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世界初,高層ビルを下層階から解体する
鹿島旧本社ビル解体工事

昨年夏,当社の現本社ビル,赤坂別館の完成にともない役割を終えた旧本社ビル(東京都港区) の解体工事が進んでいる。通常,ビルの解体は最上階から作業を行うが,ここでは下層階から順次解体を進め,「だるま落とし」のように少しずつ建物を下げていくのが特徴だ。今月号のTHE SITEでは,今後市街地を中心に増加が予想される高層ビルの解体工事を安全かつ効率的に行うために当社が開発,実用化した「鹿島カットアンドダウン工法」を用いて,世界で初めて高層ビルを下から解体する工事を紹介する。
鹿島旧本社ビル解体工事
工事概要
鹿島旧本社ビル解体工事
場所:東京都港区/発注者:当社総務部管財室/規模:既存ビル解体/第1棟(1968年竣工)=S造 B3,17F,PH2F,地上延べ12,182m2/第2棟(1972年竣工)=S造 B3,20F,PH2F,地上延べ16,712m2/第3棟(1983年竣工)=SRC(柱)・S(梁)造,B2,9F,地上延べ4,277m2/工期:2007年11月〜2008年9月(東京建築支店施工)
従来は上から解体するのが一般的
 これまで高層ビルの解体では,まずタワークレーンを設置し,最上階に解体作業を行う重機を揚げて,上の階から順次粉砕しながら地上階まで降りる工法が一般的だった。しかし,通常のビルのスラブ(床,天井)は,重機などを載せるような強度でつくられていないことが多い。このため解体作業に先立って重機を載せる場所を予め補強しなければならない。さらに粉塵が飛散したり騒音や振動が極力周囲に及ばないように建物の外周をパネルで囲う必要もあった。
 これらの作業は高所作業を伴い,粉塵の発生を抑えるために行う散水が下層階に流れ落ちてきて,ビルの内部が水浸しになってしまうため,内装材の分別収集が難しいという問題もあった。
 下層階から解体することで,こうした従来工法の短所を克服したのが,当社が開発・実用化した「鹿島カットアンドダウン工法(以下KC&D工法と表記)」で,旧本社ビル第1棟(S造,地上17階,地下3階,塔屋2階)と第2棟(S造,地上20階,地下3階,塔屋2階)の解体に適用している(第3棟は従来工法で解体)。
 これまでも,煙突やガスタンクなどの解体には,構造物をジャッキで支えて下から解体する工法が用いられることはあったが,高層ビルに適用したのは世界で初めてという注目工事である。
 鹿島カットアンドダウン工法の開発
解体の流れ(第2棟)イメージ 鹿島カットアンドダウン工法の開発は,建築管理本部,建築設計本部 構造設計統括Gr,機械部,研究・技術開発本部 技術研究所,知的財産部,東京建築支店,現場,当社関係会社のアルテスなどにより構成されるプロジェクトチームが,短期間に集中的な検討を重ね,個々の保有技術を結集して開発した。特にジャッキの設計,制御には機械部,東京建築支店機材部が,コアウォールの設計には構造設計統括Gr,アルテスが大きく寄与している。同工法の開発には,1996年に当社が開発した,最上階から順次下層階を築造して完成階を押し上げながら,その下に新たな階を継ぎ足していく全自動建築生産システム「グローアップ工法(通称AMURAD)」のノウハウ,施工時の経験が反映されている。
1台で1,200tも支える力持ち
 KC&D工法は,建物の1階の全ての柱部分に油圧式のジャッキを設置して(写真1),2階以上を支持し,上層階の梁や床を解体してから下層階の柱を切断し,ジャッキの伸縮を繰り返して,高層ビルを下層階から解体する仕組みである(下図)。
 同工法では,
(0) ジャッキの挿入
(1) 上層階の梁・床の解体
(2) 柱の切断
(3) ジャッキの伸長
(4) 全ジャッキの収縮

 この(1)〜(4)の作業を複数回繰り返し,解体を進めていく。ジャッキはこの工事のために特注され,第1棟では20本の柱の各々の1階部分に1台ずつ20台,第2棟では同様に24台が設置されている。ジャッキの自重は3tだが1台で最大1,200tの重量を支えることができる。
 1フロアを下ろすのに,ジャッキの収縮と柱の切断(写真3)が5回繰り返される。階高は第1,2棟共に3,375mm。1回のジャッキの収縮で 675mmずつ建物の高さが低くなっていく。675mmの収縮に要する時間は12〜15分。ジャッキの収縮中に建物を外から見ていても,低くなっていく様子はわからないが,ジャッキのシリンダー部分を暫く注視していると縮んでいく様子が実感できて興味深い(写真4)。各々のジャッキは,建物の水平を維持するため,下げ幅の開きが3mm以内に収まるよう制御しながら均等に収縮させていく(写真5)。

1サイクル6日で1フロアを解体
 梁や床,外装材などの解体は,従来は2階だった作業階で行う(写真2)。川上敏男副所長は,「地上近くで少ない台数の小型重機によって作業ができますから,周辺への騒音や粉塵の飛散を比較的容易に抑えることができます。内装材などは,まだ高い所にあった頃に外して床に置いたままにしておいて,地上近くに下りてきてから搬出するのです。従来工法だと高層階からクレーンやエレベータで地上に下ろしていたのが,地上近くで作業ができるので荷降ろしの手間が省けます」と言う。取材中にも,廃材がダンプやトラックに見る見るうちに積み込まれ,効率的に作業が行われている様子が良くわかる(写真6)。
 一連の解体作業のサイクルは,第1棟と第2棟で交互に行われている。当初,1フロア分のジャッキの収縮とフロアの解体は,1サイクル8日の工程だったが,すぐに作業に習熟して6日に短縮された。
図 KC&D工法による解体の手順
(0)ジャッキの挿入 2階部分の梁を,仮設鋼材で仮受けしてから1階の柱を切断する。できた隙間にジャッキを挿入する(1)上層階の梁・床の解体 地上近くで上層階の梁や床,外装材などを解体する(2)柱の切断 1回に約70cmの長さを切断する
(3)ジャッキの伸長 切断した長さだけジャッキを伸長させる(4)全ジャッキの収縮 全ての柱で(2)(3)を行った後,全ジャッキを一斉に収縮させる解体作業のサイクル
ジャッキの挿入(写真1)梁や床,外装材を解体する(写真2)柱を切断する(写真3)
ジャッキ。第1,2棟合わせて44台が設置されている(写真4)ジャッキを監視するパソコンのディスプレイ(写真5)廃材を積み込む(写真6)
解体中に地震がきても安全
中央のコンクリートの壁がコアウォール。グレーの鉄骨が荷重伝達フレーム(写真7) 解体中に万一地震が発生した場合に安全性はどう確保されるのだろうか。KC&D工法では,耐震性を確保するために,建物中央部にコンクリート造の壁=コアウォールを構築している(写真7)。コアウォールは,縦と横が約7m,高さ約13mで,地下1階から地上3階までを垂直方向に貫く。コアウォールを囲む四隅の柱には,荷重伝達フレームと呼ばれる鉄骨が架けてある。万一地震が発生した場合には,コアウォールと地上部分とが荷重伝達フレームを介して一体となって解体前の建物と同等の耐震性を確保する仕組みだ。ジャッキの上に柱を載せているだけでは,地震時に構造フレームの応力が過大となる恐れがあるが,コアウォールによって地震の際にも十分な安全が保たれているのである。
 現場には「鹿島早期地震警報システム」を導入しており,第2棟地下1階には地震計も設置してある。これらと連動させて,地震の際にはジャッキを瞬時に停止させるとともに,コアウォールと建物を一体化させる仕組みである。もちろん手動による操作も可能だ。強風対策も万全で,風速計が設置してあり,風速10m以上の時にはジャッキの収縮は行わない。トータルな安全対策が講じられているのである。

※主に地震の規模と発生場所などの配信を行っている気象庁の緊急地震速報をもとに,当社が独自に開発した技術を用いて対象地点への到達時間情報やその地点での震度情報をより高い精度で知ることができるシステム
現本社ビル(左)と解体作業開始前の旧本社ビル,第1,2棟

早く,安全に,環境にやさしく
 下から解体すれば,前述のように内装材の分別収集が可能になるのに加え,解体作業エリアが地上近くにあるため分別も容易に行うことができる。従来工法による内装材リサイクル率の標準が約55%なのに対して,この現場では約93%。躯体を含めると99%に達している。
 「騒音や粉塵が抑制できるし,アスベストや内装材も屋内の囲まれた状態で撤去できます。作業員や重機の移動が容易で施工効率が良く,高所作業がなくて安全など,長所はたくさんあります」と語る伊藤仁所長は,「何と言っても最大のメリットは,解体作業に特有の圧迫感や不安感を緩和できること」と強調する。所長方針のスローガンは,『近隣・第3者に対し,安全・安心で,かつ細心な近隣環境の維持と保全を図る』。伊藤所長は,「今後,都心部では再開発などのために解体する高層ビルが増えてくるでしょう。下層階から解体すれば,近隣の皆さんの安心も大きくなり,地球環境にもやさしくなります」と語る。

第2棟配置図(左) コアフォールと荷重伝達フレームの詳細図(右) 第2棟断面図(左) コアフォールと荷重伝達フレームの詳細断面図(右)
 今まで近隣で働く人たちや現場の前を通行する人の中には,ビルを解体していることに気がつかない人も多かったという。最近,仮囲に,世界で初めて高層ビルを下から解体している工事であることを周知し,青山通り側の窓に階数表示をしたところ,興味深げに見上げている人を頻繁に見かけるようになった。
 将来の高層ビルの解体工法としてKC&D工法は,この現場でノウハウが熟成され,今後,市街地を中心に増大が予想される高層ビルの解体に適用の拡大が期待される。

跡地には超高層の複合ビルを建設
 2008年9月に地上部の解体工事が終わると,引き続き地下躯体の解体を行い,跡地に,高さ約160m,地上30階,地下3階,延べ約5万5,000m2の事務所,住宅,店舗の超高層複合ビルが建設される。「(仮称)元赤坂Kプロジェクト」と呼ばれる当社の開発事業で,完成は2011年の予定である。 
定点写真。四ッ谷側から望む(上)。青山通り側から望む(下) 定点写真。四ッ谷側から望む(上)。青山通り側から望む(下) 定点写真。四ッ谷側から望む(上)。青山通り側から望む(下)
KC&D工法で下から解体していることをお知らせする仮囲 現場の皆さん。伊藤所長(前列左から3人目),川上副所長(前列右から3人目)は,現本社ビル新築工事でも,それぞれ所長,副所長として陣頭指揮をとった