第9回 大きなスクリーンとしての建築写真 ― 鈴木久雄文 ― 五十嵐太郎18KAJIMA202412

アラブ世界研究所(パリ)19KAJIMA202412

ジャン・ヌーヴェルが手がけたパリの3つのプロジェクトをとりあげよう。 アラブ世界研究所(1987年)は,小さい正方形のユニットの集合から構成された大きなスクリーンをもつ建築である。それぞれのユニットは,カメラの絞りのように開閉するメカニズムをもち,室内に導く光の量を調整する。筆者は動いている状態に立ち会ったことはないが,訪問したときにひとつ故障していたので,現地で形状がどう変化するのかは確かめることができた。しかも,ユニットの幾何学的な意匠は,具象的なモチーフの使用を許さないイスラム建築の装飾にも似ており,ハイテク的であると同時に,宗教性を感じさせるアクロバティックなデザインによって大きな注目を集めた。その結果,アラブ世界研究所は,ヨーロッパに立つ建築としては珍しく,イスラム関係の建築に贈られるアガ・カーン賞を受賞している。 カルティエ現代美術財団(1994年)も,建築の本体から離れて,街路沿いにたつ巨大なガラスのスクリーンが特徴である。これは自然を挟み込みながら,そのイメージを反射によって増幅するような効果をもたらす。それにしても,なぜスクリーンなのか。彼は実現しなかったプロジェクトでも,ヴェネチア映画祭パレス案,サンドニのスタジアム,さいたまアリーナのコンペ案など,たびたび大きな映像のスクリーンを導入した。むろん,彼は映画好きだったし,映画監督ヴィム・ヴェンダースとの親交から,互いに作品を引用している(映画『夢の涯てまでも』に未完となった無限の塔が登場し,プラハ・アンデル(2000年)の建築では『ベルリン天使の詩』のイメージを引用)。また若き日のヌーヴェルが学んだテクノロジーの思想家,ポール・ヴィリリオの影響もあったのではないかと思う。彼の著作『戦争と映画』では大聖堂のステンドグカルティエ現代美術財団20KAJIMA202412

デザイン―江川拓未(鹿島出版会)鈴木久雄 すずき・ひさお建築写真家。1957年生まれ。バルセロナ在住。1986年から現在まで,世界的な建築雑誌『ElCroquis(エル・クロッキー)』の専属カメラマンとして活躍。日本では1988年,鹿島出版会の雑誌『SD』「ガウディとその子弟たち」の撮影を行って以来,世界の著名建築家を撮影し続けている。ほかに『a+u』「ラ・ルース・マヒカ―写真家,鈴木久雄」504号,2012年,「スーパーモデル―鈴木久雄が写す建築模型」522号,2014年など。五十嵐太郎 いがらし・たろう建築史家,建築批評家。1967年生まれ。東北大学大学院教授。近現代建築・都市・建築デザイン,アートやサブカルチャーにも造詣が深く,多彩な評論・キュレーション活動,展覧会監修で知られる。これまでヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展2008日本館コミッショナー,あいちトリエンナーレ2013芸術監督などを歴任。著書に『被災地を歩きながら考えたこと』『建築の東京』『現代日本建築家列伝』,編著『レム・コールハースは何を変えたのか』など多数。ラスは,スクリーンで光が点滅するディスプレイ画面と似ていると指摘していた。 ラ・ヴィレット公園のパリ・フィルハーモニー(2015年)は,コンピュータの時代を反映し,折りたたんだような造形と曲面をもち,表層における独特のテクスチャーによって光を操作していた。公園には建築家ベルナール・チュミによる点在する赤いフォリー(構成主義的なパヴィリオン)群があり,それらに対して,アルミパネルを用い,鈍い銀色の大きな雲のような背景として存在している。また色味にグラデーションをかけることで,光の反射が変化していく。そして壁や床において,だまし絵で有名なエッシャーの飛び交う鳥の群れをモチーフにした幾何学的なパターンを反復し,庇の天井からは無数の線状の部材が垂れ下がり,眩暈を起こすような視覚体験を与える。フィルハーモニーでは,平面的なスクリーンが艶のあるスキンに展開したのだ。パリ・フィルハーモニー21KAJIMA202412