ごあいさつ



ごあいさつ

大谷 昭世 (霊亀山 本徳寺主)


 この度、石川ヨシ子様より本徳寺大広間上段の間の天井画のご寄進をいただ く事になりました。
 石川ヨシ子様が現在女流画壇に重きをなしておられる事はご承知の通りであ りますが、そのご作品が本徳寺に残りますことは、まことに深いご縁に依るも のであります。
 そのご縁と申しますのは、ヨシ子様のご尊父鹿島守之助氏は兵庫県揖保郡揖 保川町にある永富家のご出身であり、永富家は幕藩時代、この地方の大庄屋を つとめられた由緒ある旧家で、その住宅は現在国の重要文化財に指定・保存さ れております。本願寺第八代蓮如上人を開基とする本徳寺とは江戸時代からの 檀信徒として深い関係にありました。当時本徳寺は本山本願寺を代行する寺で あり、播州一円の真宗寺院・信徒の方々の本寺として、また信仰の中心道場と して護持されて参りました。このような歴史をもつ本徳寺には直接のご門徒は ありませんでしたが、極く数少ない直門徒(じきもんと)として永富家は代々本徳寺の護持に 寄与され、そのご縁により守之助氏ご自身も本徳寺の信徒総代をおつとめになっ たこともあり、護持におつくし下さいました。
 ヨシ子様が平成三年、父君の十七回忌を機に当寺に参詣された際、明治維新 以降世の変遷や制度の改革に伴う寺の修復管理のむづかしさ、殊に大広間上段 の間の格天井画の破損が著しい事などをお話した節、古くからご法縁の深い事 でもあり、出来れば是非貴女に彩管をとっていただきたいとご依頼致しました。
 爾来五年にわたるご精進、まことに感服致しました。格天井という特殊な場 所であり、画題は勿論、絵具その他の画材についても随分と苦心された様で、 想像しておりました以上に見事な絵を完成されました。文化財としての古い建 物である大広間に、平成の新しい発想、技法、画材を駆使し、その秀れた画才 を生かされ眞心を以って制作されたこの天井画は、大広間の荘厳(しょうごん) として将来に残るものであります。
 その上に復原不能の元の絵は取りはずし、これ以上の疲労を防ぐため当寺の 蔵に大切に保存して戴きました。
 ご進納いただく本年は奇しくもご尊父の生誕百年に当たります由、之もまた 深いご縁かと存じます。
 寺は本来信仰、有縁の方々の発願によるご懇志、ご寄進に依って建立、護持 されているものであります。この度のご進納はそこに清浄にして尊いものがあ り、亡き父君へのご孝心と何よりのお供養ができました事を心からお慶び申し 上げると共に、住職として当寺の荘厳の整います事に感謝し、厚くお礼申し上 げるものであります。





石川ヨシ子さんの花曼陀羅(はなまんだら) −本徳寺大広 間上段の間格天井画について−

乾 由明 (京都大学名誉教授、美術評論家)


 石川ヨシ子さんは、30年以上にも及ぶながい画家としての制作活動におい て、惓(あ)くことなく一貫して花の絵を描き続けている。これほど集中して花とい うひとつの主題に取り組んでいる画家はめずらしいが、またこれほど多種多様な 花を手がけている画家も、余り多くはないだろう。しかも石川さんは、たんに 花の外面的な姿かたちだけを写しているのではない。外観の綿密な観察にもと づきながら、それぞれの花のもつ独自な特長、こまやかな味わい、馥郁(ふく いく)たる香 気など、花から発現するありとあらゆる魅力を、追求してやまないのである。 とりわけ近年の作品においては、流れるように伸びやかな筆致と動感のある空 間の表現によって、ほとんど神秘的といっていいほど妖(あや)しい美しさに充ちた花 の生命が、見事に描き尽くされている。
 かねてから石川さんは、兵庫県姫路市の亀山本徳寺の依頼により、同寺大広 間上段の間の格(ごう)天井画の制作に専念していた。本徳寺は、蓮如上人を開基とす る浄土真宗本願寺派の別格寺院で、創建以来約500年の歴史をもつ名刹であ る。同寺には本堂はじめ多くの広大な建物が建ち並んでいるが、とりわけ江戸 時代中期に建立された大広間は、金碧濃彩の障壁画が上段および上々段の間を 飾り、華やかな雰囲気をつくり出していた。またその上段の間の天井は、縦5 列、横17列に黒漆塗りの枠組みによって分割された格天井となっていて、一 区劃ごとに草花や龍や鶴などの異なった図柄(ずがら)の絵が、かなり様式化 された作風 で描かれていた。この天井画には、享保6年(1721)3月9日という裏書 のあることが近年発見され、制作年代が確認されたが、絵の具の剥落が著しく、 同じく画面の状態の悪い障壁画とともに、現在では取りはずされて、保管されて いる。
 石川ヨシ子さんの父君、鹿島守之助氏の生家である播州の永富家は、江戸時 代から本徳寺と因縁が深く、鹿島氏もながく同寺の信徒総代をつとめていた。 そういう関係から、取りはずされた享保の格天井画に替わるあらたな平成の天 井画の制作が、石川さんに依嘱されたのである。これは、本徳寺大改修の一環 として計画されたものであるが、石川さんは、父君の供養にもと思って、この 困難な仕事を引き受け、精魂込めて制作に没頭したようである。そして5年の 歳月をかけて、このほどようやく新しい天井画が完成の運びとなった。
 先般、私は、まだ天井に取り付けられていないこの作品を、まじかに見せて いただく機会を得た。石川さんは、縦5列、横17列、85面という享保の 格天井画の構成をそのまま踏襲し、一面約55センチ角の正方形の杉板に、 油彩で描いている。 絵はもちろん花の絵であるが、まず格天井の中央に位置する一面には、金地に 白の蓮(はす)の花を大きく描き、それを取り囲む8面には、円形の窓のように金地に 開かれた空間に、さまざまな形の蓮花が放射状に配置されている。次に格天井 四隅のいくつかの面には、絢爛と咲き誇る櫻花が、動感に溢れた力づよい筆致 で、伸びのびと描かれ、さらにそのあいだの格子で仕切られた54面の杉板 には、金箔を張り、中央のまるく開けた窓の中に、それぞれ異なった花が描き込 まれているのである。この54種類の花には、菊、椿、朝顔、石楠花(しゃく なげ)、藤な ど日本の花もあれば、ポインセチア、アネモネ、パンジー、胡蝶蘭、シクラメ ンのような洋花もある。薔薇、牡丹、向日葵(ひまわり)、月下美人、桃など 豪奢で華麗な花もあれば、竜胆(りんどう)、撫子(なでしこ)、水仙、桔梗、 松虫草、鷺草、矢車草など優しく可憐 な風情(ふぜい)の草花もある。 作品は、まさに文字どおり百花繚乱といった豊麗な美しさに充ちみちていて、 一見して私は、その変転する多彩な花々の乱舞に圧倒されるおもいであった。
 しかしよく見ると、石川さんは、中央の蓮花とこの54種類の花々を、い かなる細部もおろそかにすることなく、すべて正面から見据えて、丁寧に描き 込んでいる。制作に当たって、彼女はおそらく、ひとつひとつの花を綿密に観 察し、何度も素描や習作を繰り返し描いた上で、油彩に着手しているのであろ う。そうでなければ、これほど見事にそれぞれの花の個性的な魅力と特色を描 き尽くすことは、到底できないにちがいない。しかもここでは、花々は、たん に写実的に描かれているばかりでなく、金地の中の円窓にうまくおさまるよう に、いずれも巧みに曲げられ、組み合わされている。つまり花々は、同一の大 きさの円の中のデザインとして、装飾化されているのである。しかしそれにも かかわらず、この装飾的な円の構成は、それぞれの花の写実的な美しさをす こしも損(そこ)なってはいない。それどころか色とりどりのリアルな花の美しさは、 円のパターンに組み入れられることによって、かえって一層鮮やかに発現して いるように思われる。そしてこの写実的でありながら装飾的でもある花々で飾 られた格天井には、いかにも石川さんらしい画調の、生気に充ちた四隅の櫻花 によって、たんなるパターンの配列に終わらない動感が、もたらされているので ある。
 以上のようにこの格天井画は、写実と装飾とを兼ねそなえた、きわめて ユニークな仕事であるが、しかし私は、この作品のもっとも優れた美質は、そ の品格の高さにあると思う。ここでは咲き匂う豪華な花も、ひっそりと野に咲 く可憐な花も、すべて凛とした気品に充ちて、堂々と存在しているのである。 そういうところにおいて、この本徳寺の格天井画は、石川ヨシ子というひたす ら花の美しさを追い続けてきた作家が到達した、豊饒な花の生命(いのち) の溢れる世界、 花曼陀羅の世界といっていいだろう。石川さんが、このようなきわめて感覚的 であるとともに、またきわめて精神的でもある類いまれな記念碑的作品を完成された ことを、心からお慶びしたい。




古寺に咲く世界の花 −石川画伯の絵画−

M.ジュゼッピーナ・チェルッリ・イレッリ (イタリア文化会館館長)


 私は仏教哲学や仏教芸術の研究家ではないし、また自身はキリスト教徒であ る ので、仏教精神そのものにも賛同しているわけでもない。
 しかしながら、私は日本で暮らしているうちに自然に触れ合うこととなる仏 教精神のある一つの面に、いつも深い感銘を覚えている。それは、あるがまま のこの世の普遍的な美しさを受容する姿勢、とでも言うべきものである。
 私自身が古代ローマ美術の研究家であり、ローマカトリック教会の一員でも あるので、人類にとっての普遍的なものを追及し、それを守っていこうとする 使命感に燃えた西洋流の表現スタイルについては、熟知している。
 その使命感は古代の美術作品や業績(アウグストゥスの平和の祭壇から「教 師キリスト」の巨大なモザイク画まで)にも、また近代の様々な作品(例えば 現教皇ヨハネ・パウロ二世の業績)にもはっきりと顕れており、そこには、想 像力をたくましくしないと分からないような、あいまいさというものはない。
 ところが、日本仏教の表現の世界は、少なくともそれについての造詣の乏し い者から見ると、全く別の表現スタイルをとっているように思われる。それは、 控え目で、根源的で、とても詩情豊かで、時として何かはにかんでいるような 感じすらある。
 さて、過日私は招かれて石川画伯の作品を観賞する機会を得たので、ここで その作品の美しさについて述べたいと思う。
 この作者はすでに著名な女流画家として活躍中であるが(3年前、アメリカ でサクラをテーマにした個展を開き、英語版の美しいカタログも発行されてい る。)、今回製作に取組んだのは、作者の先祖ともゆかりの深い姫路市にある 浄土真宗の亀山本徳寺に奉納する装飾画である。
 この作品は本徳寺の格天井を飾る精密な天井画なのである。今ではこのよう な天井画は大変珍しいものとなったが、一昔前までは西洋でも東洋でも多くの 教会や寺院がその華を競ったものであった。この伝統が再び復活するというこ とは何と素晴らしく意義深いことか。一方この種の伝統が一時的に途絶えてい たことにより(長い年月の間に破損したり、火災にあったりして)、作者の伝 統復活の試みも一段と困難なものであったことと思う。
 作者は古い伝統に新しい要素を折り込むことにより、この難しさを優雅にそ して見事に乗り越えている。多種多様な花々が織りなす調和の世界とでも言お うか。亀山本徳寺の格天井を飾ることになるこの絵は、日本古来の草花だけが 描かれているわけではない。中心の蓮の花のまわりには、今の東京の花屋の店 頭で見られるようなエキゾチックで華やかな花々が配されている。すみれ、洋 ラン、リンドウのような花々が、藤のような純日本的な花と入り交じって、そ れを四隅から伸びる満開の桜がとり囲んでいる構図である。作者がこのような インスピレーションを得たのは、花屋の店頭ではなく、豊富な海外旅行の経験 や海外の芸術作品からであることはいうまでもない。
 正に色彩の繊細なシンフォニーによって創造された宇宙の偉大なハーモニー を彷彿させる作品と言えよう。




生命ある花

堤 清二 (セゾンコーポレーション会長)


 「花の美しさ」というものはない、美しい花があるだけだ、と小林秀雄は言っ ています。芸術家はたくさんの美しい花を見て、その人なりの「花の美しさ」 というものを見出し、それをひとつひとつの花に戻していくのです。この作業 は芸術家のなかで瞬時に行われる場合もあれば、ゆっくり時間をかけて結晶し ていく場合もあります。
 いままで、数多くの花の絵を描いてこられた石川ヨシ子さんは、直觀的な把 握と、時間をかけての結晶という二つの方法を併用しておられるように思われ ます。線は常に活々と生命を与えられて動き、色彩はどこまでも深く、考えら れないような変化を見せて拡っています。動的な線と、心に滲みてゆくような 色彩とは作者の主体のなかで溶け合って、そこにひとつの幻想的な、そしてよ く見れば極めてリアルな花の世界を創り出しています。
 ワシントンにある女流芸術家のためのナショナル美術館で展らかれた個展 「さくら」を見た時、多くの人はこの数々の作品のなかに、現代に生きる「や まとごころ」を感じたに違いありません。
 ミラノの芸術アカデミーの学長だったカヴァリエ氏が指摘していたように、 これらの作品には、対象と見る主体とが渾然一体となった世界が描かれていま した。彼は幼年時代をヨーロッパで過した石川ヨシ子さんの作品に、東西の感 性の融合を発見していましたが、私はむしろそこに現代に蘇った「やまとごこ ろ」を見ていました。そしておそらく、このような両様の見方を可能にすると ころに、石川さんの作品の極立った特徴があるように思われます。
 ここには「もののあはれ」と「やまとだましい」に分解してしまう以前の 「やまとごころ」が生きています。それは、優しさの中に息づく勁さであり、 勁さのなかに花開く優しさであるに違いありません。
 このような作品を創造してこられた石川さんが、今度名刹「亀山本徳寺」の 大広間の天井画を描かれました。御尊父の菩提寺でもある亀山本徳寺からの依 頼を受けられた時、石川さんの記憶には、ヨーロッパのいろいろな都市の大伽 藍の天井を飾る聖画が蘇えったのではないでしょうか。そこには、敬虔な信仰 によって構成された華麗で神秘的な世界が、嬉々として舞う天使と共に描かれ ていたはずです。
 蓮如上人(1415−1499)によって開基されたこの名刹には、本堂・蓮如堂 (中祖堂)・経堂をはじめ、重要な文化財が数多く所藏され、大広間にはかつ て古代中国の天子謁見の様子を描いた上段の間の障壁画をはじめ、数々の由緒 ある作品があったと聞いています。今度、石川さんが描かれたのは、この大広 間の傷みの烈しい天井 画の總て、85幅です。
 前もって東京で展示されたこの作品を見て、私はそこに、ひとつの世界を描 ききろうとする明らかな構図を発見することができました。
 縦5画、横17画の四隅は櫻の花によって囲まれています。それは周囲を花 の森に埋められた御堂を象徴するかのようであり、これが天井を飾った時、平 面の天井は立体感を帯びて見る者を遠い天空へと誘うに違いありません。その 櫻に隣接して、撫子・百合・牡丹・あやめ・月下美人・鶏頭・浜木綿・佛桑華 (ハイビスカス)・海芋など、ひとつとして同じものはない数々の花が金箔に 囲まれた円のなかに描かれています。そのひとつひとつが小さなコスモスを形 成しながら、やがて中央の9画によって成立している大きな円に集ってゆくの です。その真ずいに描かれているのは、もはや命名を拒否する天上の花と言うべ きでありましょう。
 佛教には釈尊の誕生を祝う「花祭」の行事(わが国では4月8日、降誕会・ 灌佛会の通稱、南アジアのウェーク祭)があります。また「花御堂」とは、釈 尊の誕生佛をおさめた堂のことです。いろとりどりの草花を飾ったところから この名が生れたのです。蓮はそのうちのひとつであり、そのなかには、天上に 咲き強い芳香を放つ曼陀羅華(まんだらげ)、地獄の渕をゆく念佛行者を白蓮華に見立てての 分陀利華のような想像の花も咲いているのです。その意味でこの85劃の花 の集合は、深い信仰と父君への思慕に支えられて、作者にとっての花曼陀羅を 構成していると言うことができます。
 それにしても、と私は思わずにはいられません。たとえ環境に惠まれていた からといっても、なぜ作者はこのような世界を構成することができたのであり ましょう。そこにあるのは、まぎれもなく、勁さと優しさ、美しいものの奥に 死や地獄をも見透して、さらに伸びやかな花の世界を描くことのできる精神の 姿なのですから。小林秀雄流に言えば、ここにあるのは、花の美しさを描いた 作品なのではなく、天上を飾る花を、優しさと勁さのなかで描き出した作者の 個性の美しさであり、創造性なのだと私には思われます。



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