ザ・フォアフロント
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ニューヨークWTCビル崩壊の解析に驚嘆の声

摩天楼の崩壊──2001年9月11日のアメリカ同時多発テロによるWTC(ワールドトレードセンター)ビルの惨劇は,いまも多くの人々の脳裏に焼きついている。誰もが想像だにしなかった超高層ビルの崩落。その実現象の解明を当社は世界にさきがけて成功させた。事実と一致した精緻な解析の成果に対して,本国アメリカの研究者からも驚きと賞賛の声が上がっている。
解き明かされた崩壊前の“室内”
 WTCビルは,航空機の衝突直後にはなぜ崩壊しなかったのか? 2棟の崩落は想定外の惨事であったが,多くの人々の避難時間を確保したことも事実である。その解析は,今後の超高層ビルの“予期せぬ事態”に対する設計を考えるうえで非常に有意義だ。
 日本建築学会では特別調査委員会(委員長:和田章東京工業大学教授)を2001年12月に発足させた。当社の今回の解析は,同学会からの委託として,和田委員長よりとくに鹿島が要請されたものである。
 解析の結果,WTCビルの構造体は航空機の衝突によっては崩壊に至らず,最終的には火災で崩落したことが検証された。シミュレーションでは,建物だけでなく航空機の重量分布や剛性,強度までも忠実に再現している。解析モデルは50cm単位という精密さだ。
 最先端の超高層解析技術は,下図のように建物内部の柱や航空機体の破壊の模様を解き明かした。こうした“室内”の被害解析は,じつはアメリカ本国も成しえていない。当社が超高層ビル建設のさきがけとして培ってきた技術力と,特殊構造物を想定した数々の耐衝撃試験の蓄積による成果である。
 今回の解析は,すべて当社の既存のツールとノウハウで行われている。過去に事例をみない難題であったが,社内各部署から精鋭が集められたプロジェクトチームは,いわゆるボランティアで情熱を傾けたのである。
航空機エンジンの落下地点との合致
 シミュレーション解析の結果は,被害の実態と高い精度で一致した。外壁面の損傷状況が整合しただけでなく,建物内の柱や床の損傷から割り出された“ビルの傾き具合”は,ふたつの棟の崩落状況を裏づけるものだ。さらに,南側のWTC2を突き抜けた航空機の右エンジンの挙動解析結果は,実際の落下位置とほぼ合致することとなった。
 当社の成果の精緻さに驚嘆した和田委員長は,2年に1度開催される日米構造設計協議会で当社の五十殿専務に発表するように依頼。今年7月,ハワイでの協議会において当社の発表は驚きをもって迎えられ,テロ・アタック部門のチェアマンを務めた青山博之東京大学名誉教授によって「力強くインパクトのある内容」と総括された。発表後,統計確率論の世界的権威であるA. アン博士(カリフォルニア大学アーバイン校名誉教授)をはじめ,名だたる研究者につぎつぎと握手を求められ,「Impressive」と声をかけられたという。
 日本の各メディアも当社の解析の成果を大きく取り上げ,有識者の反響を報じている。「これだけ綿密な崩壊過程のシミュレーションは画期的。解析結果は避難経路の設計など生かせる部分が多い」。このコメントを寄せたのは,1993年のWTC爆破テロでも調査を指揮した野中泰二郎中部大学教授である(読売新聞夕刊2003年9月11日)。
 最先端の高層解析技術の粋を集めた今回のシミュレーションは,ヴィジュアルな動画にもまとめられている。いくつかの顧客に対してはすでにレクチャーの機会を設け,高い評価を得ているが,「今後も要望があればいつでもレクチャーを提供したい」と五十殿専務や福沢技師長ら担当技術者は力をこめる。
WTCビル
WTCビルの航空機衝突シミュレーション解析
 下にまとめた3つの解析の目的を端的にいえば,「なぜ航空機衝突直後には崩壊せずに,北側のWTC1は約1時間40分,南側のWTC2は約1時間の避難時間を確保できたのか」を解明することだ。WTCビルを支える柱は,右下の平面図のように建物の周囲(外周柱)と内部(コア柱)で構成される。そのために建物内部の損傷の解析が不可欠となるが,これまではブラックボックスのままだった。  当社では,長年の技術力の蓄積と最先端のノウハウを駆使し,わずか5ヵ月程度で解析に目処をつけた。使用した解析ソフトは,アメリカで開発された「LS-DYNA」(大変形,非線形有限要素解析プログラム)である。
シミュレーション解析の基本フローと建物挙動の解明結果
局部破壊解析
鉛直荷重支持能力解析
シミュレーション解析結果の妥当性の検証
 解析の結果から割り出された建物の損傷状況と挙動は,被害の実態とほぼ合致した。
 とくに今回はじめて解明された建物内部の損傷に関しては,コア柱の破壊や航空機燃料の飛散の程度が明らかとなった。各棟は1層で47本のコア柱と240本の外周柱で支えられているが,両棟の各階あわせて235本の柱が破壊されたことになる。柱の破断による“ビルの傾き具合”はWTC1で北西側に6.4cm,WTC2で南東側に30cmと解析。崩落の原因は火災によることが検証されたものの,両棟の傾き方は崩落状況を裏づけている。
 また,WTC2を貫通した航空機の右エンジンは,直線距離で北側約450mの位置で発見されたが,これも解析結果とほぼ一致する。
衝突後一定時間を経ての全体崩落時の状況 損傷後の床の水平変形図
外周柱と内部コア柱の損傷状況 衝突航空機の飛散状況
外壁面の損傷状況の比較(WTC1)
WTC2を貫通した航空機の右エンジンの挙動と解析結果の比較*
*印の図版は,米国FEMA(Federal Emergency Management Agency:連邦危機管理庁)の報告書をもとに作成した。http://www.fema.gov/