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重要文化財 正法寺本堂保存修理工事

約190年ぶり!「平成の大修理」進行中
岩手県水沢市にある曹洞宗の古刹・正法寺(しょうぼうじ)では,現在,本堂の保存修理工事が行われている。平成13年より6年計画でスタートした「平成の大修理」。
今年9月には日本一の規模を誇る茅葺屋根の葺き替えが完了し,黄金色の大屋根が姿を現した。

工事概要
重要文化財 正法寺本堂保存修理工事
場所:岩手県水沢市
発注者:正法寺
設計・監理:文化財建造物保存技術協会
規模:平面積766m2 最高高さ26m
茅屋根面積1,900m2 半解体修理
全体工期:2001年3月〜2006年8月
(東北支店JV施工)

建物修理も収束し,内装工事が進む正法寺(9月3日現在)
正法寺
日本一の茅葺屋根の葺き替え
 東北新幹線・水沢江刺駅より山道を車で20分程行くと,古木に囲まれ静寂の中に佇む正法寺にたどり着く。貞和4年(1348年)に曹洞宗寺院として開山し,かつては永平寺・総持寺と並び日本曹洞宗三本山として発展した。平成2年(1990年)には国の重要文化財に指定。日本一の規模を誇る茅葺屋根を有する由緒ある木造寺院である。
 現在の本堂は,文化8年(1811年)に再建されたもの。以来,40年前に屋根の葺き直しをした以外,大規模な修理が行われておらず,著しく老朽化が進んでいた。
 平成13年(2001年)3月,約190年ぶりに本堂の保存修理工事に着手。現在,建物の修理作業はほぼ終息し,2年後の完成を目指し仕上げ段階に差し掛かっている。
古(いにしえ)の技と現代技術のコラボレーション
 文化財の保存修理工事は,建物が建築された歴史的・技術的背景や建物の変遷を追究しながら実施される。そこで得た情報は施工へ反映されると共に,再び百年,二百年後に行われる保存修理のための資料として,大切に記録・保管される。
 当工事では,建物の解体と平行して設計監理者による調査が行われた。調査は破損状況やその原因,そして新しい材料に取り替える部分を確定するほか,建物の歴史的変遷,当時の建て方の工法調査にまでおよぶ。手間と時間を要する作業である。こうして解体・調査された材料は,大工職人の手で丁寧にかつ,古い部材を極力残して補修された後,当時と同様の工法で再び元の場所に組み立てられる。
 大工の棟梁・上野保夫さん(大坂工務店)にお話を伺った。
 「木造建築は造った通りに解体してあげないと,壊れてしまうことがあります。だから,工法を知ることは大切なこと。私は出来るだけ昔の材料のまま組み立て直したいと思っているので,少しでも多く元の素材を残すよう工夫して修理しています」。解体作業の中では,かつての職人たちの名前や日付,落書きに出会うことも。先任の優秀な技を目の当たりにすると気持ちが高揚すると上野さんは語る。
 一方,文化財をより長く安全に保存するためには,現代の技術でサポートすることも必要不可欠である。工事を総括する当社東北支店・盛岡営業所の佐藤啓所長に伺った。「当工事は,約450tある本堂を70台の油圧ジャッキで持ち上げるという大掛かりな基礎工事となりました。巨大寺院を約1m持ち上げて,礎石の入れ替え・据え直し,柱の修理を行いました。当社ではこの種の建物のジャッキアップ工事は実績が稀であったため,本社・支店関連部署と綿密な検討を重ね工事を進めました」。
 この他にも当社保有の技術により,傾いた建物の修正や軒先などの補強が行われ,最終的には地震に耐えうる補強を行い工事は完成を迎える。
解体された部材は,腐敗している箇所を丁寧に切り取り,同種類の木で接木する。部材は元の場所へ戻すため「番付札」を付け保管される
ジャッキアップ工事により約1m上がった本堂
礎石の上に乗る修理後の柱。根元部分は接木された部分
大工の棟梁・上野さんは現場の人気者。当社現場社員と共に。後列左から佐藤所長,上野さん,事務の千田さん,三浦事務課長(手前)
49度の急勾配の屋根で作業する職人たち。上から順に仕上げて降りてくる
無事完成した茅葺屋根。軒先の曲線には職人の個性が出るという
茅葺きの様子。茅の束は,縄を通した1mほどある鉄の針棒で垂木に縛られる
まさに絶壁!勾配49度の急傾斜
 現場を訪ねたのは,9月初旬,茅葺屋根の工事完了を迎える日だった。数名の職人が最後に形を整えるべく,刈り込み作業が行われていた。面積約1,900m2,高さ26m,勾配49度の大屋根は,想像を絶する迫力だ。日の光に照らされ黄金色に輝くその荘厳な姿に,新しい息吹を感じた。
 解体から始まり,足場・仮設屋根の設置,茅の葺き替えが完了するまでに約2年を要した。10tトラック約150台分という大量の茅の確保には大変骨が折れた。茅集めは2年がかり。東北近県から静岡・山梨県まで茅の原をまわり調達先を探した。
 茅葺職人の確保も高齢化が進みその数は激減しており,大変厳しいものとなった。こうした中,28歳の若さで茅葺棟梁を務める武山貞範さん(熊谷産業)は頼もしい存在であった。
 「葺き替え作業では図面は使用しません。職人の経験と技で均一に茅を敷設して行きます。これだけ大きいとバランスをとるのが難しく苦労しました。高所作業が多かったので,職人たちの安全にも大変気を配りました」と武山さん。
 作業は茅の荷揚げから配置まで全て手作業。屋根には48段もの丸太の足場が設置され,盛期には30人もの職人がここで作業した。指揮管理は大変なものであったろう。将来は海外でこの仕事をしたいと夢を語る武山さん。大きな仕事を終えたその横顔には自信が溢れていた。

 古の技術を匠の技で再現して行く文化財保存修理工事。しかしそれをサポートする現代の技術も欠くことはできない。今回,当社としては初の木造寺院の文化財保存修理工事となった。この今昔の技術のコラボレーションで得た経験・実績を,次の工事へと活かして行きたいと佐藤所長は語った。
葺き替え前の茅葺屋根は草や木が生え,傷みが進行していた
刈り取られた茅。全て茅ではまかなえず,葦(よし)も混合した。円周1.5mの縄締め1万9,000束が使用された
仕上げの刈り込みをする茅葺棟梁の武山さん