自分の職業を書体設計士と名乗っている。ちょっと厳めしい感じがするが、今風に言えばフォントをつくる仕事といったほうが通りが良い。 日本語フォントは、一万五千字弱の漢字に平仮名と片仮名、アルファベット、さらに句読点などの記号類が加わり、実に二万字を超える文字で構成される。それを数名でつくる。 さまざまな情報を多くの人々に正確に届けるために、正確に、且つ読みやすい文字を提供し、できればそれが百年の永きにわたって利用され続けられるフォント、言い換えれば文章を運ぶための情報インフラの維持ともいうべきものである。 ではそうした文字をつくるためにどんな意識を持つのか。時として漢字の多さには辟易とすることはあるとしても、私の場合、平仮名の制作には特に重要な意味があると考えている。それは日本語表記の中で圧倒的に使用頻度が高いことと、何よりも日本固有の文字であることが理由だ。 たとえば﹁の﹂がある。﹁の﹂は平仮名の中でも使用頻度が高く、その成り立ちは漢字の﹁乃﹂が始まりで、平安時代に草体化され、当時の人々の感性が加わって﹁の﹂という文字が生まれた。筆で書かれた﹁の﹂は自由で、文頭、文中、文末で丸かったり、一部が尖っていたり、上下がつぶれていたりと、さまざまな形の﹁の﹂があったが、明治二年に我が国に近代活版印刷術が導入され、仮名や漢字が正方形の中に押し込められるようにデザインされたのが所謂活字である。 活字というものは当然ながら一文字につき一字形で、﹁私の∼﹂や﹁きのう﹂や﹁たのしい﹂などの﹁の﹂に全て同じ﹁の﹂が使われ、どのような言葉に使われる﹁の﹂でも違和感なく﹁の﹂と読めることが求められる。それが活字デザインの面白いところだ。重要なことは文字が持っている固有の形と、手で書くときのリズムだろう。固有の形というのは﹁の﹂は丸く、﹁り﹂は細長く、﹁へ﹂は扁平な形をしているというような、誰もがそういう形であるとして認識しているもので、リズムとは運筆のことだ。﹁たのしい﹂の場合、四角い﹁た﹂と比較的大きな丸い﹁の﹂、﹁し﹂は細長く流れ、﹁い﹂はやや扁平に収まるというような文字の流れに、活字として印刷されたとき、手書きに通じる自然さがあるかどうかで読みやすさが決まると私は考える。そして、その固有の形と運筆の表現の違いが書体の特徴となる。 あらゆる言葉を表現するための活字として、私たち書体設計士は、文字の成り立ちから、片仮名言葉が幅を利かせる現代の日本語の特徴、さらに印刷なのか画面表示なのかなど、環境の変化を勘案しながら、読みやすく美しい文字という課題を自らに課して、迷い、つくっている。30KAJIMA202503とりのうみ・おさむ 1955年山形県生まれ。字游工房の書体設計士。同社の游明朝体、游ゴシック体、SCREENホールディングスのヒラギノシリーズ、こぶりなゴシック、大日本印刷の秀英体(一部)、TOPPANの凸版文久体ファミリーなど、ベーシック書体を中心に100書体以上の開発に携わる。字游工房として2002年に第一回佐藤敬之輔賞、ヒラギノシリーズで2005年グッドデザイン賞、東京TDC賞2008タイプデザイン賞を受賞。2022年京都dddギャラリーで個展「もじのうみ」を開催。2024年第58回吉川英治文化賞受賞。私塾「松本文字塾」塾長。著書に『文字を作る仕事』(晶文社、日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『本をつくる』(共著)(河出書房新社)、『明朝体の教室』(Book&Design)。vol.243