「原風景」という言葉で語られることもある雑木林だが, これが愛でられるようになったのはそれほど古いことではない。また , 雑木林は原生の自然ではなく , あくまで人の手が入った人為的な風景でもある。 都立小宮公園 ( 東京都八王子市 ) 16 KAJIMA 202401
PARK S t u d i e s 公園 の 可能性 Study 13 雑木林の風景 [ 文・写真 ] 石川初 17 KAJIMA 202401
京王プラザホテルの前庭 ( 東京都新宿区 ) 。奥行きのある豊かな緑 雑木林というスタイル先日 , あるマンションの販売広告に「この土地の原風景である武蔵野の雑木林をイメージした庭」という一文を見かけた。株立ちの落葉樹を自然風に植栽した「雑木林スタイル」とでも呼ぶべき庭園デザインは , 緑の量が多く竣工時の初期完成度も高いため , 建築の外構によく用いられる。東京近郊のマンション広告では「武蔵野の雑木林」はよくある売り文句である。しかし , 雑木林を「原風景」と呼ぶのはやや乱暴かもしれない。日本で雑木が庭園樹として好まれるようになったのはそれほど昔のことではない。 1920 年代に , 造園 じゅうき おおご 家の飯田十基や大胡隆治らが伝統的な日 本庭園の様式に対して , より自然な樹形の木々を用いた作庭を始めたのが雑木の庭の端緒とされている。飯田十基らの作庭に先んじて ,20 世紀初頭に文学や絵画において武蔵野や軽井沢の雑木林の美が発見され , モチーフとして描かれていたという背景があり , そこには欧米文化との接触が影 響を与えたという指摘がある。つまり , ほんの100 年前まで , 雑木は庭に植えて愛でるものではなかったのである。雑木林の美しさはまず文学者や画家によって言葉や絵で表現され , やがて若手の造園家の手によって実践されて広まった , 新奇でモダンな風景美だった。私たちが美しいと感じる風景は時代によって変化するものだが , 雑木林は比較的新しい風景美なのである。東京の都心につくられた公共的な雑木の庭としては , たとえば新宿の京王プラザホテルの前庭 ( 京王プラザホテル四号街路空間 こうき 雑木林プロムナード ) がある。深谷光軌という 造園家のデザインによるもので , 自然石を用いた立体的な造形の庭にコナラやモミジなどが巧みに配され , 奥行きのある豊かな緑をつくっている。完成から40 年以上が経ち , 木々は大きく成長して , しっとりと落ち着いた庭になっている。最近のマンションの庭などに使われる「雑木林スタイル」は , これよりはもっと華やかにアレンジされたデザインである。まばらに植えられた葉の明るい株立ちの落葉樹の足元に , 多様な種類の花や葉が鮮やか 18 KAJIMA 202401 PARK S t u d i e s 公園の可能性 Study 13 群馬県高崎市近郊で椎茸栽培のほだ木を生産する雑木林。里山の雑木林の「原型」が見られる
慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス「森の喫煙所」 ( 神奈川県藤沢市 ) 生チームが中心となって設計・施工したもので , 既存の樹木を避けつつ , 樹林と一体となるような格子状の木造喫煙所がつくられた。階段が設けられていて ,2 階の高さに上ることができる。雑木林の味わい方として , 林の中で立体的に歩き回るのはなかなか新鮮である。私は喫煙者ではないのだが , 時折ここに立ち寄って林の景色を楽しむ。雑木林は , その中に入り込んで木々に囲まれるという , 芝生や花壇とは異なる緑の経験をもたらしてくれる。周囲の騒音や風が木々に遮られるため , 林の中は穏やかで静かだ。公園を訪れる人々も , 雑木林に入るとあまり騒いだりせずに , 静かに林間を歩くようだ 。緑に覆われた夏もいいが, 私は木漏れ日の明るい , 襲いかかってくる蚊のいない冬の雑木林で , 乾いた落ち葉を踏みしめながら歩くのが好きである。 に彩る低木や草花が混植され , 全体にふわっとした自然な印象を抱かせるように工夫されていることが多い。このようなスタイルの植栽は , 建築の周囲やテラスや屋上を飾る緑として広く用いられている。人と自然の関係の風景雑木の庭が参照した武蔵野の雑木林はもともと , 燃料や肥料を得るための薪炭林として農村集落の周囲に維持されてきた植生である。クヌギやコナラなどの落葉樹林では定期的に落ち葉かきや柴刈り ( 小さな雑木や枝を刈集める ) が行われ , また 15 年から 30 年ほどの周期で薪や炭にするための立木の伐採が繰り返された。伐採されたコナラの切り株からは複数の枝が生え伸びて樹木が再生される。株立ちはそのようにしてできた樹形である。そのような手入れが継続することで明るい雑木林が保たれてきた。日本の多くの地域の気候では , 樹林を自然に任せて放っておくと常緑樹の多い鬱蒼とした森林へと遷移することが知られて いる。雑木林はいわばその遷移を人の手で止めている状態だ。その土地から持続的に資源を得るために工夫された , 人為と自然の回復力とのバランスで成り立つ関係があらわれている風景なのである。いわゆる「里山の雑木林」はこのような植生を指す。里山は近年 , 生物多様性の観点からもその価値が見直されて保全の対象にもなっている。農地と雑木林を含む谷戸地形を公園化して保全する事業も行われている。造園学者の岡島直方氏は , 人の手で管理されていた農村の雑木林には「既に庭としての性質が入り込んでいた」といい , そのような「人間と自然が交互に関わりを持った景色」が主題となったという点において , 雑木の庭は「庭園史上 , モチーフとしてさらに特徴的であるといえる」と述べている。人為的な生産の風景が , 人為ゆえに人が親しみやすい自然美として再発見されたというわけだ。私の勤め先の大学キャンパスには , 雑木林の中に建てられた「森の喫煙所」と名付けられた施設がある。建築家・慶應義塾大学准教授の松川昌平氏と松川研究室の学 ̶ 参考・引用文献 : 岡島直方『雑木林が創り出した景色 ̶ 文学・絵画・庭園からその魅力を探る』郁朋社 ,2005 年 ̶ いしかわ・はじめランドスケープアーキテクト / 慶應義塾大学総合政策学部・環境情報学部教授。 1964 年生 , 鹿島建設建築設計本部 , 米国 HOKプランニンググループ , ランドスケープデザイン設計部を経て ,2015 年より現職。登録ランドスケープアーキテクト (RLA)。著書に『ランドスケール・ブック ̶ 地上へのまなざし』 (LIXIL 出版 ,2012 年 ), 『思考としてのランドスケープ地上学への誘い ( 』 LIXIL 出版 ,2018 年 ) ほか。落ち葉を踏みしめながら歩く 19 KAJIMA 202401 デザイン : 中野デザイン事務所