テクノ・ライブラリ


Techno Library

大空間を実現する施工技術
大量の製品をつくり出す工場,物流の拠点となる倉庫,コンサートホール,スポーツ施設・・・。
私達の様々な活動の舞台となる大空間建築。その建設では,当社が先駆けて開発した高度なテクノロジーが投入されている。
今月のテクノ・ライブラリは,大空間建築の屋根を施工する技術を紹介する。

施工中の大屋根は不安定
 内部に間仕切りや柱を持たない大空間建築。この大屋根は,緻密な構造解析に基づいて設計されている。建築物は,完成した状態では安定しているが,施工途中は支保工などの仮設の支えがないと自立することができない。そのため,大空間建築では,大屋根の施工が技術的に最も難しい段階となる。
 従来,大空間の大屋根は,地上に仮設の構台や移動式の足場を設置し,施工中の屋根を支えながら構築する方法がとられていた。しかし,この方法では高所作業が避けられず,安全性を確保するために多くの労力を要していた。また,仮設自体の設置や撤去も手間のかかる作業であった。
 当社では,大規模な仮設を用いることなく,地上で組み立てた屋根部材を移動させて構造物に据え付ける工法を,多くの大空間建築で採用してきた。これにより,安全性を確保しながら,工期短縮やコスト削減などの合理化・効率化を飛躍的に進めることができるようになった。
 この工法は,屋根部材の持ち上げ方により,大きくリフトアップ工法とプッシュアップ工法に分けることができる。要するに,二つの違いは「引き上げる」か「押し上げる」か,ということである。それでは,二つの工法で施工した当社の代表的な工事を見ていこう。

大屋根を引き上げるリフトアップ工法
 リフトアップ工法は,先行して構築した構造物などを支えとして屋根部材を引き上げていく工法である。当社が1999年に完成させた西武ドーム(埼玉県所沢市)のリニューアル工事で適用した。既存の球場に屋根をかけるこの工事は,2回のシーズンオフを利用して行い,I期工事では観客席の上部にドーナツ状の金属屋根を取り付けた。リフトアップ工法を適用したのは,穴の空いたドーナツの中心に円盤状の膜屋根で蓋をするII期工事。グラウンドで組み立てた直径145m,総重量2,100tの膜屋根の周囲にジャッキを取り付け,そのジャッキが金属屋根の内側から垂らしたワイヤーロープをつかんでよじ登っていくことで膜屋根を引き上げる。いわば尺取り虫の原理を応用した斬新な工法であった。

西武ドーム
西武ドーム。膜屋根の50ヵ所にそれぞれ2台のジャッキが配置されている。計100台のジャッキはコンピュータ制御で均一に力が加わるようになっている
ジャッキがワイヤーロープをよじ登ることで膜屋根も持ち上がる 当社技術研究所での吊り屋根実験。
ジャッキがワイヤーロープをよじ登ることで膜屋根も持ち上がる
当社技術研究所での吊り屋根実験。木材がしなり,張力が入っているのが確認できる

 また,1998年の冬期オリンピックのスピードスケート会場となった長野市オリンピック記念アリーナでは,世界に例を見ない大型木造吊り屋根の施工にリフトアップ工法を適用した。スパン80m,全幅216mの吊り屋根を構成する短冊状の部材を地上で組み立て,両端に結んだワイヤーを介してウインチによって所定の位置まで吊り上げていく。自重による張力が導入された状態ではじめて安定する吊り屋根を,張力が入ったままの状態で吊り上げることを最大の特徴とした工法であった。

長野市オリンピック記念アリーナ
長野市オリンピック記念アリーナ。スパン80mの吊り屋根に使われる部材には,信州カラマツを13層に重ね合わせた集成材が約7,000本使用されている

大屋根を押し上げるプッシュアップ工法
 次に,屋根部材を地上から持ち上げて構築するプッシュアップ工法。1992年に完成した直径143mの「出雲もくもくドーム」(島根県出雲市)は,透過性の膜材を屋根全体に用いて開放的な空間を実現している。日本最大(当時)の木造ドームの構築は,初めに傘の骨組みとなる36本のアーチ材や膜の一部を地上で組み立てた。このアーチ材の先端を鉄骨リングで連結し,鉄骨リングをジャッキにより所定の高さまで押し上げることで,あたかも傘が開くように巨大なドーム空間をつくり出した。

出雲もくもくドーム ドーム最上部の鉄骨リング
傘が開くように立ち上がっていく出雲もくもくドーム
ドーム最上部の鉄骨リングをジャッキで46m押し上げた
1/20の模型実験
日本大学斎藤研究室による1/20の模型実験

 1993年に完成したジャンボジェット3機を収容することができる世界最大級の羽田西側格納庫(東京都品川区)も当社の代表的な大空間建築である。幅100m,長さ200m,高さ42m,総重量6,130tに及ぶ大屋根をジャッキ8台で押し上げた。1回のプッシュアップで7m上昇させ,同時に本設の柱も継ぎ足しながら格納庫を構築していった。
 これらの大空間建築は,いずれもシンボリックなデザインが求められる。それ故,構造的にも個別性が高いものとなっており,それぞれに新しい施工法を開発しなければならない場合が多い。特に施工中の大屋根の安定性制御には,事前にコンピュータによるシミュレーションや模型実験などが繰り返され,施工時には自動計測でリアルタイムに構造物の状態を把握することができるようになっている。当社が長年培ってきた施工技術や解析技術などを駆使することで,これらの建築物が実現されてきたのである。

1台1,200tを押し上げることができるジャッキを使用した
1台1,200tを押し上げることができるジャッキを使用した
羽田格納庫
羽田格納庫。
建物の四隅と背面2ヵ所の本設柱,および仮設柱2ヵ所の計8ヵ所にジャッキが設置された