Interview

素屋根の中の世界遺産 国宝 姫路城が美しく生まれ変わる 姫路城大天守保存修理 JV工事事務所 総合所長 野崎 信雄

─ 姫路城保存修理を担当することになったとき、
どんなことを思いましたか。

姫路出身の私は、小学生のときに姫路城の「昭和の大修理」を目の前で見ています。
入社以来数々の現場を経験しましたが、姫路の仕事にはほとんど関わったことがありませんでした。今回の仕事のお話があったのが59歳のとき。今まで特殊な仕事の経験も多く、得意とするところだったので、その集大成として最後に地元に貢献したい、という思いが強かったですね。

図版:素屋根建設時の様子

素屋根建設時の様子

特別史跡である地面も、傷つけることはできない

─ 世界遺産、国宝の姫路城を素屋根で覆うのですから、
課題はたくさんあったのでは…。

建物はもちろん、地面も傷つけられない。火を使うのもご法度。そういう状況での作業となります。でも、素屋根の設計図を見たとき、これまでの経験から、施工の難所や改善点がわかりました。まず測量をして、構台と素屋根を関連付け、重機が通るための橋の補強等も見直し、素屋根の設計図を修正しました。狭く入り組んだ中庭などでは、鉄骨がお城の屋根まで10cmにまで迫るところもありますが、それも細かく測量しなければできなかったことです。

地面も特別史跡なので、杭を打つことはできません。素屋根は自らの重さだけで建つ必要があったのです。ちなみに鉄骨、砕石(砂利)、コンクリートと鉄筋、すべて合わせるとおよそ5,500t。地盤を傷めないために、本社の土木管理本部に協力してもらって、コンピュータによる地盤のFEM解析を行いました。地盤がどう沈下するか、どう変化していくかを解析、検討し、当初の予定より砂利を厚くして地盤をつくりました。こうして基礎下を固めることで荷重のかかる面積が広がり、地盤を傷めずに施工することができる。これまでの特殊な仕事に、設計から関わってきた経験が活きました。

※資材搬入やクレーン走行のための架台を腹切丸に設置しました。

図版:素屋根の鉄骨はお城の屋根まで10cmにまで迫る。素屋根の内部はお城の形状にそった複雑な構造となっている

素屋根の鉄骨はお城の屋根まで10cmにまで迫る。素屋根の内部はお城の形状にそった複雑な構造となっている

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図版:構台(写真左)は地上37mの施工基地として重要な役割を果たした

構台(写真左)は地上37mの施工基地として重要な役割を果たした

─ 伝統建築物の修理工事の中で、
姫路城ゆえの特別な工夫とか配慮などは?

通常、神社仏閣等の修理なら、スライド移動させる素屋根を用います。でも今回はモノも規模も違います。姫路城には大天守だけでなく、小天守もあり、まわりから攻めていかなければなりません。結果として、鉄骨がお城を縫うように組み合わされた素屋根となりました。箱をかぶせただけみたいな単純なものではありません。恐らく、これほど複雑な素屋根は他に例がないでしょうね。

一般的に構造計算は建物完成後のための数値であり、施工中の安全は考慮されていません。姫路城の素屋根建設は特殊構造な上、地震や強風対策も必要だったため、施工中も現場で構造計算を行い、必要なところを補強しながら鉄骨を組み上げました。また作業の効率化や安全のため、組み立て手順をCGや模型を使って説明し、工事に支障がないかシミュレーションで確認していきました。

素屋根は約3年間使用するものですから、修理作業や点検時に歩きやすいよう、梁上に通路足場を設けたり、柱の中も上がれるようにタラップを仕込みました。

修理作業は、基本的には「昭和の大修理」の記録に基づいて行っていますが、耐久性や強度を高めるために、少し改良を加えました。例えば漆喰材料の練り合わせなど、配合は記録を基にしながらも、時期によって水の量を調整し、ひび割れ対策を行いました。柱の補強では、鉄板で柱を完全に覆うと通気性が失われ腐ってしまいますので、上下を鉄のバンドで締め、縦にフラットバーという細い鉄板を入れる方法で強度を確保して、空気が通るようにしました。柱の上の隙間は強度伝達のために集成材を入れて補強しました。

安全への取り組みには、「モノ」と「人」の両面からの対策が重要です。鉄骨の構造や作業する設備などのモノの要因、ヒューマンエラーなどの人の要因…。みんなの努力でどちらの事故も回避することができました。

図版:お城を縫うように組まれた鉄骨の梁

お城を縫うように組まれた鉄骨の梁

図版:柱の耐震補強が完了した上部部分

柱の耐震補強が完了した上部部分

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完工へ、これからが正念場

─ これから素屋根の解体が始まりますが、
その工程での留意点は?

建物との隙間ぎりぎりの鉄骨もたくさんあるので、修理した城に接触させないようにすること、ボルトを落下させないことなど、細心の注意が必要です。まず今のボルトからワンサイズ小さくしたボルトに取り替える「抜き替え」作業を行って、ボルト数を減らすと同時に、解体がスムーズにいくように段取りをしています。

注意すべきは、やはり現場のヒューマンエラー、そして天災です。普通は台風が来る前にメッシュシートを外すのですが、今回はそれができないため、超高層建築の経験を活かしてシートを少し改良しています。また組み立ての段階で、解体時に風を受けても耐えられるような設計もしています。天候の状況よっては「無理をしない」という判断も重要ですね。ここまでの3シーズン、台風は無事クリアできました。

6月頃にはお城の上の方が見え始め、8月にはほぼ全体が現れますが、そのあとも難しい工事が続きます。基礎の解体も地面を傷めないように気をつけなければいけません。組み立てたときの段階的な写真も参考に、万全の注意を払いながら進めます。

「高名の木登り」ではありませんが、最後の一歩まで油断はできません。

図版:解体時も細心の注意をはらい、作業を進めていく

解体時も細心の注意をはらい、
作業を進めていく

大切なのは計画。そして、「もっと考えてみよう」という取り組み方

─ この工事を通してどんなことを感じましたか。
そしてこの仕事の魅力とは。

素屋根の組み立てが終わったあとの1ヵ月で、解体計画までのすべてを決めました。こういう仕事は事前の計画が大切です。起こりうることを想定し、きちんとした計画を遂行していくことで、大きなミスもなく、読み通りに進みます。あとは日々の細かい詰めですね。

この工事が他と違う点は、なんと言っても注目度の高さです。見られながら仕事をしているということ。いつお城が見えるのだろうという期待―。常に気を遣うと同時に、期待に応えたい気持ちにも駆られます。現場もこの緊張感とプレッシャーの中でベストを尽くしてきました。

私の仕事は、QCDSE[Quality Cost Delivery Safety Environment(品質、費用、工期、安全、環境)]をトータルにきちんと管理し、段取りよく、安全に、作業する人が気持ちよく働けるようにすることです。建設技術のノウハウと共に、職人さんの技術を活かすことが大切と考えています。伝統建築に携わるのは初めてでしたが、今まで多くの現場で培ったケースバイケースの対応力が、今回の現場でも活かされたと思っています。

この仕事の魅力は、「向かっていくと返ってくるものがある」ところ。そこが面白く、やりがいでもありました。いろいろ考えていく中で、よりよいものが見えてくる。料理の「もうひと工夫」と同じように、「もっと考えてみよう」という姿勢で取り組んできました。そうして挑み続けてきたことは形となって残り、後世に伝えていくことができる。今回の姫路城修理工事はきめ細かな「計画」と「もうひと工夫」に支えられたプロジェクトなのです。

今は、解体が無事完了して美しい姫路城が姿を現す日を、姫路人の一人としても楽しみにしています。

図版:野崎総合所長

図版:計画の大切さを語る野崎総合所長

計画の大切さを語る野崎総合所長

図版:解体時にも重要な役割を担う構台。構台の解体がこの工事の仕上げとなる

解体時にも重要な役割を担う構台。
構台の解体がこの工事の仕上げとなる

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素屋根・構台の解体を安全に完了することが使命です。

世界遺産・国宝である姫路城の真上や近接した位置での解体作業は細心の注意が必要となり、ねじやボルトの落下防止はもちろんのこと、雨風や埃による汚れから大天守を守ることも工事対策上重要となります。特に大天守各屋根瓦の目地漆喰は真っ白な漆喰のため汚れやすく、素屋根を支えていた基礎コンクリートの解体時に発生するであろう埃も要注意ですので最後まで気が抜けません。

現在、素屋根の解体工事が進行していますが、大天守や廻り櫓上空を鉄骨などの資材が旋回するので、鳶工をはじめ、作業員の皆さん一人一人にも安全に留意しながら作業をしていただく必要があります。安全に工程を進めるためには日々の管理が大切です。その日の作業はしっかりと完了させ、明日への工程につなげます。早目の判断で慌てない安全作業を実施していかなければなりません。

この修復工事の成功は素屋根・構台の解体を無事完了することにかかっています。
美しい姫路城をみなさんにお披露目できるよう、作業を安全に進めてまいります。

図版:

姫路城大天守保存修理 JV工事事務所 所長 河原 茂生

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