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KAJIMAダイジェスト

SAFE+SAVE 支援と復興の土木・建築

CASE5 まちを明るくするロープウェイ(ベネズエラ)

写真:密集する低層住宅の上空をロープウェイが移動する。再開発によって多くの住宅を破壊することなく,住民が必要とする移動手段を提供した

密集する低層住宅の上空をロープウェイが移動する。再開発によって多くの住宅を破壊することなく,住民が必要とする移動手段を提供した

ベネズエラの首都カラカスは,周囲を小高い丘に囲まれた都市である。丘にはびっしりと低層住宅が張り付いている。その上空をロープウェイが滑らかに移動する。市街地の中心部にある地下鉄の中央公園駅から出発。丘の稜線に沿って住宅密集地内に設けられた3つの駅を経由し,別の地下鉄の駅までつないでいる。

ロープウェイの総延長は2.1km。ゴンドラは8人まで乗れるサイズであり,1時間に1,200人を輸送する能力を備えている。住宅密集地の隙間に建てられた駅は,いずれもスチールの屋根とコンクリートのスラブを持ち,同じ素材と工法で構成されている。

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利用者の期待を集めるのは駅に付随した施設だ。駅に寄り添って建設が進む5層の建築物には,ミュージックスクール,ダンススクール,図書館などの文化施設や,バスケットコート,プール,ランニングコースといったスポーツ施設が入る予定だ。駅によってはデイケアセンター,スーパーマーケット,コミュニティセンターなどが入る施設も計画されている。

各駅にはそれぞれ違った施設が入るため,利用者はロープウェイを使って必要な施設までアクセスする。運賃は市営バスの4分の1。住民が気軽に利用できる金額である。

ロープウェイの計画と駅の設計を担当したのは,建築設計事務所アーバンシンクタンクを主宰するアルフレド・ブライレンブルグとフバート・クランプナー。ゴンドラはオーストリアの企業,駅のグラフィックはパリのデザイン事務所がそれぞれ担当した。

写真:都市周辺の丘の地形に沿って建てられた低層住宅。中央の尾根筋上にロープウェイが通っているのが見える

都市周辺の丘の地形に沿って建てられた低層住宅。中央の尾根筋上にロープウェイが通っているのが見える
photo by Iwan Baan

ベネズエラは1970年代と1980年代に急速な経済発展を遂げた。その結果,首都カラカスには多くの人口が流入することになった。中心市街地には高層ビルが立ち並ぶが,それを囲む丘には低層住宅が密集して張り付く。その地域では,貧困,インフラの未整備,公共空間の欠如など,世界中の同じような地区と共通の課題を抱えている。これまでであれば,新しい街へとつくり変える方法が議論されただろう。しかし最近はそれほど単純な話にはならない。スラムの良さが見直されつつあるからだ。

アーバンシンクタンクのふたりは,もともとカラカス市内の別の設計事務所で働いていた。スラム問題に取り組みたいと思っていたふたりは,仕事とは別に研究チームをつくって現地でフィールドワークを入念に行った。さらに,地域コミュニティとともに何度もワークショップを実施した。その結果,曲がりくねった街路には通過交通が発生しないため安全であること,街路や階段を歩くことによって人が出会い,会話が発生しやすいこと,自分たちがつくりあげてきた住宅や街路に愛着があることなどの魅力が整理できた。一方,急病人が出た場合,市街地の病院までたどり着くのに時間がかかること,市街地へ行くまでにバス停までの長い距離を歩くうえに,バスを2回乗り継がなければ出られないこと,その運賃が高すぎることなどの課題が明確になった。

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写真:ロープウェイは高層ビルが立ち並ぶ都市部と低層住宅が密集する丘の頂上を結ぶ。頂上の駅は住宅に接して建てられているが,ロープウェイは静かに移動するため騒音問題は発生していない

ロープウェイは高層ビルが立ち並ぶ都市部と低層住宅が密集する丘の頂上を結ぶ。頂上の駅は住宅に接して建てられているが,ロープウェイは静かに移動するため騒音問題は発生していない

フィールドワークとワークショップを重ね,ふたりはこの地域にロープウェイを通す計画を提案した。その理由は,①急峻な地形であること②既存のまちに対する最小限の介入で済むこと③高い持続可能性と可変性を兼ね備えていることの3点。ふたりは言う。「彼らは計画やデザインを実現するための費用を持ち合わせていません。だからまず僕たちは無償で計画書をつくって彼らにプレゼントしたのです」。そして,ふたりは実現に必要な支援者を集めるために,住民とともにフォーラムを行ったりポスターをつくった。「その結果,研究所や政治家が応援してくれることになり,最終的にはチャベス大統領がこの計画の実行を後押ししてくれたのです」。そして彼らは独立して,研究会の名称を引き継いだ設計事務所を設立したのである。

アーバンシンクタンクのふたりが尊敬する人物のひとりに,パレスチナの建築家モシェ・サフディがいる。1960年代に彼が書いた『クルマ社会の後に我々は何をすべきか』という本にはかなり影響されているという。「地域コミュニティの人たちは基本的に歩行者です。歩きながらさまざまな人と出会う。会話が生まれる。だからそれを壊したくない。クルマ社会になれば個別に移動し始めます。僕たちは単に交通ネットワークをつくりたいだけでなく,社会的なネットワークも維持したいと考えている。社会資本整備だけでなく,社会関係資本(ソーシャルキャピタル)も醸成したいんだ」

写真:まっすぐ移動するロープウェイに対して,地上の道路は蛇行している。ロープウェイの駅にはバス停があり,蛇行した道路を走るバスに乗り換えることができる

まっすぐ移動するロープウェイに対して,地上の道路は蛇行している。ロープウェイの駅にはバス停があり,蛇行した道路を走るバスに乗り換えることができる

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駅に付随した文化系プログラムやスポーツ系プログラムは,住民たちが集まるきっかけをつくりだすだろう。ロープウェイは午前6時から午後10時まで運行しており,市街地へのアクセスが向上したことによって新たな職を得た住民もいる。上空からの視点を意識して,住宅の屋根を葺き替えたり壁の色を塗りなおしたりする人もいる。こうしたスラムの着実な変化を見下ろしながら,ロープウェイは今日も彼らの頭上を静かに移動している。

写真:La Ceibita駅で建設中のスポーツ施設。ほかにも政府が出資したスーパーマーケット,デイケアセンターなどが入る予定

La Ceibita駅で建設中のスポーツ施設。ほかにも政府が出資したスーパーマーケット,デイケアセンターなどが入る予定

図:付帯施設の計画。すべての駅は同じ素材と工法を用いており,プログラムの違いによって空間が入れ替わる。駅にはスポーツ施設や文化施設が併設され,コミュニティ活動の中心となるよう計画されている

付帯施設の計画。すべての駅は同じ素材と工法を用いており,プログラムの違いによって空間が入れ替わる。駅にはスポーツ施設や文化施設が併設され,コミュニティ活動の中心となるよう計画されている

山崎 亮 やまざき・りょう
ランドスケープ・デザイナー。studio-L代表。京都造形芸術大学教授。1973年生まれ。
Architecture for Humanity Tokyo / Kyoto設立準備会に参画し,復興のデザインの研究を行う。
著書に『コミュニティデザイン』(学芸出版社),『震災のためにデザインは何が可能か』(NTT出版)など。
Architecture for Humanityはサンフランシスコを拠点に世界各地で復興や自立支援の建設活動を主導する非営利団体。

参考資料

(写真提供:特記なきかぎり ©Urban-Think Tank)

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