懇意にしている三つ星レストランのシェフにこんな話を聞いたことがある。常日頃新しいメニューを考えているそうで、私のような素人からすれば人気の定番メニューを出し続ければ良いと思うのだが、それでは彼らのプロ魂が許さないのだろう。そのために新しい素材を探し求めて産地に行ったり、やったことがない調理法を試したりするが、そう簡単に納得のいく新しいメニューは生まれてこない。そしてあれこれ何日も考えて良いアイデアが浮かばないときに、たまたま出かけた散歩で道ばたの雑草を見た際、野菜を使った斬新なメニューを思いついたりする。だからといって散歩をすれば新しいメニューが開発できるかと言えば、もちろんそんなことはない。毎日毎日新しいメニューのことばかり考えて、脳みそが溢れそうになっているからこそ、ちょっとした︵その散歩のような︶きっかけがトリガーになって新メニューが生まれるということだ。 私の仕事もこうしたことの連続だった。コンサルタントのアウトプットと言えば、紙の報告書や口頭でのプレゼンテーションであるが、それ自体には何の価値もない。顧客︵クライアント︶の課題は何なのか、いくつもある課題のうちのどれを最優先で取り上げるべきか。さらにその課題を解決するための戦略を考える。そしてそれをどうしたらクライアントに理解してもらい、腹の底から納得してもらうかも大事である。言ってしまえば、課題の整理と解決策の提案という目に見えないものを見える化し、それを相手に伝えて、最後は実際に動いてもらうというのがコンサルタントの仕事となる。 言うのは簡単だが、実際にはああでもない、こうでもないと試行錯誤の連続である。あっという間にアイデアが閃くときもあれば、2∼3週間唸るばかりで何も出てこないこともある。クライアントへの〆切は迫るが平凡なアイデアしか出てこず、自分だけでなくチームで焦ったこともしばしばだ。そんなときは気分転換に飲みに行った先で友人と交わしたなにげない会話から答えが閃くこともあれば、子供のサッカーの試合を見ていてアイデアを思いついたこともある。 料理とコンサルティング、一見何の関係もないように見えるが、どちらも顧客に最上のサービスを提供するためには、良いものを創り出そうという意思とそれを達成するための努力に加えて、ちょっとした偶然が必要ということかもしれない。30KAJIMA202406うちだ・かずなり 早稲田大学名誉教授、東京女子大学特別客員教授東京大学工学部卒業後、日本航空入社。在職中に慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。その後、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)日本代表、早稲田大学ビジネススクール(WBS)教授を歴任。2006年度には「世界の有力コンサルタント、トップ25人」に選出。専門は競争戦略とリーダーシップ。著書に『仮説思考』『論点思考』『右脳思考』『イノベーションの競争戦略』(東洋経済新報社)『異業種競争戦略』『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』(日本経済新聞出版社)『アウトプット思考』(PHP研究所)など多数。vol.234