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漆喰:職人が技を競う

“通り”で塗っていく

2011年夏にはじまった漆喰壁の修復は,瓦と同様に解体調査から行われた。塗厚や塗重回数などを確認・記録しながら装飾の型を取って撤去を進め,傷んでいる部分ごとに修理方法を決めていく。同時に漆喰の配合試験も行う。昭和の大修理当時の配合を再現するため,記録を参考にしながら消石灰と貝灰,海藻糊,スサなどの配合試験を繰り返し行った。こうした材料のなかには,現代では使用の機会が減っているものも多く,選定・確保には半年間を要している。

施工を担当した左官工事イスルギ(石川県金沢市)の職長中田正起さんが振り返る。「当時とまったく同じ材料は手に入りません。生産技術が進歩して品質は上がっていますが,良すぎても逆によくない。石灰は,目が細かすぎて昭和の配合では使い物になりませんでした。発注者・設計者と一緒に検討し,糊の量を調整することで対応しました」。

壁工事は,格子状の木の骨組を下地に縄を巻き,土壁を塗ったうえに漆喰で仕上げる。塗り重ねの工程は多岐におよび,緻密な作業が求められた。

「難しかったのは,ひとつの面を一度に塗るというところです。見学に来た同業者には“どこで継ぐのか”とよく聞かれましたが,継いでいない。一つひとつの“通り”をいっぺんに塗っていくのです」。ひとつの面に10人程度が並んで一斉に塗っていく。なかには,将来を見越して有望な10代の職人も配置した。「それぞれがこなせる仕事量に応じて配置するのが重要です。自分の技量と勘でやるわけですから経験がなければ1mもこなせません。その分兄弟子は3mを持ち分として担当する。各職人が全員の技量を知ってはじめて呼吸が揃います」。

図版:瓦の目地漆喰には,端部を盛り上げて塗ることで剥がれにくくする「ひねり掛け」が行われている

瓦の目地漆喰には,端部を盛り上げて塗ることで剥がれにくくする「ひねり掛け」が行われている

図版:瓦の目地漆喰について説明する中田正起さん

瓦の目地漆喰について説明する中田正起さん

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図版:五重屋根の漆喰塗り

五重屋根の漆喰塗り

図版:壁工事では,まず格子状に組んだ木に縄を巻いた下地に土壁を塗っていく。右側は作業後

壁工事では,まず格子状に組んだ木に縄を巻いた下地に土壁を塗っていく。右側は作業後

これから恥ずかしい仕事はできない

鏝(こて)についても全員が同じものを使って作業する。違った鏝を使えばその部分だけムラが出るからだ。この現場で使う鏝は100〜150種類。通常の建築現場では10種類程度であることを考えると,いかに特殊な現場かがわかる。「仕事をしていないのではと驚くほど,現場は静かでした。全員が一心不乱に手を動かしている。隣と仕上がりが比べられますからそれぞれライバル意識はありますよね」。

左官職人として40年近い経験を積んでいる中田さんは,後進を指導する立場として,この現場は素晴らしい教育の場になったと話す。職人のプライドで意見がぶつかる場面もあるが,そこで一役買ったのが一緒に現場に従事した息子の一真さんだった。「息子が若手から兄弟子,発注者さんまで工事関係者との緩衝剤になってくれた。それがなければこんなにうまく運ばなかったでしょう。みんなが“兄弟子に倣え”で年功序列ができて,若手職人の技術習得にもつながりました」。

姫路城の大修理に携わった経験──。最後に中田さんは成長した後進たちに注文をつけた。「姫路城をやり遂げたことは誇っていい。しかし,これがたとえ一軒の民家であったとしても,お施主さんが完成を楽しみに待つ大切な仕事には変わらない。どこであっても姫路城に対峙したときの気持ちをもって励んでほしい。この現場に携わったからこそ,これから恥ずかしい仕事はできません」。

図版:壁漆喰塗りの様子

壁漆喰塗りの様子

図版:繊細な形状をした「懸魚」。複雑な線を均一に塗っていく職人の技術が光る

繊細な形状をした「懸魚」。複雑な線を均一に塗っていく職人の技術が光る

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木工事

木工事では,壁軸組や床板,建具などの保存状態を確認しながら修理と耐震補強を施す。この作業を指揮したのが,1600年代の寛永年間から続く宮大工の流派を受け継ぐ西嶋工務店(兵庫県姫路市)の中石八郎棟梁だ。50年近い経験をもつ宮大工で,昭和の大修理を指揮した加藤得二元文部技官(故人)に師事したこともある。「加藤先生には文化財に関する様々な知見を授けて頂いた。先生が手がけた姫路城は不陸が多少ありましたが,全体的に傷みも少なく良い状態でした」。不陸とは床の歪み。城は社寺に比べて建物の重さがあるため,自重で下がる箇所が出てくるのだという。床板は部分的に補修し,板全体が傷んでいれば張り替える。張り替えたのは1割に満たない。補修部には補修箇所が目立たないよう古色塗を行って色を合わせ,金物と木材で耐震補強も行った。「先生に誉めて頂ける仕事ができたと思う。若い職人にとっても自分にとっても,いい経験になりました」。

図版:ちょうな(手斧)がけを行う中石八郎さん

ちょうな(手斧)がけを行う中石八郎さん

図版:床板の張替えは,全面的に傷んでいるものに施す

床板の張替えは,全面的に傷んでいるものに施す

図版:6階柱の耐震補強はステンレスを使用

6階柱の耐震補強はステンレスを使用

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