棋士の升田幸三先生は﹁新手一生﹂︵生涯にわたって新手を生み出し続けるという意味︶を標榜されて実際に数多くのアイデアを後世に残し、定跡の進歩に大きく貢献されました。 ところでそのような新しいアイデアはどのようなプロセスで誕生するのでしょうか? まずは土台となる知識と基礎の構築から始まると考えます。将棋で言えばいわゆる定跡を会得することです。これらがなければどんなにアイデアがあっても具現化はしません。次になぜ、その土台が存在しているかを深く理解する必要があります。そこには土台として生き残ってきた歴史や背景、考え方が内在しており、現状がどこにあるか確認をすることができます。 そして、ここからが創造のプロセスとなります。想像性を駆使して今までになかったものを探します。しかし、過去に何があったかを知らなければ何が新しいかも識別できませんし、﹁創造﹂の99%は既に存在していて、残りの1%は、アイデアの今までになかった組み合わせとも思いますので、知識を幅広く持つことは創造にとって大きく役立つと考えます。 一方で従来の常識を覆すコペルニクス的な創造、大転換に知識はむしろ邪魔になると考えています。多くの知識は思い込み、先入観、常識、固定観念となり、新しい創造の妨げとなります。この時には今までに蓄積されたものは一旦脇に置いて、フラットな視点で見る必要があり、そうすると新しいアイデアが生まれてくることがあるのです。 武道の世界には守、破、離という考え方があり、まさにこれを表現していると思います。将棋の世界においても﹁名人に定跡なし﹂という言葉があり、過去のセオリーにとらわれず指すことを意味します。戦法などの知識を﹁覚える﹂段階から、自ら戦術を﹁発見する﹂段階に至ることができるかどうかが、勝負の分かれ道になります。 現代は膨大なデータから分析された体系的な論理が席捲していて大きな影響力を持っており、さらにAIの進化がそれを加速させています。この潮流から逃れることは難しいと思われます。 一方で、フロントラインにおいてはいつの時代でも破壊的な創造が必要と考えています。 オリジナリティや個性をどう出していくか、今までにない発見をどうやって見つけていくか。それぞれのジャンルにおいて現在がどんな状況かを知り、何が求められているかを深く突き詰めると、どのような﹁創造﹂が必要とされているのかが浮かび上がってくるのだと肝に銘じています。﹁新手一生﹂はどのようなジャンルでも必要なことなのです。30KAJIMA202409はぶ・よしはる 1970年生、埼玉県所沢市出身。1982年、二上達也九段に入門、85年、四段に昇段、史上3人目の中学生棋士に。89年、第2期竜王戦で初タイトル獲得。94年、第52期名人戦で米長邦雄名人を破って名人。96年、史上初のタイトル七冠制覇。2017年、史上初の「永世七冠」の資格を獲得。タイトル獲得数は歴代1位の計99期(名人9期、竜王7期、王位18期(9連覇)、王座24期(19連覇)、棋王13期(12連覇)、王将12期、棋聖16期)。一般棋戦優勝45回。18年、国民栄誉賞を受賞、紫綬褒章を受章。23年、今年創立100周年を迎える日本将棋連盟の会長に就任。著書に『変わりゆく現代将棋上・下』(日本将棋連盟)、『決断力』(角川書店)、『勝ち続ける力』(共著、新潮社)他。vol.237提供日本将棋連盟