国立ローマ博物館(スペイン,メリダ)英国の建築史家ケネス・フランプトンが提唱した「批判的地域主義」は,建築の「場所性」を考える上でよく知られている。普遍的な文明=モダニズムと地域の文化のあいだの弁証法的なプロセスとしての建築デザインである。これはただの地域主義ではない。彼は,ナショナリズムと連動する抑圧的な地域主義を否定し,視覚中心主義のポストモダンへの対抗としても位置づけ,批判的地域主義が触覚など五感に訴える特徴をもつと論じた。そしてヨーン・ウツソンのバウスヴェア教会のほか,アルヴァ・アアルト,ルイス・バラガン,アルヴァロ・シザ,安藤忠雄らの建築家の作品を高く評価している。だが,スペインの建築家ラファエル・モネオはフランプトンが自分を批判的地域主義と呼ぶことを嫌い,むしろ自分は環境を反映した「レフレクティヴ・デザイン」であると主張した。なるほど,批判的地域主義の建築家は,北欧,ポルトガル,スペイン,メキシコ,日本など,ヨーロッパの中心ではないエリアが多く,周縁もがんばっているじゃないかというニュアンスをもちかねない。 ところで,批判的地域主義という言葉を最初に用いたのは,実は建築理論家で知られるアレグザンダー・ツォニスとリアーヌ・ルフェーヴルである。筆者は大学院のとき,彼らの著作『1968年以降のヨーロッパ建築』の翻訳を担当したが(結局,出版社の都合で未刊行),フランプトンの考え方とは少し違う。彼らは地域主義自体に懐疑を抱く,自己反省的なものとして論じ,それは商業的な地域主義,感傷的な地域主義,愛国的な地域主義などへの批判であり,ショック療法のように場所の異化効果を狙う。彼らが高く評価したのは,モネオによるメリダの国立ローマ博物館だった。その理由は以下の通り。瓦によるアーチや壁が古代ローマの建設の伝統性を喚起させながら,博物館のグリッドと,足下に見える遺跡の街区パターンがズレていることで,衝突が発生し,それぞれの空間的な特徴を強化するからだ。ちなみに,かつて独立前にモネオはウツソンの事務所で働いていたことは興味深い。 同じくモネオによるムルシア市庁舎は,スペインの地方都市の広場につくられた。すでに存在するバロックの華麗な大聖堂やパラシオ(宮殿)にとって代わる主人公になるのではなく,市民の力を表現しつつ,観衆の立場になる建築をめざしたという。そこで古典主義の装飾はないものの,クラシカルな端正さをもつ開口がリズミカルに並ぶ,石貼りのファサードが与えられた。開口の位置や高さも,まわりの建築を強く意識している。バロックや古典主義を模倣するのではなく,それを引き立てつつ,新しい関係性を構築していく。確かに,本人が述べるように,レフレクティヴ・デザインというべきかもしれない。第8回 環境を反映する写真 ― 鈴木久雄文 ― 五十嵐太郎14KAJIMA202411

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中央奥がムルシア市庁舎(スペイン,ムルシア)。増築された別館で「モネオ館」と呼ばれる。手前の大聖堂,その左側のパラシオと共に広場を囲む鈴木久雄 すずき・ひさお建築写真家。1957年生まれ。バルセロナ在住。1986年から現在まで,世界的な建築雑誌『ElCroquis(エル・クロッキー)』の専属カメラマンとして活躍。日本では1988年,鹿島出版会の雑誌『SD』「ガウディとその子弟たち」の撮影を行って以来,世界の著名建築家を撮影し続けている。ほかに『a+u』「ラ・ルース・マヒカ―写真家,鈴木久雄」504号,2012年,「スーパーモデル―鈴木久雄が写す建築模型」522号,2014年など。五十嵐太郎 いがらし・たろう建築史家,建築批評家。1967年生まれ。東北大学大学院教授。近現代建築・都市・建築デザイン,アートやサブカルチャーにも造詣が深く,多彩な評論・キュレーション活動,展覧会監修で知られる。これまでヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展2008日本館コミッショナー,あいちトリエンナーレ2013芸術監督などを歴任。著書に『被災地を歩きながら考えたこと』『建築の東京』『現代日本建築家列伝』,編著『レム・コールハースは何を変えたのか』など多数。16KAJIMA202411

デザイン―江川拓未(鹿島出版会)17KAJIMA202411