特集:知的財産創出へのテクニカルアプローチ

1 技術力をつつむ知財戦略
 Wagging Cutter Shield 工法にみる特許網


「技術の鹿島」の知財コンセプト
 当社では,知的財産の主役を「技術」と考えており,開発した技術を法的に裏づけ,保守し,さらなる進歩を支援することが特許の役割であると捉えている。技術を源泉としながら全社員が一丸となって優れた「知恵」を出し,自社の資産として活用するための「盾(=権利)」を獲得することが目標となる。
 これまで当社の知的財産は,創出・活用の面からみて必ずしも万全とは言い切れなかった。優良な特許が創出されても,その周辺技術の特許を補強していないために他社の回避・参入を許してしまったり,すでに他社が特許を取得した内容とほぼ同一のものを研究開発していたり,自社の特許権が侵害されていることに気づかないケースなどが散見されていた。
 このような反省と,業界内外での競争の激化を踏まえて,当社では従来の知的財産委員会を改称・改組し,「知的財産戦略委員会」を昨年設置した。万全な知的財産の包囲網の構築とその活用を,経営戦略と直結させることが第一の目的である。すでにさまざまな施策が実行に移され,優れた知的財産の戦略的な創出と活用が図られている。


当社内の知的財産戦略委員会の役割
知的財産創出 客観性を担保した自社/他社の特許(技術)ポテンシャルの評価
技術導入,共同研究パートナー選択における客観的判断
危機情報の把握(顧客ニーズ変化,ウィークポイント)
R&D各ステージにおける知的財産創出
ビジネスモデル特許
知的財産活用 保有知財(技術)の評価/活用/周知
インセンティブ 知財創出/活用/改良を促進する報奨制度
知財教育体系
戦略実施フロー 創出から活用までの各段階におけるR&D戦略会議および各部署との
有機的連携


質と包囲網の重視
 2002年3月末の時点で,当社の有効保有特許(登録済みのもの)の件数は2,978件で,業界トップとなっている。一方で審査前の特許出願公開件数でみると,この4年間は業界4位だ。
 前述のように,特許は審査を経てはじめて権利を取得できる。当社では,特許出願の件数にはとらわれずに,益の少ない出願をできるだけ削減する方向で出願の可否を判断している。知的財産を戦略的に創出し,独占的排他権が強く行使できるフロンティア型の特許を奨励し,特許の数量ではなく,質を重視しているのである。
 そして,新しい技術の根幹となる基本特許に加えて,周辺の関連技術についても特許を取得することを積極的に奨めている。基本技術と応用技術や要素技術を併せて強力な「特許網」を構築することで,はじめて知的財産として有効に活用できると当社は考えているのである。また,技術分野の観点からみた場合は,どの分野も総花的に出願するのではなく,経営方針と直結した出願の絞込みを図っている。
 特許網の考え方を具体的にみるために,ここではシールド工法のひとつ「Wagging Cutter Shield 工法」を例として紹介する。


四角いシールドマシンの開発と応用
Wagging Cutter Shield 工法

「きらめき通り」地下通路建設工事
「きらめき通り」地下通路建設工事


Wagging Cutter Shield 工法の基本特許
特許第3164769号
「異形断面シールド掘進機および異形断面掘削方法」
複数のカッターの揺動運動により掘削するマシンと,その掘削方法の基本的な方法が特許となる。ちなみに,特許法にもとづく書類「公報」の記述では,「主軸より放射状に伸びる複数のスポークを有するカッタヘッドを複数個互いに隣接配置してなり,各カッタヘッドはそれぞれの主軸を中心としてカッタヘッド揺動機構により揺動可能とされ,これらカッタヘッドは,隣接するカッタヘッド同士が互いに干渉しないように,かつ互いの掘削範囲が一部重複するように揺動されることを特徴とする異形断面シールド掘進機」と説明されている。技術を法的に位置づける公報特有の文体である

Wagging Cutter Shield 工法

周辺特許例1:
カッターの揺動機構
特許第2872656号
「トンネル掘削機」
カッターを揺動することがWagging Cutter Shield 工法のポイントのひとつ。従来の電動モーターによる360゜回転ではなく,一般的な油圧ジャッキが駆動源となり,ジャッキの往復運動を揺動運動に変換する機構が特許となる。この結果として,マシンがシンプルになり,機長の短縮と軽量化を実現した
周辺特許例2:
矩形のコーナー部分を掘る機構
特許第2872658号
「トンネル掘削機」
矩形断面のコーナー部分を掘削するために,潤滑油を用いてオーバーカッターが伸縮する機構の特許を取得している。また,高精度の切削を実現するために,カッターの旋回量とオーバーカッターの伸縮量を自動制御するシステムを開発した
周辺特許例3:
全方向対応型の歯
特許第2938841号
「カッタビットおよびカッタ装置」
従来の360゜回転型のシールドマシンではカッターが一定方向に回転する。Wagging Cutter Shield 工法ではカッターが揺動かつ伸縮運動するため,カッタービット(歯)に全方向性が要求され,独自の装置となった
周辺特許例4:
矩形トンネルを覆工するセグメントの工法
特許第3011169号
「シールドトンネルおよびその覆工方法」
土圧が複雑にかかる矩形断面では,高度なセグメントの覆工技術も求められる。トンネルの外側は鋼殻を主引張部材とするSC構造,内側はRC構造の合理的なサンドウィッチ型となっている。また,鋼殻は仮設時の仮覆工となるだけでなく,完成時には本体として利用できるため,コスト削減にもつながる
周辺特許例5:
分岐トンネルを掘るマシン
特許第3202195号
「異形断面用分岐シールド掘進機」
Wagging Cutter Shield 工法は複数のシールドマシンによって異形断面を掘るものだが,個々のマシン単体でも同様の機能を果たせる。これも技術の応用から派生した周辺特許のひとつ


自由な断面を掘る28件の特許
 「Wagging Cutter Shield 工法」は,当社が1997年に開発したシールド工法である。当初の主目的は矩形断面のトンネルを掘ることで,コマツの協力を得てシールドマシンを開発した。
 矩形を掘るポイントはカッターの動きだ。通常のマシンがカッターを360゜回転しながら円形に掘削するのに対し,この工法では自動車のワイパーのように,複数のカッターを一定角度内で往復運動(揺動=wagging)しながら掘削することで,円形はもちろん,矩形や複円形など,さまざまな形状のシールドトンネルを施工できる。
 この実現には多様な要素技術が必要になり,揺動運動やカッターの技術,独自のカッタービット(歯),矩形のトンネル断面を覆工するセグメントの工法などの特許も取得しつつある。現在,基本特許と周辺特許,そして応用技術を含めると,出願した特許数は28件に上っている。


広がるシーズと特許網
 実際のトンネルは,円形で掘られても矩形のかたちで使用されるケースが多い。単一の円形断面は土圧に対して力学的に安定しているため,矩形に比べてスムーズに工事できる。しかし地中の状態によっては円形に掘削する余裕がなく,シールドマシンが入らないこともある。こうしたニーズに着目してWagging Cutter Shield 工法は開発されたのである。
 通常のマシンが多数のモーターを使用するのに対して,Wagging Cutter Shield 工法では少数の油圧ジャッキで駆動するため,内部が簡素でコンパクトなマシンが実現した。その結果,シールドマシンの機長が短くなり,マシンのコストが低減した。また,掘削する土の量も円形に比べて少ない。
 地下の構造物が入り組み,地中が複雑化する今日,この技術をもって新たな施工方法を提案するなどのシーズを提供できよう。Wagging Cutter Shield 工法は,実際の工事で使われることで技術的な発展を遂げ,新たなニーズを見出しながらシーズを広げ,特許網もより強固に成長していったのである。




0 知的財産と建設業
1 技術力をつつむ知財戦略
2 発想をかたちにする組織力
3 知力で進化するゼネコン鹿島