04KAJIMA202506特集THESITEPLUS江東ポンプ所江東系ポンプ棟建設工事巨大な函を地下に築く近年頻発化する記録的豪雨や,ニュースなどでも取り上げられることが増えた都市型水害への対策のために,現在東京都では,雨水処理能力強化を進めている。今月の特集では,近隣に建物や構築物が立ち並ぶ都市的な環境のなかで,水害からまちを守るポンプ所の巨大地下躯体を建設する土木工事の現場を紹介する。全国各地,当社施工中の工事現場を紹介するTHESITEが今月号からページを増やし,特集の仲間入りをしました。これまでよりも大きな写真とともに,現場で奮闘する社員の様子や,技術立社として培ってきた,建設を刷新する技術を伝えていきます。
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06KAJIMA202506水害からまちを守る 近年耳にすることが増えた「都市型水害」。都市型といわれる所以は,その原因のひとつにアスファルトや建物による地表面の被覆があるからだ。土の地面に降り注いだ雨は地中に浸透するが,アスファルトやコンクリートで覆われた地表に降り注いだ雨は主に下水道へと向かっていく。 下水道整備が開始された高度経済成長期以前は,東京の都市部も田畑や空き地といった未舗装の土地が多く,雨水の下水道への流入率は約5割だった。しかし都市化の進んだ現在では流入率は約8割へと増大。このため,下水道に流れ込む雨水の量が排水能力を超過し,行き場をなくした雨水などが道路の排水溝やマンホールなどから噴出,まちが浸水してしまうことが増えている。 この問題を受けて東京都では,大口径下水管を用いた幹線やポンプ所といった施設を増設し,排水能力の強化を推し進めている。今月特集する江東ポンプ所江東系ポンプ棟は,江東区南西部の都市型水害リスクを減らすスピーディな雨水排出を担う。地上でつくり,地下へ沈める 当社がここで建設しているのは,新設するポンプ棟の地下部分の躯体だ。地上で函型の躯体をRCで構築すると同時に,地下で地盤掘削を行い躯体を沈めていく。「工事で採用しているニューマチックケーソンは空気の圧力を利用して,地下水の浸入を防ぎながら地盤を掘削していく工法で,ニューマチックは“空気の”,ケーソンは“函”を意味する,フランスで開発された技術です。エッフェル塔やブルックリン橋をはじめ,主に柱脚基礎に用いられてきた工法で,本工事は函の底面積が4,000m2という世界最大級の規模です」と胸を張る出口幸治工事課長代理は,本工事が3つ目のニューマポンプ棟地下躯体の最下層となる地下5階部分。天井高10m,外壁厚4m,床スラブ厚5mの巨大スケール「鹿島一のケーソン屋」を自負する出口工事課長代理は,以前は別のニューマチックケーソン現場でも肌勢前所長(後出)と机を並べていた断面図地下5階平面図
07KAJIMA202506チックケーソン現場というスペシャリスト。 この工法では,函下の作業室内において,地下水の浸入を防ぐ高圧状態を24時間365日にわたり維持する必要がある。加圧状態保持に必須となる多数の大型エアコンプレッサや,技能者と資材や土砂が作業室と地上を出入りするためのシャフトなど,この工法には特有の設備が多く存在する。狭隘敷地を克服する工夫 現場を訪れてまず目を引くのは,左右をタワーマンションに,前後を運河と既存ポンプ所施設に挟まれた都市的環境。そして,そのなかに林立する多種多様な工事用機械・設備の姿だ。「本設の躯体が敷地の約半分の面積を占めるので,土木としてはかなり狭隘な敷地での工事になります。施工に必要な設備も多く配置され,作業ヤードはほとんど確保できません。クレーン車やコンクリートポンプ車を停車させる場所がまわりにないので,代わりにタワークレーンと生コンを打設箇所に送るディストリビュータを使用しています。設備や資材を置くための構台は多層化することで必要な面積を捻出しました」と設備配置計画を振り返るのは,2013年の工事開始時に計画を担った桂木英智機電課長。躯体の梁や柱に干渉しないタワークレーンの配置決定にも苦労したという。 敷地の両脇を固めるガントリークレーンのような姿をした水色の設備は,排土キャリアという,地下の掘削土を地上へ揚重・運搬するケーソン工法特有の設備のひとつ。この現場には6基据え付けられており,この配置にも気を配った。「近隣マンションの方々の生活への影響を考え,排土キャリアの設置場所はマンション付近を避けています。土を落とす音や砂埃の飛散を防ぐカバー類も皆で考案し,実際に適用しています」。息の合った連携でコンクリートを打設する。コンクリートポンプ車を使用できない狭隘な現場のなかで,圧送された生コンクリートを現場の隅々に配る橙色のディストリビュータは,カジマメカトロエンジニアリングの協力のもと,4基が設置されている特集 THESITEPLUS 江東ポンプ所江東系ポンプ棟建設工事工事開始時にも所属していた桂木機電課長は,8年ぶりにこの現場に戻ってきた。現在は稼働中の設備の維持管理などを担当するTHESITE江東ポンプ所江東系ポンプ棟建設工事場所:東京都江東区発注者:東京都下水道局設計:日本水工設計規模:掘削沈下工206,000m3 躯体構築工104,000m3 刃口金物工700t 艤装設備工一式 揚重設備工一式(東京土木支店施工)完成イメージ図。図中の赤色で示された地下部分が本工事の対象THESITE錦糸町駅両国駅日本橋駅東京駅新橋駅浜松町駅東京湾皇居月島駅隅田川辰巳運河浜離宮恩賜公園豊洲駅東雲駅辰巳駅木場駅清澄白河駅とうきょうスカイツリー駅門前仲町駅上野駅秋葉原駅神田駅御茶ノ水駅
08KAJIMA202506軟弱地盤での制御 構築したRC躯体は幹線と接続する地下約56mまで沈められていく。その難易度を一段と高めているのが,工事関係者が「豆腐のような」と表現するほど軟らかい地盤だ。「軟弱地盤ではケーソンの下にある土が周囲の地盤を横向きに押す力が発生します。その力をコントロールし周辺へ影響を及ぼさないよう,地中連続壁の設置など準備工事や,着工後の継続的なモニタリングを行っています」。出口工事課長代理は話を続ける。「ヤードが広い現場と,建物や構築物が隣接している現場では同じニューマチックケーソン工法でも勝手は大きく違います。ここでは周囲の変化に細心の注意を払い,ゆっくりでも確実に沈設を行っています」。ケーソン端部の高低差30mm以内,傾きでいうと0.06%以内という驚くべき高精度を保ち,工事は進められている。積極的に会話し,協力してつくる 「工事中は函が傾いているので,躯体工事では水平や鉛直といった絶対的な指標が頼りにならず,相対的に考えていくしかありません。最終的に沈み切ったときに正しく1据付地盤造成工・作業室構築工ニューマチックケーソンのステップ2艤ぎそう装設備工3掘削沈下工・構築工4地耐力試験・中埋コンクリート工・艤装設備撤去立っているように,日々の状況に応じて調整しながらつくっていきます」とニューマチックケーソン工法の難しさを語るのは向原健工事課長だ。「傾いた状態でつくるため一般的な躯体の精度を出すことが難しいとされる工法ですが,この施設では水が流れる部屋と人や設備が入るドライな部屋が壁一枚で隣り合う。躯体の長期的な品質を確保しておかなくては,後々に使い物にならなくなってしまいます」。品質管理のため,躯体向原工事課長はこの現場に配属されて6年目。現在は監理技術者を務めており,広い現場全体に目を配る肌勢前所長は,地元がたびたび洪水の被害に遭っていたが,高校生のときに雨水貯留施設ができ,被害がなくなった驚きをいまも覚えているそう①第1ロット構築地盤改良①②③④⑤ケーソンショベル作業室中埋コンクリート①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩⑪⑫⑬⑭①②③タワークレーン排土キャリアマテリアルロックマンロック作業室ケーソン(函)を据え付ける地盤の不陸を整形し,適切な支持力が確保できるよう地盤改良するとともに,据付地盤を造成する。ケーソンの下部に作業室としての空間を設ける。完成形は地下5層だが,作業性を考慮した14ロットに分割し躯体を構築していく第1ロット構築後,タワークレーンを設置する。圧力の異なる作業室への出入りや作業室からの土砂搬出のため鋼製の円形シャフト(艤装設備と呼ばれるマンロックとマテリアルロック)を設ける。このシャフトやタワークレーンのマストはケーソンの沈下とともに継ぎ足していく3.5∼4.0m高さのロットごとに躯体を構築し,構築と掘削沈下を繰り返しながら所定の深さまでケーソンを沈めていく。大気圧と作業室内の気圧差が大きくなる深さ18m程度に到達したら,掘削作業を遠隔操作による無人施工に切り替える目標深さまでケーソンが沈下した後に,作業室内で地耐力試験を行い,所定の地耐力が得られていることを確認する。その後,作業室内の設備を撤去し,中埋コンクリートを充填した後に,タワークレーンやシャフトを撤去し完成となるケーソンショベルをリモートで操縦する遠隔操作室の様子。無人施工により高圧状態の作業室への入室機会を減らし,技能員の健康リスクと災害リスクを大幅に削減する。快適な室内環境が好評函の下に位置する,掘削を行う作業室。ケーソン工法特有の設備「ケーソンショベル」は,作業室天井のレールから吊られている。手前のバケットの反対側に有人作業時の操縦席がある(現場提供写真)
09KAJIMA202506特集 THESITEPLUS 江東ポンプ所江東系ポンプ棟建設工事の傾きを細かく計測,測量して常に数値で管理し,情報共有を徹底して行う。そこではコミュニケーションが重要になってくるという。「なるべくいい雰囲気で,明るい現場になるように意識して,職員,技能者に声を掛けています。工種を超えたチームで一丸になってつくっています」。 掘削沈下開始から2年半が経過し,現在の躯体の完成状況は約4割に達した。現場のモチベーションを高く保つ秘訣を引き続き向原工事課長に聞いた。「常によりよくしていきたいという気持ちでいます。敷地の特性上,搬出入の経路が限られているため,資材搬入の計画や作業調整の難易度は高いです。安全と品質を確保したうえでの工程のパズルを皆で考えています。大きな現場で,構築するRCは10万m3にのぼる。同じことを繰り返す現場ともいえます。そのなかで問題意識を持ち,改良点を見いだし,こうしたらもっとよくなるんじゃないかという気付きを仲間と共有して,一緒に考えて成功したときはやっぱり嬉しいですよね」。若手がいきいき働ける現場づくり この4月,現場は新たな所長を迎えた。3月まで2年間現場を率いた肌勢弘章前所長はこう話す。「この現場の特徴のひとつが職員の若さです。20代をはじめとした若手社員も多く,時代に合ったやり方で,いかにステップアップできるか試行錯誤してきました。目先の効率を求めたら作業は細分化し属人化していきますが,それでは社員の成長機会が限られてしまう。若手が約2年の間に型枠,鉄筋,足場,生コン打設とケーソンの一通りを体験できるようローテーションを組みました」。この話を受け,宇尾朋之所長が抱負を語る。「いまの若い人たちにとっては,決められた労働時間のなかで工夫をして成果を出すことが当たり前になってきている。そういった働き方に合った環境を整えていきたいですね。また一方で,我々が若かった頃のように早くからお金に関わる業務,企画や予算管理などにチャレンジをする機会も与えていきたいと思っています」。 取材の最後に肌勢前所長から宇尾所長へエールが送られた。「長い現場なので,新しい所長に新たな視点で見てもらうことで,改良できるところを見つけられると期待しています。現場として一層レベルアップしてほしいです」。 工事はまだ先が長い。完成後には外から見えなくなってしまう地下部分の工事だが,この現場で培われた人材や取組みは今後さまざまな場所で実を結ぶだろう。4代目現場所長の宇尾所長は,2019年から母校の大学生向けにこの現場の見学会を開催,同行していた。辞令には驚きとともに縁を感じたという4∼9ページ写真撮影(特記ない場合):大村拓也現場提供写真を除き,2025年3月撮影現場遠景。当ポンプ所でくみ上げられた雨水は大きなゴミを取り除き,土砂を沈殿させたのち,東京湾にほど近い辰巳運河に放流される社員集合写真。技能者含め約150人が働く現場を取り仕切るメンバー