葉山発 海辺通信
葉山発 海辺通信  vol.5 海からの贈り物

 文:久野康宏
 撮影:山木克則(当社葉山水域環境研究室)


 湘南や三浦半島の西海岸の海辺では,ビーチコーミングを楽しむ人が増えています。これは海岸に流れ着く漂着物を拾い集める遊びのことです。
 貝殻や海藻,流木,鎌倉時代から江戸時代にかけての陶器の破片,波に洗われて角が丸くなったガラス,昭和初期の化粧瓶,40年前まで漁師さんが使用していた素焼きのおもり,時には700年前の馬の歯など,海の生物から民具まで漂着物はそれはさまざまです。
 どんな種類のものを拾うか,拾った後の楽しみ方も人それぞれ。貝の繊細な色彩や美しいデザインを愛でたり,波や潮流に洗われた造形の風合いを観賞したり,漂着物を素材にアート作品を制作する人もいます。一方,なぜこんな物が漂着したのか?と想像力を働かせたり,いつの時代の物かと民俗史に想いを馳せたり・・・といった楽しみ方もできます。
 道具もお金も要らない手軽さ。それでいて特定の物をコレクションする収集欲や知的好奇心を満たしてくれる奥の深さから,とことんのめりこむ人も多いようです。
 そんな魅力に誘われて,このところほぼ毎日,漂着物を探しに家の前の葉山・芝崎海岸を歩いています。このビーチには,ウニやフジツボなど海岸動物が多く打ち上がります。岩礁で育まれた多種多様な海岸動物が命尽き,潮流や波に運ばれビーチへと流れ着くのです。
 とりわけ目を惹くのはタカラガイと呼ばれる貝殻の模様や美しい光沢です。葉山や三浦半島南部の入り組んだ海岸に流れ着くのは45種類ほど。そのうちの35種類は沖縄や奄美大島から太平洋を北上する暖かな海流・黒潮に乗って来るのだそうです。彼らは北上して冷たくなった水温に耐えられず,せっかく長い旅をしてきても葉山で生きられる時間はわずかなのです。
 一生を終えた海岸動物の美しい姿を求めて,砂浜をせっせと歩きます。穏やかな太陽の光を浴びながら,さざ波が寄せる波打ち際に目を配らせていると,期待と予感で気持ちが高ぶっていくのが分かります。ドラマティックな空間に身を置くと,世俗の余計な思考が排除され,心の中が静寂で満たされていくのです。
 そうして純白になった心のおもむくまま,目に留まった物たちを手にするとき,なにか特別な力によって引き合わされたような,そんな神秘的な想いに包まれます。今日はどんな物に出会えるのだろう。その時々の風,波,潮の干満,潮流などの要素が複雑にからみあって,偶然のめぐり合わせが生まれるのです。
 ビーチコーミングを通じて得た新鮮な驚きと感動を,日替わりで享受できる海辺暮らし。その悦びをかみしめながら,海からの贈り物に出会いに今日もビーチへ向かいます。
海岸に流れ着く漂着物
【著者紹介】
くの・やすひろ
1965年東京・佃島生まれ。
現在,神奈川県葉山の海辺に在住。
スキューバダイビング専門誌の制作に13年間携わり独立。
フリーの編集者&ライターとして四季感と多様性に満ちた相模湾の魅力を水面上と水面下,両方の視点で伝えようと取材活動している。
海辺暮らしを綴ったホームページは
ホームページはhttp://homepage.mac.com/slowkuno