の存立発展は「論語と算盤」にあると言われた。企業にとって利益は大事ですが,それだけをやっていて倫理が廃れたら話になりません。高い企業倫理観に基づいたコンプライアンス経営の実践,その重要性がいま強く求められていることもまた銘記する必要があると思います。

Q 執行役員制度の導入や組織改革の意図するところは?

 執行役員がそれぞれ所管の業務に執行責任を持つことで,役割がより明確になる。業務に対する深化が一層高まり,メリハリもつくと私は理解しています。
 組織改革も同じです。スピードと専門性を向上させることで,しっかりマネジメントしていく。例えば大きなパイになっていた東京支店は,土木と建築などいくつかのまとまりに分けた方が機動性は増す。建設需要の少ない地域から多い地域に人材を移して施工を強化することもできるのです。
 セーフティ・ファーストはもちろんですが,品質管理や工期などお客さまとの約束事項をきっちり遵守する。それぞれの組織が松明を掲げて,確実に役割を果たしていく。組織内で自発的に話し合うことが定着すれば,鹿島のポテンシャルは確実に上がっていくと思いますね。

Q 次期中期経営計画策定の見通しについてお聞かせください。

 中期経営計画は梅田前社長の下で1年前倒しで達成できましたが,私は目標値を上積みして今年度をきちっと仕上げ,来年4月から新しい経営計画をスタートさせたいと思っています。柱はやはり収益力の強化。本業の建設事業に注力する方向に変わりはありませんが,需要が高まる開発事業やエンジニアリング事業の目標数値をどの程度にするか考えています。
 鹿島の5年,10年先を見据えた長期の将来像についても社内で議論を深めています。新しい中期経営計画は,社内的には9月頃までに方向性を示して,11月頃発表できるようになるかもしれません。

Q 日頃,社長は「鹿島は技術立社」と言われていますね。

 何と言われようと鹿島は技術の会社です。技術力をいかに役立て,お客さまに喜んでいただけるか。技術あっての営業であり,財務なのです。収益力も源泉は技術にあると思っています。技術立国という言葉がありますが,鹿島は紛れもない「技術立社」なのです。
 ですから,安定した収益力のある技術立社,お客さまから「ぜひ鹿島に仕事をやってもらおう」と思われる会社を目指したい。選別受注などという言葉もありますが,鹿島はお客さまに選別していただける会社になりたい。それが結果としてブランドになるわけですから。

Q 受注力の強化には何が必要と思われますか。

 建設市場のトレンドとしては,多少の変化や不透明な部分もあるでしょうが,ここ2〜3年は現在の方向性は変わらないと思います。官公需も厳しい環境が続くでしょう。ですから景況感云々よりも,要はいかに技術力をバックに受注力を高めていくか,私たちの思いをどうお客さまに伝えていけるか,ということに懸かってきます。
 いまは,漁師が捕ってくる魚を板前がただ待っているというのではダメなのです。板前も漁師と同じ船に乗り,どこでどういう魚を捕ろうかを一緒になって考えるのです。営業力というと営業だけと捉えがちですが,そうではない。設計・施工・営業が三位一体となった「受注力」を磨くこと。それを私は大事にしたいと思います。
 アンティシペーション(予測)という言葉がありますね。例えばサッカーで,ストライカーがここにこう走り込むだろうと予測してボールを蹴る。同じように,設計は施工に,施工は営業に,営業は設計に,どういうボールを出せば鹿島新時代を拓く彼らはゴールしやすいのかを考えるのです。相手を慮り,尊重する。三位一体となったフォーメーションを作るのです。
 スポーツマンシップを英国の辞典でひいてみますと,「リスペクト」とある。「尊重する」ということです。ならばスポーツマンはどうかというと「グッドコミュニケーター」,つまり「良き意思伝達者」ですね。その意味では鹿島の社員はみんな“スポーツマン”になって欲しい。
Q グッドコミュニケーターが結果として「良い仕事」を生むということですね。

 そうです。一つのプロジェクトでみんなが「この仕事は俺がやったんだ」と誇りを持って言える。それがまた会社に力を与えることになる。「良い仕事」が新たな受注やバランスの良い仕事へと循環していくのです。
 よく子供に「このビルはお父さんが造ったんだよ」などと言うでしょ。そう語れるような仕事が増えるほど,鹿島の果実は確実に大きくなるということです。

Q 社員には「一人称」でものを言って欲しいともおっしゃっています。

 自分がやらない理由を他人や他部署のせいにするなということ。そうではなくて,何かをやろうとしてサポートを求めるとき,自分は何を武器として欲しいのか相手にきちんと言う,それが大事なのです。ただ「何かくれ」ではいけない。やりたいことの主旨をきちんと説明すればいい。そうすれば,鹿島という会社は何か武器がでてくる会社なのです。みんなが助けてくれるのです。はっきりと「私はこうしたい」と言うこと,それが一人称で語るという主旨です。
 役員・社員が会社のため,部署のため,自分の属する部署以外の組織のために何ができるかを「一人称」で考えていただきたい。そうすればそれぞれのシナジー効果でより高い目標が達成できると,私は思っています。
中村新社長
Q 鹿島の風土,ブランドをどのようにお考えですか。

 風土にしてもブランドにしても,作ろうと思ってできるものではない。長い時間をかけて蓄積されてきた努力の結果が,風土となりブランドになるのだと思う。グッチだってエルメスだって,創業者がこういうブランドにしようと意識したのではなく,ただひたすら一隅を照らしてやっていたら行列のできる店になった。みんなが評価して,馴染んでくれてブランドになっていくのですね。
 「さすが鹿島だね」「鹿島ならやってくれるよね」とお客さまやマスコミの人が言ってくれる。そういう人たちをもっともっと増やしていきたいですね。設計も施工も営業も,俺がやったんだと思える仕事をする。それが鹿島の力,鹿島らしさを作り上げることになる。それが風土だと思う。自らが風土を作り,ブランドを醸成するのです。

Q 社員数の減少で現場の負担も大きいと思われますが,社員へのメッセージを。

 会社の基盤は人にあります。ですから必要な人材確保はきちんとやります。中途採用とかアウトソーシングなどもあるが,例え苦しい中でも採用はしっかりとやっていきます。どのセクションが人を必要としているかは,時代や環境とともに変わりますが,一方で技術の伝承もきちんとやりたい。技術が伝承されるような仕事を意識的に受注する体制も維持していきたいですね。
 人員の問題は安全や品質管理など全ての面に関わってくるし,社員のモチベーションにも関係してくる。
 これはCSRにも繋がることかもしれませんが,私はトップの価値観を現場のみんなにも共有し,理解してもらうことが大事だと思っています。人間というのは失敗をする。どうしてもしてしまう。でもその失敗をどう処理するか,あるいは処理したかをきちんと組織で相談してやっているかを見たいのです。私は「失敗のアドバンテージ」を評価したいと思っています。
 管理者が「やって失敗するなら,何もやらないことが一番いい」などという呪縛を与えないことです。減点主義でいくと「事なかれ」になりますよね。すると隠せばいいとなって,後で大きな禍根を残す。失敗の原因はいろいろあるでしょうが,失敗にどう対処したか,そういう「失敗のアドバンテージ」を評価したいのです。失敗の対応がうまくいけば,二度と失敗はしなくなるものです。
 企業の不祥事に対する社会の目は益々厳しくなっていますが,企業の透明性維持の観点からも,この呪縛からの解放は有効だと思います。
中村新社長
Q サステイナブル社会に対する取組み,お考えについてもお聞かせください。

 いま建設業に求められているのは,地球環境に少しだけ手を加えますが,ご迷惑は最小限度にしますよという姿勢。要は事業活動に伴う環境負荷をどう低減するかということです。それと,人が安全で住み易い環境創造にどう貢献するか,ということだと思います。
 事実,自然保護や持続可能な社会のために鹿島が提案し,実現してきた技術やノウハウはたくさんあります。これからも環境問題に対しては,常に感度の高い企業でありたいと思っています。
 この間,こんな話を耳にしました。「多くの産業は,環境負荷のマイナスを減らすことしかできないが,建設業はプラスにもできる力を持っている――」と。なるほどと思いましたね。

Q 昨年は自然災害が多発しました。次世代に向けた社会基盤整備についてどうお考えですか。

 災害現場の悲惨な状況を見ると,本当に必要な社会の基盤整備がまだ遅れていることを痛感します。国民の安全と安心のために何をやらなくてはいけないか,それを災害現場から学ばないといけません。
 わが国はこれからも,自然災害とうまく付き合っていかねばならない宿命にあります。次世代を担う人々の安全と安心のためには,まだまだ為すべきことは多いのです。
 中越地震の時に,JR東日本さんは「帰省する人達を何とか電車に乗せたい」という旗を掲げ,復旧に全力投球しました。その強い使命感を受けて,建設会社が総力を挙げて結集した。そしてそれをやり遂げた。私たちの使命がどこにあるのかを再認識させられましたね。


Q 企業の舵取りをしていくうえで,一番大切にしたいことは。

 経営者に一番必要なのはもちろん決断することですが,私は人の話を良く聞くことを心掛けたい。アクティブ・リスニング。傾聴です。よく話を聞くことができればよく決断できる。そう思っています。
鹿島新時代を拓く



Chapter I   インタビュー 中村新社長に聞く
Chapter II  取締役会の改革,執行役員制度の導入
Chapter III 社長を退任するにあたって
Chapter IV 新役員のプロフィール
Chapter V  組織の再編