ザ・サイト |
セメントの郷の動脈を受け継ぐ 秋芳鉱山第3鉱画開発 第1工区(水平坑掘削)工事 カルスト台地として世界的に知られる山口県・秋吉台。 鍾乳洞と石灰岩の草原が美しい景勝地のほど近くに,大鉱山が広がっている。 採掘されるのは鉄鋼やセメントなどの原料となる石灰石。建設産業にはもちろん,現代文明にとって欠かせない天然資源を将来も安定供給するために,トンネル工事が地下200mで進んでいる。 |
工事概要 秋芳鉱山第3鉱画開発 第1工区(水平坑掘削)工事 場所:山口県美祢郡秋芳町/発注者:住友大阪セメント/設計:住友大阪セメント/規模: NATM 延長1,780m 幅員4.5〜6.0m 内空断面14〜57m2/工期:2006年6月〜2007年8月 (広島支店JV施工) |
天然記念物と基幹産業 |
40年分の動脈をつくる 現在,当社JVが掘り進めているトンネルは,総延長1,780mの水平坑道。港につながるベルトコンベアの“出発点”が入る坑道をメインに,これに並行する機械搬入用の坑道,そして搬出部のアプローチ坑道などである。 石灰石は露天掘りの採鉱現場で掘り出されたのち,地下200mの水平坑道まで立坑を通って落とされていく。坑内と坑外の設備で破砕・洗浄・選別が行われ,製品となってベルトコンベアに載せられる。こうして16.5kmの長旅につくのだが,この壮大に感じられる方法が石灰石鉱山の採掘では最も合理的で一般的だという。 今回の水平坑道は,第3世代となる鉱山のエリア(鉱画)のための地下動脈だ。現在操業中の第2世代の鉱画は少なくとも10年以上は採掘できるが,長期的な安定供給のために新たな開発がスタートした。 第3鉱画設備の完成予定は来年度。まもなく一部で出鉱がはじまり,第2・第3の並行操業を経て,2024年度から第3鉱画の“独り立ち”となる。獲得鉱量はおよそ3億t,40年分が見込まれている。 |
ずりも製品 第3鉱画の水平坑道は,既設の第2鉱画の水平坑道を延長するかたちで掘削していく。当社JVの藤井博所長とともに坑内に入ると,白と赤の地層が混じる岩肌が作業用ライトで照らし出されていた。赤味を帯びた岩がセメント向け,白色岩が鉄鋼や化学原料向けだという。 「この白く純度の高い石灰石が,秋芳鉱山の最大の特徴です。その白さは私たちにも一目瞭然。トンネルの掘削で出るずりは私たちの手で分けています。ずりも石灰石ですから,お客様の製品です」。 さらに,ずりを搬出する設備も住友大阪セメントの生産ラインである。石灰石の採鉱もトンネルの掘削も24時間操業するなかで,石の種類によって出鉱の時間が決められている。したがって「工事作業のスケジュールはお客様の操業に合致させることが第一」となるのである。 |
クリックすると大きくなります |
掘ってみないと分からない NATMで建設するトンネルの断面は直径4〜6mほど。道路や鉄道などのトンネル工事と比べると規模が小さい。しかし,その断面形状は11種類。経済性に配慮し,採鉱設備にとって必要最小限の坑道をつくるためである。 「断面の種類が変わるたびに新たな段取りが発生するので,規模のわりに非常に時間がかかります。しかも,こうした小さな断面を掘る機械は,需要が少ないために機種が揃いません。重機を独自に改良しながら進めています」と話す加藤克志機電課長は,当社のさまざまな土木・建築工事で活躍してきたベテラン社員。藤井所長とふたりでJV各社の職員とともに工事に当たっている。 そして,トンネル工事を難航させたのが地盤の性質である。カルスト台地の地中には空洞や水たまりの存在が当初から予想されていた。石灰岩の割れ目を雨水が流れ,主成分の炭酸カルシウムを溶かして空洞などができる。鍾乳洞もそのひとつである。 しかし,実際の工事は「想像以上でした。突然の異常出水,空洞,堆積粘土に遭遇し,9mの掘進に1ヵ月もかかったのです。通常ならば1〜2日の作業。いまだからいえますが,見通しが全く立たず,これは大変な工事になるぞと思いました」と,藤井所長は1年前の着工時を振り返る。 空洞などの出現は,やはり実際に掘ってみないと分からない。出水すれば地上から200m下ってきた水圧のために一筋縄では処理できない。こうした難関は,大きなものだけで10ヵ所も出てきた。 スタート時点の苦闘のなかで現場,支店,本社間で協議し,補助工法などを採用して以後の施工法を確立した。それからは,その施工法を基本に掘り進め,今年2〜3月にはふたつの切羽で2本の並行トンネルを300m以上掘削できた。「工程に明るい兆しが感じられたのは,この時が初めて」だったという。1年あまりの工期は,すでに半ばを折り返していた。 |
文明の礎を自給しつづける 狭い坑内でときどき広がるスポットは,重機や車両の切り替え部分である。工事が進むほどに掘削したずりを重機で運ぶ距離が長くなり,カーブも増えていくため,作業員と重機の接触事故を未然に防ぐ安全対策やルールづくりの重要性が増していく。取材中も,安全確認の「指差喚呼」の声が坑内に響いていた。こうした確認作業の一つひとつの積み重ねが,工事を完成に導くのである。 「常時14〜15名が入坑し,2交代制による昼夜作業です。もし,作業員がケガなどしたら,それまでの苦労が水の泡になります。難しい地盤ですし,坑内に1名でも入っているときは気が休まりません。住友大阪セメントさんは操業に並行する工事に対して非常に配慮が厚く,予想以上の難工事に理解を示され,安全を最優先するように指示をいただきました」。 藤井所長は,長大橋から駅地下道などの都市土木・臨海土木・トンネル工事までさまざまな工事に携わってきたが,鉱山は初めてだという。「めったに経験できない工事です。一度掘ると,つぎは40年後ですから」。これから着手するのは2本のトンネルを立体交差させるアプローチ坑道。その傾斜18%(約11度)が最後の難関である。 鉱山にとっては,坑道が完成してからが本当のスタートとなり,新しい鉱画では今世紀半ばまで24時間操業が営々とつづく。日本が自給自足できる数少ない天然資源の石灰石を運び出し,鉄鋼やセメントといった現代文明の礎を生み,私たちの生活を支え続けていくのである。 |
天然資源の大階段 秋芳鉱山第2鉱画採掘現場 | |
現在の秋芳鉱山の採掘現場となっている第2鉱画は,1981年に開鉱した。その大きさは平面にしておよそ500m×1,000m,深さは200m近くに達する。日本最大の貯水量を誇る奥只見ダムが堤高157m・堤頂長480mだから,巨大土木の建設現場を超えるようなスケールである。 露天掘りの採掘現場は「お立ち台」と呼ばれる見学用の頂きから一望できる。階段状に掘り下げられた巨大な穴は,逆ピラミッドのような台形をかたちづくっている。この大階段は「ベンチ」と呼ばれており,1段の高さは約15m。いわば採掘の年輪だ。 180t級の大型ダンプは,お立ち台のすぐ後ろにまで地響きを立てて登ってくる。一転して200m下の採掘現場を見下ろすと,同じダンプがミニカーよりも小さく見え,普通車両は目を凝らさないと視認できないほどだ。掘り出した岩石を地下のベルトコンベアに向けて立坑に落とす重機作業では,180tダンプの無人走行システムを採用しており,安全を重視した大量採鉱を可能にしている。 今回の取材で当社広島支店・山口営業所の窓口となってくれた苅北(かりきた)匡吏さんは,この春に九州支店から異動してきたばかりの25歳の事務係。山口県下関市の出身である。 「鍾乳洞やカルスト台地は小学校の遠足のメッカでしたが,鉱山の存在は全く知りませんでした。これほど巨大な産業が,近くにあったとは。鉱山と聞くと歴史の話のように思っていましたが,現代社会に欠かせない産業なのですね」。 日本を代表する鉱山である秋芳で生まれた石灰石は,当社のどこかの建設現場でセメントとして使われているに違いない。もしかすると,藤井所長たちが掘り出したずりが含まれているかもしれないのである。 |