The04KAJIMA202410特集GEA2023年8月,シンガポールに鹿島グループの新たな拠点が誕生した。名は「TheGEAR」。鹿島のアジア本社としてシンガポール内に点在していたグループ会社を集約するとともに,R&Dやオープンイノベーションを推進し,今年4月にスタートした中期経営計画(2024~2026)が掲げる成長戦略のひとつ「技術立社として新たな価値を創る」を体現する場となる。高い国際競争力を誇るシンガポールを舞台に,TheGEARはどんな未来を描いているのか。卓越性,影響力,生産性向上,持続可能性,ウェルビーイング,探究,実験,共創。TheGEARはこれらを育むハブとして,確固たるコンセプトのもとデザインされたハードに,先端的技術と多様な思想が集い,あらゆるものを巻き込み,混ぜ合わせ,加速させる。KajimaLabforGlobalEngineering,Architecture&RealEstate
05KAJIMA202410AR始まる
ジュロン島ジュロントゥアスクイーンズタウンオーチャードトアパヨアンモキオパシリスチャンギタンピネスベドックイーストコーストマリンパレードゲイランウビン島クレメンティセントーサ島シンガポール中心部チャンギ国際空港シンガポールTheGEAR06KAJIMA202410アジアの事業統括拠点の誕生 シンガポールにおけるアジアの事業統括拠点の開発計画は2017年から始まった。チャンギ国際空港から車で5分という利便性の高いチャンギビジネスパーク内に,当社のアジア開発事業統括会社のKajima行動の場 TheGEARは3つの機能を併せ持つ。 1つ目は,鹿島の「アジア本社機能」。シンガポールに点在していた鹿島グループの6つの会社・組織※1を集約し,グループシナジーの最大化を図る。 2つ目は,「R&Dセンター機能」。当社技術研究所のシンガポールオフィス「KaTRIS」が5つのラボを構え,優秀なエンジニアの集まる同国にて新たな技術開発を推進する。 そして3つ目が,グループ内外の垣根を越えてアイデアやノウハウ,技術を取り入れて新たなビジネスの発掘や創出を期待する「オープンイノベーションハブ機能」。ワンフロアをオープンイノベーションフロアとしてスタートアップや研究開発パートナーなどに開放し,インキュベーションオフィスとして活用する。 シンガポールは政府の戦略として,イノベーションによる経済成長を進めており,産Development(以下,KD)が,オフィスと研究施設を兼備した建物の建設・運営をシンガポール経済開発庁(EDB)に提案。シンガポール政府と対話を繰り返し,同国経済への貢献,雇用創出,直接投資,技術開発による産業への貢献といった観点で学官のさまざまなコラボレーションや先端的技術の実証を後押ししている。また,同国はIMD※2世界人材ランキング2023ではアジア第1位,IMD世界競争力ランキング2024では世界第1位に選出されるなど,アジアのハブとしての地位を確立し,世界中から人や情報が集まる。 当社は1950年代から東南アジアに進出し,1988年に東南アジア統括拠点現地法人KajimaOverseasAsia(KOA)をシンガポールに設立した。地域に根差した企業として建設・開発事業の実績を積み重ねるなか,2013年にKaTRISを開設。さまざまな外部機関とのコラボレーションを通して技術開発を図ってきた。 TheGEARは,鹿島がこれまで東南アジアで築いてロゴは,GEARのGをモチーフに,鍛造に使う鉄床を模した。いろいろなものを溶かして混ぜて,新しいものを生み出していくという想いが込められる。2種類のオレンジは,SDGsの9番と11番のロゴの色を組み合わせた。TheGEARを通して貢献したいテーマを表現している。鹿島公式YouTubeチャンネル「TheGEAR建設工事記録映像」はこちら。導入された先進的な施工技術や設備,機能を紹介している1KajimaAsiaPacificHoldings,KajimaOverseasAsia,KajimaOverseasAsia(Singapore),KajimaDevelopment,KaTRIS,イリアシンガポール支店2スイスのビジネススクールの国際経営開発研究所豊かな未来を創るための拠点きた信頼や関係を拡張させ,探求,実験,共創を通してイノベーションを創出する,その行動のための場だ。EDBの審査を経たのち,土地取得に至った。そして,設計・施工・維持管理のすべての工程で日本で培った技術を盛り込み,昨年8月,「TheGEAR(KajimaLabforGlobalEngineering,Architecture&RealEstate)」は開業を迎えた。アジア本社機能TheGEARオープンイノベーションハブ機能R&Dセンター機能
07KAJIMA202410 TheGEARは,豊かな未来を創るための「探求」,「実験」,「共創」の拠点です。「探求」の拠点 TheGEARには,KaTRISの5つのラボがありますが,建設分野の技術開発,いわば「How」(如何に)の探求だけに留まらず,将来の新しい事業に結び付けるための「What」(何を)も探しています。気候変動や,多種多様なサービスにおける将来のプラットフォームなど,これまで知り得なかった新しい切り口のマーケットを見出すことにも注力しています。「実験」の拠点 建築環境(BuiltEnvironment)分野における技術革新,例えば,適切な都市計画やスマートビルの建設,建物を使用する人の快適性や心身の健康(well-being)を実現する技術などは,持続可能な社会には不可欠です。TheGEARは,建築環境分野の先端技術の実証実験の場(Testbed)としての役割を担い,建物内に配置したスマートデバイス類にて収集・可視化した膨大なデータについて,デジタル技術を駆使して分析し,実際の設計や技術開発に反映していきます。「共創」の拠点 TheGEARは,スタートアップや研究機関,教育機関など,社内外のイノベーターが交流し,人や文化,アイデアを結び付ける場となり,そこから新技術や新たな事業,よりよい未来を創るソリューションを生み出し特集 TheGEAR始まるていきます。また,インキュベーションオフィスとして開放し,さまざまなパートナーとの交流・連携を通じて,新たなビジネスの発掘や創出を行っています。 シンガポールは東西の多様な文化と人々が融合する場所で,産学官の距離が近く,イノベーションの推進や外資導入などに積極的な政策をとっていることもあり,新しいことを行うには最も適した国です。この地で1960年に最初の建築プロジェクトを着工して以来,さまざまなプロジェクトを通して築いてきた現地との信頼関係の下,コロナ禍での建設段階から開業後に至るまで,関係省庁はじめとして多大なる支援と期待を受けています。 我々は,TheGEARにおいて,政府機関,大学,研究機関,スタートアップ,異業種企業などさまざまな主体が,それぞれの技術やノウハウを共有して利益や新たなビジネスを生み出す“エコシステム”を構築し,イノTheGEARを中心としたエコシステムのイメージ鹿島が目指している未来,実現したい思想が分かる場所にmessage代表取締役副社長執行役員 海外事業本部長越島啓介ベーションを創出することで,現地の期待に応えていきたいと考えています。 開業から1年が経過して,TheGEARでの取組みは現地で注目を集め,その知名度は向上していると感じます。シンガポールの3つの高等教育機関とパートナーシップを形成し,8つのスタートアップをTheGEARに迎え入れて助言と支援を行うなど,徐々に実績も上がっています。今後も何かが始まることを予感させるような情報を継続的に発信して,多くの人を集めて,ネットワークの構築を進めていきます。 我々は,TheGEARを鹿島が目指している未来,実現したい思想が分かる場所にしていきたいと思っています。思想は言葉だけでは十分には伝わりません。人が集まってfacetofaceで議論し,空間を直接体感することでより確かに伝わるものです。 国内外,社内外を問わずさまざまな方々に,是非TheGEARを訪れていただきたいと思います。
08KAJIMA202410 当社はパナソニックエレクトリックワークス社と共同で,空間や設備機器が働く人に与える効果を実証する「Cコワークスラボo.worXlab」をTheGEARに開設した。より快適で魅力あるオフィス空間の創造・提供に向けた実証が行われている。映像と音声でデータを計測・解析し,会議の進行に合わせた制御(照明・空調・気流・香り)で会議を活性化する映像に連動した気流や香りによる空間制御でユーザー好みの運動を楽しく行える一定の空気循環による空間制御で,快適に落ち着いて打合せができるcolumn快適なオフィス空間の実証施設をパナソニックと共同開設未来を形作るハブ TheGEARでは,3階をオープンイノベーションフロアとしてオープンイノベーションパートナーに開放している。この狙いを,大石常務(KD社長)は次のように話す。「社会の変化が一段と激しくなるなか,技術や研究開発に関しても従来の延長線上にはない発想や取組みが求められています。多様な思想が集まり,命題を持たずとも何かが生まれる場になってほしい」。 活動を推進するのが,KDのスタートアップチーム「TheGEARInnovationTeam」(2024年8月28日,TheGEARbyKajimaとして法人設立)。社外との関係を構築し知名度を高め,オープンイノベーションパートナー発掘を目的に,さまざまなプログラムやイベントを企図している。活動の指針について,の代名詞となることを目指しています」。 挑戦はまだ発展途上。だが,国内の大手企業やシンガポールの大学,スタートアップなどとの連携は着々と進んでいる。外部のリソースとスキルをグループ全体で活用し,まだ見ぬ価値を生み出していく。チームを運営するKDの石川和良ProjectDirector(現,海外事業本部)は「0から1を生むため,もっと言えば,破壊的イノベーションを起こすためにはどうあるべきか。たどり着いた答えのひとつが,関連業界を問わず広くオープンに社外のアイデアを呼び込み,“非連続的な成長”を生み出す,ということでした。領域を限定しないで,まずはやってみるという精神を大切にしています」と話す。続けて,同チームを率いるKDのLukeWuHeadofInnovationがTheGEARにおけるオープンイノベーションの目指す先を語った。「私たちはTheGEARを,業界のリーダー,スタートアップ,学術機関がシームレスに協力し,都市開発の未来を形作るハブとして位置付けたいと考えています。最終的にはTheGEARが変革的な影響力Scene1ワンフロアをインキュベーションオフィスとして活用し,ビジネスの種の発掘やアイデア創出を目指す。当社の自社ビルとして初の試みを紹介する。オープンイノベーションハブ左から,LukeWuHeadofInnovation,石川PD,大石常務会議を活性化する会議室自然を感じながら快適に運動できるリフレッシュ空間清潔で快適な落ち着くミーティングブース
09KAJIMA202410特集 TheGEAR始まるスタートアップなどに鹿島の持つノウハウやリソースを提供して双方の成長を目指すアクセラレータープログラム。スタートアップからの応募を受け,審査基準を満たした企業にオープンイノベーショフロアの6ヵ月間の利用許可と,教育や支援を無償で与える。第1回選抜には41社が応募,18社と面談を行い,8社を選定した。TheGEARで初めて開催したイノベーションサミット。シンガポール経済開発庁のJacquelinePoh長官を来賓として招き,現地企業のイノベーション担当やスタートアップ,大学関係者など約220名が参加。TheGEARレジデンシー・プログラムの開始を広く告知したほか,環境関連のパネルディスカッションや鹿島イノベーションアワード※の公開審査などを実施した。オープンイノベーション関連のステークホルダーを集めたコミュニティイベントを開催した。政府(シンガポール建築建設庁),企業(NTT),スタートアップ(Gush)によるパネルディスカッションでは,参加者はビジネスにおける多角的な視野を共有した。米国IWBIが運営する,人の健康とウェルビーイングに焦点を当てた建築の知識や経験が共有されるイベント。全世界を巡る大規模イベントの第1回がシンガポールで開催され,パナソニックと当社がイベントスポンサーとなった。第2回目のイノベーションサミット。イベントではシンガポール建築建設庁がJTCCorporation,EnterpriseSingaporeとともに建築建設分野における技術革新と持続可能な建設方法の推進を目的としたプログラムを開始したほか,鹿島グループのKAPがシンガポール工科デザイン大学と同大学の学生プログラム(起業家精神とイノベーションを支援)をサポートするMOUの締結,TheGEARに入居するスタートアップ8社によるデモンストレーション,パネルディスカッションなどが実施された。pickup!会社名:Betterdata開発内容:AIを活用した個人情報保護システムの開発⇒現在,KaTRISのスマートビルディングチームと有償の概念実証(PoC)を進めている。 BtoBスタートアップは,支援者探しから始め,その後ユーザーを見つける必要がありますが,TheGEARには私たちが活動するために必要なすべてのステークホルダーがひとつ屋根の下にいます。鹿島はプログラムを通して,私たちが成功を収めるためにより効果的なスペースを提供してくれました。鹿島がスタートアップを支援し,エコシステムを発展させてイノベーションを促進することにコミットしていることを市場に示しました。多くの参加者がセッションを楽しみ,同じ業界のほかのスタートアップとネットワークを築く機会となりました。TheGEARがWELL認証のプラチナに認定され,業界のイノベーターが集まるなかで,シンガポールの新築建物としては初めてこのような成果を達成した建物であることが示されました。今回はシンガポール建築建設庁を含むコラボレーターを拡大し,またイベント自体がシンガポールの建設業を支援するためのイニシアチブ※の公式な催しとしてブランド化されました。Digest1.TheGEARResidencyProgramme2.TheGEARFutureCityFestival1.0(2023年9月)3.NavigatingChallengesEvent(2023年11月)4.WELLRegionalSummit(2024年3月)5.TheGEARFutureCityFestival2.0(2024年3月)これまでTheGEARで開催された多様なプログラムやイベントを,LukeWuHeadofInnovationに振り返ってもらった。※シンガポール・マネージメント大学が主催するLeeKuanYewGlobalBusinessPlanCompetitionのスポンサー賞※シンガポール建築建設庁が運営する「iBuildSG」
10KAJIMA202410シンガポールでは政府が主導し,ひとつのデジタルプラットフォームでさまざまなデータを連携させプロジェクトの協調作業を可能にするIDD※(統合デジタル生産)を推進している。当社はシンガポールで最先端の5Dプラットフォームを開発し,TheGEARの建設現場に導入した。建設ロボットラボでは,自動化施工やロボット施工の管理プラットフォームを含めた生産システムの開発に取り組む。※IntegratedDigitalDeliveryTheGEARで働く人の行動と生体情報をセンシングし,ビッグデータ解析により,その瞬間に適した空調・照明に自動調整したり,ナッジ(人間の行動特性や心理を利用して行動を誘導する手法)で,スマートフォンを通して休憩を勧めたりするなど,行動変容を促す。人と建物の相互作用をきめ細かくデザインしシステム化することで,業務効率や快適性,環境負荷低減,建物管理の省力化など,相反しがちな課題の同時解決を目指していく。携の担い手としての存在感をこの地で高めてきた。 そしてTheGEAR開業を機に5つのラボ(下記参照)を開設。鹿島グループのグローバルで先進的な活動を先導するリサーチセンターとして,KaTRISは新たなフェーズに突入している。ConstructionRoboticsLab建設ロボットラボEnvironmentalEngineeringLab環境・バイオラボHumanCentricDesignLab人間中心デザインラボUrbanSpaceCreationLab都市空間構築ラボDigitalTechLabデジタル技術ラボ新たなフェーズへ KaTRISはゼネコン初の技術研究所海外オフィスとして2013年に開設された。シンガポールを中心に,アジア各国各エリアの市場ニーズや世界中の技術シーズの収集と把握,政府機関や大学との人的ネットワークづくり,これらを利用した上流からの開発技術の展開を進めてきた。社内関連部署や現地法人とも連携した活動を地道に積み重ねるな施工の自動化技術を開発。現場の個別作業のデジタル化だけでなく建設プロセス全体の最適化を目指す。都市や建物の緑化技術のほか,微生物を活用した高効率な廃水・廃棄物処理に関する研究開発を実施。仮想空間技術も駆使しながらさまざまな建築環境を再現し,居住性や省エネ,ウェルビーイングに関わる技術を開発。環境負荷を低減する建設材料や現地の地盤・材料に応じた構造物の可視化・解析技術の開発を実施。IoT,AI技術を用いてデータ収集・分析を行い,スマートビル,スマートシティの実現に向けたソリューションを開発。かで,2018年にシンガポール国立大学デザイン環境学部とサステナビリティやHuman-CentricDesign(人間中心デザイン)の分野で共同研究を実施するMOU(協力の覚書)を締結。また,同国のナンヤン工科大学とも都市空間や建設生産分野での共同研究を進める。政府機関では今年3月,2019年に結んだJTCCorporation※とのR&Dに関するMOUを更新するなど,産学官連Scene2R&Dセンター機能を担うのは当社技術研究所シンガポールオフィス「KaTRIS」。研究所開設から10年が経ち,新たなラボを構えたKaTRISのR&Dを探る。R&Dセンター※シンガポールの不動産を計画・開発・管理するとともに,建設業界のイノベーションを推進する役割を持つ政府機関TheGEARにおけるIDDはこちら(鹿島公式YouTubeチャンネル)
11KAJIMA202410特集 TheGEAR始まるオープンでシームレスなラボ伊達 今やR&Dもひとつの分野を深めるだけでは先端的なイノベーションは起こせない時代となり,また開発速度も増しています。研究者としてシンガポールで実感したのは,世界中から人と情報がこの地に集まってくるということです。リソースが豊富でビジネスマインドのある環境に身を置くことによって最前線の社会ニーズへのアンテナが伸び,それが技術ニーズの察知,ひいてはR&Dへつながっていきます。森田 シンガポール政府が先端的な実証実験を後押ししてくれる風土があるなかで,建物全体をテストベッドとするTheGEAR建設プロジェクトが立ち上がりました。私はデジタルに関する研究開発担当として,たくさんのスマートウェルネス技術※をこのビルに導入しました。多様な人種が集う地で得られたビッグデータを,人が気持ちよく働けるビルづくりに活かしていきます。蔡 私が担当している建設ロボットラボは全面ガラス張りで,パブリックスペースである1階カフェに面しています。この設計は,TheGEARのオープンな活動を象徴しています。例えば,ロボット技術開発には機械・電気・制御・情報工学などの分野横断だけでなく,ソフトをつくる人,実用化を模索する人など,人材の協働が必要です。世界の仲間と一緒に未来ある技術を共創したい。このメッセージを,TheGEARは発信しているのです。森田 建設や不動産開発部門など,シンガポール各地に散っていた鹿島グループが集結し,顔を合わせながらニーズやシーズを共有して,実証実験を自社ビルで行う。また,社外の方には取組みを実際に見てもらうことで,鹿島の本気度を肌で感じてもらうこともできます。伊達 R&Dはその中身を考えることはもちろん大事ですが,出口戦略を探すことも同等に重要です。TheGEARに入居してから事業部門とも自然に交わるようになり,何気ない会話から出口戦略へと話が発展する機会も増えました。機能をシームレスに統合するという設計思想が活きているように思います。世界中の鹿島グループの拠りどころに蔡 東南アジアに根付いていた鹿島の建設や開発事業がなくては,KaTRISの現在の研究基盤の構築は難しかったと思っています。伊達 信頼ある中核事業があり,研究機能があり,かつそこにラボがある。R&Dにおいて,鹿島の大きな強みです。森田 いよいよこういう居を構えたことで,建築環境(BuiltEnvironment)分野の技術革新についてシンガポール政府からの期待を感じています。プレッシャーもありますが,応えられるポテンシャルが鹿島にはあると思っています。伊達 シンガポールで培った技術を日本を含め各国で活かすことも念頭に置いています。例えば,TheGEARに導入した温熱環境形成技術はこの地の気候・風土にフィットしたものですが,技術の根幹はいろいろな国でシェアできるはずです。蔡 デジタルやロボット関連技術もどこの国でも活用できる可能性があります。伊達 KaTRISがグローバルマーケットを見据えることは,技術開発と事業戦略が結び付き,開発技術の出口拡大にもつながります。研究者にとって技術開発のインセンティブが上がり,開発の質やスピードが向上するはずです。その出口は日本やシンガポールだけではなく,さらには建設や開発事業だけでもないのかもしれません。TheGEARでなら,鹿島の研究開発成果を世界中の顧客に提供する機能を果たすことで,いろいろな可能性を切り拓いていけると感じています。森田 そのためには,一人ひとりが想いを行動に移していかなければなりません。TheGEARはそうした志を喚起する,鹿島社員にとっての拠りどころとも言えますね。伊達 困ったとき,何かヒントが欲しいときにTheGEARに来たり,KaTRISに相談したりすると一歩解決に近づく。世界中の鹿島グループにとって,そんな存在になれたらと思います。左から,森田チーフ,伊達GM,蔡チーフ建設ロボットラボでの実験デジタル技術ラボでのデータ分析・ビル環境制御※データ収集・蓄積のためのIoT,分析に用いるAI,設備やセンサーをつなぐ通信ネットワークなどだけではなく,適切な性能を適切なコストで設計・実装する技術力までを含んだ総称TheGEARにおけるR&Dの今と展望を,KaTRISの中核を担う3名に聞いた。KaTRISGeneralManager伊達健介KaTRISChiefResearchEngineerConstructionIntelligenceTeam蔡チェ成ソンホ浩KaTRISChiefResearchEngineerSmartBuildingTeam森田順也interviewKaTRIS×TheGEAR
12KAJIMA202410静から動へ,建築の進化 アジア本社,R&Dセンター,オープンイノベーションハブ,これら3つの機能を統合させた建物をつくる。設計チームを統括した北専務は,「働く人にとってよい場づくりとは何か。どのように共創し,技術を風土に生かすか。静的な建築をつくり上げていく領域から,動的なシステムの制御,つまりは人の行動をよりよいものに変容させるという新たな領域を内包した設計を模索しました」とプロセスを語る。 ひとつの解として,TheGEARは建物全体をテストベッドオフィスとして構想された。建物をリビングラボとして活用し,その開発成果の客観的検証やフィードバックを通じて,環境と都市と生活の未来像を描くスマートウェルネスオフィスへと進化することを期待する。建物は構造アウトフレームとフラットプレート・プレストレススラブによるグリッドデザインを採用。構造体と設備・内装を分離するスケルトンインフィルを徹底したことで,「将来の事業や研究環境の変化に応じてフレキシブルに改変できる建物になっています」と同チームの奥原徹チーフは意図を説明する。 建物内には2,400個以上のデバイスやカメラが内蔵される。働く人の行動と生体情報を収集・分析し,建物の改変や研究,事業活用のヒントを探る。TheGEARに完成はない。新たなアイデアや変化を加え,進化し続ける。サステナブルな建築へと導く羅針盤 中央部は緩やかな回遊階段を設けたライトコートが全階を貫く(K/SHAFT)。全周をバルコニーと構造アウトフレームで構成することでブラインドレスを実現。公園を望む北面の東西にSKYGARDENを交互に配したその外観は,深いグリッドファサードが左から,奥原チーフ,北専務,東郷グループリーダーテストベッドとして導入された設備や技術Scene3鹿島グループの多様な人材と知識や技術をグループ内外で結び付け,よりよい未来を創るための場所をつくる。その思想を刻んだ建物の設計を探る。進化し続ける建物 「TheGEARがサステナブルな建築の実現に向けた“次の挑戦”へと導く羅針盤でありたい」(北専務)日射を遮蔽するとともに,視覚的に緑を取り込む。働く人の主体性を喚起する多様なワークプレイスが設けられており,なかでも5∼6階のK/PARKは半外部空間への切り替えが可能な吹抜け空間で,心地よい自然風が吹き,グリーンデバイスを用いたバイオフィリックデザインの実験場でもある。風,光,緑を導くデバイスのひとつひとつが,KaTRISとの協働によるバックデータに裏付けられている。 同チームの東郷裕幸グループリーダーは,サステナビリティの追求が設計のテーマであったと話す。「変化に耐えうる柔軟性や適合性,進化するABWオフィス,半屋外,環境先進技術導入などの快適性や省エネ性は,最終的には居住者のウェルビーイングにつながります。私たちはこれらすべてをひっくるめた“スーパーサステナブルビルディング”というキーワードを掲げ,追求してきました」。
13KAJIMA202410特集 TheGEAR始まる自然光を導き上下階の移動と交流を促す「K/SHAFT」新規開発した自然対流促進型放射パネル,垂直導光板,グレアレスリニアダウンライトがAIにより制御・最適化されるオフィスAward&Certification〈主な受賞〉・SIAArchitecturalDesignAward2024(シンガポール建築家協会主催)〈主な認証〉・WELL認証の最高ランクであるプラチナ・GreenMarkPlatinumSLE(SuperLowEnergy)K/LAB(右)に隣接する1階のギャラリー自然の力を活かし五感の変化を感じられる半屋外のワークプレイス「K/PARK」心地よい風が吹く緑に包まれたワークプレイス「SKYGARDEN」3階のオープンイノベーションスペース