最終回 風景と共鳴する建築写真 ― 鈴木久雄文 ― 五十嵐太郎14KAJIMA202503
ラ・リラ・シアター・パブリック・スペース(スペイン,リポイ)15KAJIMA202503
紙上で建築を見るのと,実際に現地を訪れるのでは,大きな違いがある。もちろんリアルな建築では,自分が内部空間に入り込むが,もうひとつ重要なのは,敷地にたどり着くまでのシークエンスだ。最寄りの駅を降りて,どのような街並みを体験した後に目的地が視界に入るのか。雑誌や展覧会では,わかりにくい。スペインの町オロットを拠点とするRCRアーキテクツの「夢のジオグラフィー」展(ギャラリー間,2019年)は,一部の映像はあったものの,小さい模型群は抽象的な構成を説明するにとどまり,彼らの建築を伝えることの難しさを感じた。これを補うのが,約400ページにおよぶ同展のカタログ(TOTO出版)であり,そこに収録された鈴木久雄の写真だった。本連載「風景のなかの建築」も彼の写真であるが,タイトル通りに,建築単体というよりも,周辺の環境との関係をとらえることに力点を置く。 RCRアーキテクツは,男女3名による建築ユニットであり,カタルーニャで多くの作品を手がけてきたが,2017年にプリツカー賞を受賞したことで一躍注目された。リポイのラ・リラ・シアター・パブリック・スペース(2011年)は,街のなかで,ほとんどを空とした建築である。プログラムとしては地下にワークショップや展示のための多目的室を設けているが,地下なので主役ではない。地上のロビーも中心ではなく,南側に置かれ,目立たない。もっとも重要なのは,両隣の建物に挟まれながら,屈曲する大きなヴォイドが貫通し,広場になっていることだ。また上部はルーバー状の屋根におおわれ,東西いずれの方向に対しても,巧みに風景を切りとるフレームを構成する。そして広場からは,テル川の上を横断する細い橋のようなキャットウォークが張りだし,対岸にまで届く。このプロジェクトは,新築した部分だけで自律するものではない。まさに風景と共鳴する建築である。 筆者が実際に訪れたことがある彼らの作品は,バルセロナの複合施設,サン・アントニ(2007年)だ。都市のグリッド状の街区内に小世界を挿入する素晴らしい空間である。道路側からは,やはり既存の建物に挟まれた,控えめな縦長のファサードしか見えない。だが,奥に進むと,雁行しながら,図書館やシニア・センターのヴォリュームが展開し,遊具のある庭園が出迎える。ゲート状の出入り口の壁や天井,中庭に面したガラスにおいて,まわりの風景がリフレクションする効果も美しい。そして街のブロックを囲む建築に穴を掘削することによって,閉ざされた中庭を外に向けて開くことに成功している。ちなみに,中庭はかつて工場があったが,煙突だけを残して解体し,ヴォイドがつくりだされた。・建築は単体では存在しない。絵画や彫刻のように,巡回展示され,向こうからやってくることもない。だから,われわれの方から会いにいく。建築は場所に根づいている。本連載に掲載された写真を通じて,いつも風景とともにあることを改めて痛感した。4月号より新連載「地図は想像と思考のツール」が始まります。ご期待ください。16KAJIMA202503
デザイン―江川拓未(鹿島出版会)鈴木久雄 すずき・ひさお建築写真家。1957年生まれ。バルセロナ在住。1986年から現在まで,世界的な建築雑誌『ElCroquis(エル・クロッキー)』の専属カメラマンとして活躍。日本では1988年,鹿島出版会の雑誌『SD』「ガウディとその子弟たち」の撮影を行って以来,世界の著名建築家を撮影し続けている。ほかに『a+u』「ラ・ルース・マヒカ―写真家,鈴木久雄」504号,2012年,「スーパーモデル―鈴木久雄が写す建築模型」522号,2014年など。五十嵐太郎 いがらし・たろう建築史家,建築批評家。1967年生まれ。東北大学大学院教授。近現代建築・都市・建築デザイン,アートやサブカルチャーにも造詣が深く,多彩な評論・キュレーション活動,展覧会監修で知られる。これまでヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展2008日本館コミッショナー,あいちトリエンナーレ2013芸術監督などを歴任。著書に『被災地を歩きながら考えたこと』『建築の東京』『現代日本建築家列伝』,編著『レム・コールハースは何を変えたのか』など多数。フレームに切りとられた対岸の街並み17KAJIMA202503