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KAJIMAダイジェスト

SAFE+SAVE 支援と復興の土木・建築

CASE9 「食べられる校庭」の教育革命(アメリカ)

写真:農園の入口に立てられた生徒たちの手づくり看板。園内では鶏も飼育されている

農園の入口に立てられた生徒たちの手づくり看板。園内では鶏も飼育されている
出典: Alice Waters, Edible Schoolyard, Chronicle Books

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アメリカ西海岸のバークレーという街に,校庭の一部を農園に変えてしまった中学校がある。「食べられる校庭」と呼ばれているマーティン・ルーサー・キング・ジュニア中学校の農園からは,季節ごとにさまざまな野菜や果物が収穫される。農園の横にはキッチンが入った小屋があり,生徒たちが収穫物を料理して食べることができる。農園にはガーデン教員が,キッチンにはシェフ教員がいて,土や植物や料理を通じてサステイナブルな暮らしについて学ぶことができる。この場所はもともと学校の駐車場だった。生徒と教師と地域住民が協力して,アスファルトを剥がし,土を耕し,堆肥を加え,立派な農園へと変えていった。キッチンは駐車場の隅にあった小屋を改装してつくられた。

きっかけは,アメリカで有名なオーガニックレストラン「シェ・パニース」のオーナーシェフ,アリス・ウォーターズの提言だった。彼女は毎日,自宅からレストランへ移動する際にキング中学校の前を通っていた。この中学校は全校生徒が約1,000人のマンモス学校で,白人の生徒は約3割。ほかにアフリカ系,ヒスパニック系,アジア系,イスラム系移民の子どもたちが通っていた。校内では22ヵ国の言語が話されており,複雑な民族的背景があったために学校をひとつにまとめるのが難しかった。その結果,常に生徒たちのいさかいが絶えず,壁には落書きがあり,芝生は焦げていて,窓ガラスは割れていた。ウォーターズはシェフになる前に,五感を養う体験的プログラムで知られるモンテッソーリ教育の教員をしていたこともあって,荒れた中学校の前を通るたびに,何とかしてこの学校を立て直したいと考えた。ある雑誌の取材でそのことを語ったところ,ウォーターズのもとにキング中学校の校長から連絡があり,中学校の再生に協力してほしいといわれた。1994年のことである。

ウォーターズが提案したのは,食べ物を育てて,調理して,食べることを通した教育である。そのために,中学校の駐車場を農園にして食育のプログラムをつくることになった。3年間で300人の生徒,10人の教職員,100人以上の地域ボランティアが関わり,農園をつくった。農園の周囲には柵が無い。いつでも地域住民が農園を散歩できるようにしたのだ。中学生たちは自分たちの農園について地域住民に自信を持って語る。農園を介して,学校と地域コミュニティのつながりが生まれたのだ。

写真:駐車場だったころからの小屋を改修して新設されたキッチン

駐車場だったころからの小屋を改修して新設されたキッチン
photo by Ryo Yamazaki

写真:農園以前の,アスファルト舗装された駐車場

農園以前の,アスファルト舗装された駐車場
出典: Alice Waters, Edible Schoolyard, Chronicle Books

写真:農園内にある屋外教室。藁でつくった円形ベンチに座って先生の話に聞き入る生徒たち

農園内にある屋外教室。藁でつくった円形ベンチに座って先生の話に聞き入る生徒たち

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生徒たちは,野菜の育て方や調理の方法を学ぶだけでなく,効率的に作業ができる農園の面積を算出したり,水と土壌の性質を調べたり,古代人の食事を調べたりすることで,算数や理科,歴史を学んでいる。美術の時間には植物やガーデンの絵を描き,国語の時間にはガーデン活動に関する作文を書く。そして,クラスの仲間や地域住民と協力して野菜を育て,それを料理して食べることを通じて,食卓に着くことの楽しさ,体を動かして働く喜び,コミュニティの本当の意味などを体感している。農園を通じて,子どもたちはさまざまなことを学ぶことができるのだ。

写真:農園を通じた授業は,雑草などを使った有機堆肥づくりから,収穫,調理,鶏の世話まで幅広い。一連のプログラムを通じて中学生たちは地球と自分たちとのつながりを学び,食べる喜びを知る

農園を通じた授業は,雑草などを使った有機堆肥づくりから,収穫,調理,鶏の世話まで幅広い。一連のプログラムを通じて中学生たちは地球と自分たちとのつながりを学び,食べる喜びを知る

ウォーターズには,アメリカのこどもたちがファストフードばかり食べていることに対する危機感があった。ファストフードの食べ過ぎは身体によくないことだけが問題なのではない。家族で食卓を囲む機会を奪っていることがもっとも大きな問題なのである。すべての教育の基本は「手本」にある,とウォーターズは言う。「私たちは互いを認め合い,敬わなければなりませんが,その行為を学ぶ最良の場所が家族の集う食卓なのです。しかし,家族がそろって食事をする機会はますます減っています。だからこそ,そのことを子どもたちに伝え教えるために,学校に何ができるかを考え始めなければなりません。家庭の食卓が長い間培ってきたことを学校が担わなければならないときがきたんだと思います」

いまでは,「食べられる校庭」での活動は,キング中学校で行われるすべての行事のなかでも体育に次いで2番目の人気授業になっている。「ガーデンで採れたおいしい食べ物を食べるという身体的な喜びは,地球と自分自身にとって正しいことをしているという道徳的な満足感を伴っているのです」

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写真:キッチンの前の木陰に長さ20mのダイニングテーブルがあり,クラス全員がテーブルを囲んで食事を楽しむ

キッチンの前の木陰に長さ20mのダイニングテーブルがあり,クラス全員がテーブルを囲んで食事を楽しむ
出典: Alice Waters, Edible Schoolyard, Chronicle Books

キング中学校から始まった食育農園エディブルスクールヤードは,瞬く間にカリフォルニア州全体に広がった。現在では,幼稚園から大学まで3,000以上の学校に同様の農園が存在している。学校の周辺地域でつくったオーガニックな野菜を給食のために買い取り,自分たちが育てた野菜とともに生徒が調理するような活動も一般的になってきている。そのことが,地域の持続可能な農業を支援し,コミュニティへお金を還元することにもなっている。

「これは食で教育を考え直す革命的な道であり,私はデリシャス・レボリューション,おいしい革命と呼んでいます」とウォーターズは笑う。

写真:農園に生まれ変わった校庭。広い敷地にところせましと野菜が植えられている

農園に生まれ変わった校庭。広い敷地にところせましと野菜が植えられている
photo by Ryo Yamazaki

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山崎 亮 やまざき・りょう
ランドスケープ・デザイナー。studio-L代表。京都造形芸術大学教授。1973年生まれ。
Architecture for Humanity Tokyo / Kyoto設立準備会に参画し,復興のデザインの研究を行う。
著書に『コミュニティデザイン』(学芸出版社),『震災のためにデザインは何が可能か』(NTT出版)など。
Architecture for Humanityはサンフランシスコを拠点に世界各地で復興や自立支援の建設活動を主導する非営利団体。

参考資料

  • Alice Waters, Edible Schoolyard, Chronicle Books, 2008
  • センター・フォー・エコリテラシー著,ペブル・スタジオ訳『食育菜園ーエディブル・スクールヤード—マーティン・ルーサー・キングJr.中学校の挑戦』家の光協会,2006
  • 参考URL:http://www.edibleschoolyard.org/

(写真提供:特記なきかぎり©Katie Standke )

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