約30年前,大学院生の時代にインドを1ヵ月近く旅行し,各地で宗教建築やル・コルビュジエを見てまわった。当時は注目すべき現代建築家が登場するような状況ではなかったので,スタジオ・ムンバイの存在を2010年のヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展で初めて知ったときは驚かされた。しかも,1分の1のモックアップが並ぶ設計の現場を再現した展示によって,特別表彰を受けている。その翌年,彼らは東京都現代美術館の「建築,アートがつくりだす新しい環境―これからの“感じ”」展に参加し,2012年には東京国立近代美術館の前庭に「夏の家」を制作したり(後に宮城県石巻市に移築),TOTOギャラリー・間(東京都港区)で個展が開催されたので,あっという間に日本で知られるようになった。最近は尾道でアパートのリノベーションを行い,魅力的な複合施設「LOG」(広島県尾道市,2018年)として再生させている。 事務所を主宰する地元ムンバイ出身のビジョイ・ジェインは,アメリカで建築を学び,実務経験も積んでいるが,難解な理論を振りまわしたり,デジタル技術を駆使する今風のデザインを探求するわけではない。スタジオ・ムンバイでは,職人のネットワークを大事にしながら設計と施工を一貫して行う。すなわち,設計と施工の分離を重視する西洋的な建築家像とは異なる。 代表作,カーサ・パルミラ(インド,ナンドゲーアン,2007年)は,喧騒の都市から離れた場所のヤシ林のなかに建つ。なるべく既存の木を切らないように,石壇に載る2棟の直方体のヴォリュームに分けつつ,平行配置とはせず,その角度も微妙に振っている。また2棟のあいだには細長いプールや石造の水路を配し,敷地内に井戸を散りばめた。 印象的なのは,パルミラヤシの幹を加工したルーバーを反復させる外壁だろう。これはミニマルな美しさを与えるだけの視覚的,あるいは記号的なデザインではない。室内に光と風をゆるやかにもたらすフィルターとして機能する。またインテリアの壁は,ココナッツの樹皮を模したモルタル仕上げを施す。屋内外の空間を明快に切り分けるのではなく,全体が一体化しつつ,ゆるやかにつなぐ建築になっている。 彼らの初期作品,リーディング・ルームの増築プロジェクト(2003年)も,農業用ネットによる白い布のスクリーンを使い,壁となる部位を半透明な皮膜に変えていた。やはりこれは光と風を通したり,ほのかに外の風景を見せる役割を果たす。外部と遮断する透明なガラス窓とは違う。モダニズムが世界中に流通させた鉄,ガラス,コンクリートでもなく,海外から輸入した高級な材料でもなく,まわりの環境から選択された素材を活用すること。スタジオ・ムンバイの土地に根ざした建築は,ハイテクな方法に頼らない,サステナブルなデザインを提示する。第6回 土地に根ざす写真 ― 鈴木久雄文 ― 五十嵐太郎16KAJIMA202409
リーディング・ルーム(インド,ナガアン)。雨や空気を感じながら読書する「モンスーンの間」17KAJIMA202409
カーサ・パルミラ(インド,ナンドゲーアン)18KAJIMA202409
デザイン―江川拓未(鹿島出版会)鈴木久雄 すずき・ひさお建築写真家。1957年生まれ。バルセロナ在住。1986年から現在まで,世界的な建築雑誌『ElCroquis(エル・クロッキー)』の専属カメラマンとして活躍。日本では1988年,鹿島出版会の雑誌『SD』「ガウディとその子弟たち」の撮影を行って以来,世界の著名建築家を撮影し続けている。ほかに『a+u』「ラ・ルース・マヒカ―写真家,鈴木久雄」504号,2012年,「スーパーモデル―鈴木久雄が写す建築模型」522号,2014年など。五十嵐太郎 いがらし・たろう建築史家,建築批評家。1967年生まれ。東北大学大学院教授。近現代建築・都市・建築デザイン,アートやサブカルチャーにも造詣が深く,多彩な評論・キュレーション活動,展覧会監修で知られる。これまでヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展2008日本館コミッショナー,あいちトリエンナーレ2013芸術監督などを歴任。著書に『被災地を歩きながら考えたこと』『建築の東京』『現代日本建築家列伝』,編著『レム・コールハースは何を変えたのか』など多数。19KAJIMA202409