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世界の橋なみ 第3回 マンハッタン——栄光の吊橋群

写真:ブルックリン橋

ブルックリン橋(1883年,中央支間486m)

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サークルラインによる橋巡り

ニューヨークの主要な橋を一通り見て回るには,ハドソン川の桟橋からマンハッタン島を反時計回りに一周するサークルラインを利用するのがよい。

自由の女神を右手に見ながら船がイースト川に近づいてくると,ブルックリン橋やマンハッタン橋のシルエットがしだいに大きくなってくる。重厚な石造りの塔に支えられたブルックリン橋を目の当たりにすると,近代吊橋の幕開けを果した先駆者への敬意が加わった感動を覚える。

マンハッタン橋は,曲線を効果的に取り入れた柔らかなデザインの塔がスレンダーな補剛桁を支える,アールヌーヴォー調の吊橋である。次のウィリアムズバーグ橋は対照的に武骨な印象を受ける吊橋である。両橋の完成は5,6年の差にすぎないが,デザインには大きな違いが生じた。

左手にエンパイアステートビルなどの摩天楼や河岸の国連ビルなどに目を移していると,前方に鉄骨が幾重にも組み合わされたクイーンズボロ橋の姿が見えてくる。この橋は上下床10車線をもち,日交通量10万台を超えるニューヨークの大動脈である。

写真:マンハッタン橋

マンハッタン橋(1909年,中央支間448m)

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ハーレム川の可動橋

イースト川の橋はスパンの長い吊橋やトラス橋で,桁下も高くなっているが,ハーレム川に入ると行く手に次々と桁下の低い可動橋が現れる。これらによってマンハッタンのアベニューがブロンクスへとつながっている。これらの多くが100年以上も前につくられたもので,ニューヨークではなお多くの可動橋が現役である。

ハーレム川を北へ進み,ヤンキースタジアムの見えるあたりから両岸が高くなり,長いスパンのアーチ橋が川を一跨ぎしているのが見えてくる。そしてハドソン川からの分流点には水面ぎりぎりの旋回式の可動橋,スパイテン・ダイビル橋があって,遊覧船が通るときにも橋を旋回させている。

ここを過ぎると,川幅が1,000m近いハドソン川に入り,視界が大きく開ける。ハドソン川に架かる橋は,スパンが初めて1,000mを超えたジョージ・ワシントン橋が唯一である。

写真:ウィリアムズバーグ橋

ウィリアムズバーグ橋
(1903年,中央支間488m)

写真:クイーンズボロ橋

クイーンズボロ橋(1909年,最大支間360m)

写真:

手前からハイブリッジ,アレキサンダー・ハミルトン橋,ワシントン橋

手前からハイブリッジ(1842年),
アレキサンダー・ハミルトン橋(1963年),ワシントン橋(1888年)

写真:ロバート・F・ケネディ橋

ロバート・F・ケネディ橋(1936年,昇降式可動橋)

写真:スパイテン・ダイビル橋

スパイテン・ダイビル橋(1900年,旋回式可動橋)

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天空のプロムナード

ブルックリン橋のような巨大な橋の全景が撮れる場所を探すのは骨が折れる。撮影ポイントをもとめて橋の周辺を歩き回っている間に,ブルックリン側のアンカレッジの際に,3人の人物の輪郭が鉄板で切り抜かれた素朴なモニュメントを見つけた。ブルックリン橋の建設にまさに身命を賭したローブリング一家の像である。

ブルックリン橋の2階部分に設けられたボードウォークは,ジョン・ローブリングが橋のプランを作成したときから考慮されていた。「晴天の日には余暇のある人や老幼の病人などが橋の上を散歩して,美しい風景やすみきった空気にふれることができる」「人間のひしめき合う商業都市において,そのようなプロムナードが計り知れない価値をもつ」と述べている。

ブルックリン橋の設計にローブリングの案が採用されることが決定されたのは,1869年5月のことである。彼自身はその年の6月,測量中に事故にあい,1ヵ月後には帰らぬ人となった。

その後を息子のワシントン・ローブリングが継いだが,1872年,基礎の工事中に潜函病にかかり,半身不随になってしまう。しかしワシントンは不自由な身体に鞭打って,その後10年にわたって工事の指揮をとり続けた。その指示は夫人のエミリーによって現場に伝えられ,彼女自身も技術的な知識を身に付けて仲介の役割を立派に果した。

さまざまな辛苦の末,十数年の年月を要して完成した世界最大の吊橋は,一般の人からの歓迎を受けたことはもちろん,画家や詩人のインスピレーションを刺激し,この吊橋を題材にした芸術作品も多く生みだされた。

写真:ローブリング一家の像

写真:ブルックリン橋2階部分のボードウォーク

ブルックリン橋2階部分のボードウォーク

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吊橋の技術とデザインの発展

その約50年後に完成したジョージ・ワシントン橋は,近代建築の巨匠,ル・コルビュジエによって「世界で最も美しい橋だ。ケーブルと鋼製部材で構成されたこの橋は,逆アーチのように大空に輝いている。橋は祝福され,混沌とした都市では唯一の恩寵である」と絶賛された。

ジョージ・ワシントン橋は,いまはダブルデッキになっているが,完成当時は補剛桁が上のデッキのみのスレンダーな形になっていた。この思い切った構造によって設計者,オスマー・アンマンは橋梁史上にその名を残すことになった。そしてこの橋が現在見るような形に改造されたのは30年余りも後のことである。

ニューヨークで忘れてならないのがヴェラザノナローズ橋である。世界最大の橋として長らく君臨していた。橋の間近に立ったときの印象は,橋が随分長いということであった。塔がすっきりと直線で構成され,桁にも余分な部材が見えず,視覚の邪魔をするものがないデザインが橋の連続性を強調していて,それが橋を長く感じさせたのであろう。

ニューヨークの吊橋群は,世界一の称号を次々と塗り替えてきた技術の発展とそのデザインの変遷を体現している。

写真:ジョージ・ワシントン橋

ジョージ・ワシントン橋
(1931年,下段床は1962年増設,
中央支間1,067m)

写真:ヴェラザノナローズ橋

ヴェラザノナローズ橋
(1964年,中央支間1,298m)

地図

[参考文献]

  • トラクテンバーグ著,大井浩二訳『ブルックリン橋』研究社出版, 1977
  • Sharon Reier「The Bridges of New York」Dover Publications,1977
  • 川田忠樹『近代吊橋の歴史』建設図書,2002

松村 博 Hiroshi Matsumura
元大阪市都市工学情報センター理事長。
1944年生まれ。京都大学大学院修了(土木工学専攻)。
大阪市役所勤務,橋梁課での設計担当に神崎橋,川崎橋,此花大橋など。 著書に『橋梁景観の演出』『日本百名橋』『論考 江戸の橋』(鹿島出版会),『京の橋ものがたり』『大阪の橋』(松籟社),『大井川に橋がなかった理由』(創元社)など。

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