オギャーと生まれて七七年。今現在も私は造られている。 両親、兄、姉と五人家族の末っ子として育った。中学在学中に出会ったのはアメリカのオールディーズを感じさせてくれた六本木野獣会のオシャレな先輩達。プロの道へ導いてくれた個性溢れるザ・スパイダースの兄貴達。 お気付きのことと思うが、全て年上の兄貴、姉貴が私の人生の屋台骨となって導いてくれたからこそ今日までの私が居るのです。末っ子として、足りなくても、間違えても許して頂いた先輩達の優しさ寛大さに感謝しかありません。それと、甘え上手だったのかな? ははは。 私の基盤が造られたのは、昭和の時代。発展途上の日本は、何を手に入れるにも大変な時代。気軽に海外渡航もできず、洋楽のレコードは殆ど手に入らない。ラジオでFEN放送をキャッチして洋楽を聞いたり、外国に住む友人にレコードを送ってもらったりして、音楽を勉強したものだ。そんな時代のものづくりは、今考えると信じられないほどの時間と労力がかかった。現代ではデジタル、生成AIによってあらゆるものが効率的で合理的になった。しかしながら〝コスパ〟や〝タイパ〟が重視される時代になり、寂しさを覚えるのが私の本音だ。時間や労力をかけたからこそ完成した時の喜びは大きく、その苦労の分だけ自分自身の血や肉となったと思っている。昭和のジジイとバカにされるかもしれないが、こんな時代だからこそ、私はあえてコスパやタイパに囚われない営みを大切にしたいと考えている。 そんな私の最近の愛おしい営みは、フィンガーペイントだ。生成AIで一瞬にしてアートの大作ができてしまうこの時代に、私はのんびりと指で絵を描く。親指にモスグリーンの絵の具をたっぷりと付け、そのぬるっとした絵の具の感触を楽しみながら、ざらっとしたキャンバスの上に指を押し付けて描く。これを幾度となく繰り返すと、マスカットの絵のできあがり。マスカットの粒の一つにこっそりスマイルマークを描くと、マスカットに生命が宿る。五感が刺激され、実に楽しい。昭和のものづくりの感覚が蘇ってきた。こうして私はフィンガーペイントの虜になった。 フィンガーペイントを始めて二年。次は何を描こうと日々考えるようになり、そうなるといつもの景色が違って見えてきた。見落としていた道端に咲く小さな花や、青々と茂る葉っぱの葉脈の模様まで目に入るようになった。自分の意識が変わると世界が変わるとはこういうことなんですね。 ジジイになった私ですが、これからも人・物・時代との触れ合いを楽しみに﹁人造り・物造りを探す悦びに満ちた人生を全うしたい。最後に手前味噌になりますが、この文章を書いている時、私の持ち歌♪お世話になりました♪が浮かんできました。まさに〝人を造る〟に相応しいライフソングですネ。ははは。 30KAJIMA202411いのうえ・じゅん 歌手・俳優1947年、東京都渋谷区生まれ。61年13歳で「六本木野獣会」に加入。16歳でスカウトされ田邊昭知(現・田辺エージェンシー会長)率いる「ザ・スパイダース」に加入。70年「ザ・スパイダース」解散。翌71年、24歳の時に「昨日・今日・明日」でソロ歌手としてデビューし、セカンドシングル「お世話になりました」が大ヒットする。歌手活動の傍ら、TBSドラマ「ありがとう」、フジテレビ「夜のヒットスタジオ」などで俳優業、司会業と多岐にわたり活動。今もなおエンターテイナーとして活躍している。2020年にX(旧Twitter)開設、21年著書「グッモー!」(PARCO出版)発売。20年「渋谷区名誉区民」顕彰、24年「第32回橋田賞特別賞」受賞。vol.239