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幸せの建築術 人類の叡智を再考する 第11回 シリア・ダマスカス モスクと十字架が隣り合う街

写真:イスラム教の聖地ウマイヤド・モスク

イスラム教の聖地ウマイヤド・モスク。現存する最古のモスクでありながら,もとはローマ神殿,キリスト教聖堂であったという歴史をもつ。中庭の床には鏡のように磨き上げられた大理石が敷き詰められている

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世界最古の都市

シリアは「肥沃な三日月地帯」に位置するオリエント文明の中心地で,その首都ダマスカスは世界最古の都市のひとつといわれている。

古代より数々の強国に支配されてきた地で,ローマ帝国の統治を経て,多くのキリスト教徒,ユダヤ教徒が住んでいた。イスラム教が入るのは,7世紀にウマイヤ朝が開かれたときである。シリアといえばイスラム教徒の国と思いがちだが,じつは人口の約1割がキリスト教徒なのだという。

ダマスカスの中心は,城壁に囲まれた旧市街,オールド・ダマスカス。その中心に,東西を貫く「まっすぐな道」が通る。新約聖書にも登場するこの道を歩くと,特に東側地区にキリスト教会を示す十字架をそこかしこに見つけることができる。旧市街の東側にキリスト教徒が,西側にイスラム教徒が住んでいるとのことだが,モスクが並んでいる中に,いきなり十字架が現れるところもある。

地図

写真:スーク・ハミディーエ

ダマスカス最大の市場,スーク・ハミディーエ

写真:貝殻の土産物屋

貝殻の土産物屋

写真:お菓子が積み上がった店先

お菓子が積み上がった店先

写真:スークには同じような間口の店が並び,どこも品物であふれている

スークには同じような間口の店が並び,どこも品物であふれている

写真:ハーン・アサド・パシャ

中東最大のキャラバンサライといわれる「ハーン・アサド・パシャ」。大空間の美しいアトリウム

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密集する店や住居

アーケードが架かったダマスカス最大の市場「スーク・ハミディーエ」は,中東最古のスークとして知られ,食料品や工芸品,衣料品など,ありとあらゆる商店が集まり賑わっている。同じような間口の店が並び,どこも品物であふれている。スークや広い通りの裏側は,細い路地が迷路のように入り組んでいて,小さなスークやモスクが混在し非常に高密度である。住宅は中庭をもつ典型的なイスラムの住居で,何家族かが一緒に住んでいる。

ダマスカスは,シルクロードの最終地点でもあり,かつて砂漠の隊商がさまざまな品を運んできた。スークでは中国から伝わってきたと思われる陶器なども見られる。

隊商たちが泊まる宿キャラバンサライは,スークに隣接して建てられた。旧市街の中にある由緒ある「ハーン・アサド・パシャ」は,中東最大のキャラバンサライである。保存状態もよく,中東初の自然史博物館への転用が計画されたほど堂々たる建築だ。プロジェクトの一環で私も実測調査を行ったが,その美しいアトリウムは往時の栄華を彷彿とさせるものであった。

写真:住宅に囲まれた中庭

住宅に囲まれた中庭。丸く開けられた天窓から光が差す

写真:2階が張り出した住居が連なる路地

2階が張り出した住居が連なる路地。スークや大通りの裏には,細い路地が入り組んでいる

写真:密集する住居

密集する住居。ところどころに小さな中庭がある

写真:ゼウス神殿の門

スーク・ハミディーエの入口前に残るゼウス神殿の門

教会型のモスク

スーク・ハミディーエを抜けると,世界最古にして最大規模を誇る「ウマイヤド・モスク」が現れる。イスラム教第4の聖地とされる場所だ。しかし,もともとローマ時代には,ここにはゼウス神殿が建っており,のちに洗礼者ヨハネの首が見つかったことで,神殿のローマ式列柱が用いられたままバシリカ式キリスト教会の聖ヨハネ聖堂に改築された。

7世紀にイスラム教が勃興すると,聖堂の東半分を接収して,モスクとして利用することになる。そして驚くべきことに,以後40年間,東半分はモスク,西半分はキリスト教会として共存していく。

やがて増え続けるイスラム教徒を収容するために,教会部分が壊され,モスクが建てられる。しかし,そのとき美しい貴重なローマの円柱は丁寧に取り外され,新たなモスクに再利用された。

モスクの中に入ってみると,ローマ式円柱の上に2段のアーチが架けられ,教会のなごりであるステンドグラスも見られる。ほぼ中央には聖ヨハネの首が祀られた聖堂も残されている。ここがモスクとはとても思えない。

異なる宗教の共存を経て生まれた建築の空間構成の素晴らしさは,以後モスクの古典の形式となり,同時に西洋古典建築にも大きな影響を与えた。

写真:ウマイヤド・モスクの礼拝空間

ウマイヤド・モスクの礼拝空間。ローマ式円柱やステンドグラスなど,キリスト教聖堂のなごりが見られる

宗教をも超える歴史の重み

このように,ダマスカスでは,街並みも,ウマイヤド・モスクを見ても,イスラム教徒とキリスト教徒とがお互いを尊重し共存していることがわかる。ここでは,何世紀もの間,人々が宗教の垣根を越えてともに暮らしてきたのだ。ダマスカスの歴史の重みの中では,信仰の違いなどはそれほど大きな問題ではないのかもしれない。

ところが2011年に起きた反政府デモをきっかけに内戦が始まり,現在は沈静化するどころか,もはや一国の問題にとどまらないところまで拡大している。内戦前のシリアはアラブ諸国の中でも治安の良い国として知られていたが,悲しいことに,いまは私たちが訪れることもできない状態になってしまった。多様な価値観を認め合う,自由で活気ある素晴らしい街の姿に,1日でも早く戻ってほしいと祈るばかりである。

写真:ダマスカスの街を見下ろす

聖書にも出てくるカシオン山からダマスカスの街を見下ろす。中央にウマイヤド・モスクが見える

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古市流 地球の歩きかた

シリア・アラブ共和国国旗
(Syrian Arab Republic)

面積:18.5万km2(日本の約半分)
人口:2,240万人(2012年)
首都:ダマスカス

アラブの公衆浴場「ハマーム」

ハマームとはトルコ式スチームバスのことである。私もハーン・アサド・パシャ近くのハマームへ行ってみた。入口で貴重品を預けると中庭に案内され,やがて係の男がやってきて衣服を脱げと言われる。腰巻のようなものを巻き,木製サンダルを履いて浴場へ。

前室からスチームバスに入ると,湯気で周囲は見えない。一角から蒸気が常に出ていて,とにかく暑いが気持ちいい。床に腰をペタンと落ち着け座り込んでいる者,横になっている者など,人であふれている。周りには大きな水風呂があり,スチームバスから出た人は皆,桶で水をかぶっている。しばらくすると前室に出て休憩し,また入る。この繰り返しで相当に汗を出すことができる。

写真:湯上がりに中庭でくつろぐ

湯上がりに中庭でくつろぐ(右から3番目に筆者)

おすすめは野菜料理

シリア料理は,野菜をふんだんに使うのが特徴。肥沃な三日月地帯に位置するだけあり,さまざまな美味しい野菜(トマト,きゅうり,にんじん,レタス,ピーマンなど)が,色々な方法で調理されている。羊肉や鶏肉を使ったケバブなどの肉料理ももちろん有名だが,圧倒的に野菜や豆が中心といっても過言ではない。生野菜がかごにどっさり盛られて出てくるのもダイナミックだ。しかも野菜のスティックを何もつけずに食べるのだが,これがとても美味しい。野菜の歯ごたえが十分に味わえる。

またスークを歩いていて目につくのが,お菓子の店。シリアはケーキの発祥地ともいわれているそうだ。お菓子に使われるピスタチオの産地でもある。

古市徹雄(ふるいち・てつお)
建築家,都市計画家,元千葉工業大学教授。1948年生まれ。早稲田大学大学院修了後,丹下健三・都市・建築設計研究所に11年勤務。ナイジェリア新首都計画をはじめ,多くの海外作品や東京都庁舎を担当。1988年古市徹雄都市建築研究所設立後,公共建築を中心に設計活動を展開。2001~13年千葉工業大学教授を務め,ブータン,シリア調査などを行う。著書に『風・光・水・地・神のデザイン―世界の風土に叡知を求めて』(彰国社,2004年)『世界遺産の建築を見よう』(岩波ジュニア新書,2007年)ほか。

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