#4もしも地図を作るなら

1 「禹跡圖」(1136年)YuJiTu,1136https://www.loc.gov/item/gm71005080/図版提供:LibraryofCongress,GeographyandMapDivision

2して目につくように,陸地全体が方眼紙のようなマス目で区切られている。この手法は,後漢の天文学者,張衡(78 ― 139)が確立し,後には「計里画方」と呼ばれたものらしい。要するに1マスの辺の長さを,実測した一定の距離に対応させるわけである。下図はご存じ伊能忠敬(1745 ― 1818)による日本地図である2。49歳で商いを息子に譲って隠居の後,江戸で幕府天文方の高橋至時(1764 ― 1804)に師事。1800(寛政12)年,55歳の頃から測量と地図製作に着手して,1816(文化13)年まで10次にわたって全国を測量した人である。の先に羅針盤をつけた彎わん窠か羅ら針しんをはじめとする道具類を駆使して,仮にあなたが見知らぬ世界に放り込まれて,その世界の地図を作ることになったら,さて,どこから手をつけるだろうか。頼りになる地理学者もおらず,GPSはもちろん,正確な地図も,上空から大地を眺められる飛行機もないとしたら。これは実際に地図を製作した経験のある人でもなければ,なかなかの難題ではなかろうか。そのつもりで見てみると,製作の手がかりを垣間見させてくれる地図がある。例えば,中国の宋代に作られた石刻地図「禹う跡せき圖ず」(1136年)はその一つ1。「圖」という字は,「啚」(米倉)が「囗」(かこい)の中に描かれたもの,つまり地図を意味するという。「禹跡圖」は,一見22KAJIMA202507

デザイン―江川拓未(鹿島出版会)山本貴光 TakamitsuYAMAMOTO文筆家,ゲーム作家,大学教員。著書に『文学のエコロジー』『記憶のデザイン』『マルジナリアでつかまえて』『文学問題(F+f)+』『「百学連環」を読む』他。共著に『図書館を建てる,図書館で暮らす』(橋本麻里と),『高校生のためのゲームで考える人工知能』(三宅陽一郎と),『人文的,あまりに人文的』(吉川浩満と)他。2021年から東京科学大学(旧東京工業大学)リベラルアーツ研究教育院教授。先せよ」など,地図を描くためのさまざまな注意や理論が述べられている。全8巻のうち2巻から7巻までの大部分を占めるのは地理情報だ。地名が経緯度とともにずらっと列挙されているので読みものとしては面白くないかもしれない。当時知られていた知識やローマ帝国による測量を駆使した既知の世界のデータ集というわけである。この書物がルネサンス期に再発見されると,このデータを基に地図が描かれるようになる。ご覧いただいているのは,そんなふうに作られたうちの1枚なのだった。そんなわけで,もし異世界で地図を作るはめになったら,これら三つの地図のことを思い出すとよいかもしれない。2 伊能忠敬「沿海地図 上」(1804年)https://www.lib.tokushima-u.ac.jp/~archive/table-i.html(アクセス日:2025年6月1日)図版提供:徳島大学附属図書館貴重資料高精細デジタルアーカイブ3 プトレマイオスの地図(1482年)ClaudiusPtolemy,WorldmapinNicolausGermanus’editionofCosmographia,1482図版提供:NationalLibraryofSweden/UniversalArtArchive/AlamyStockPhoto3土地を歩いて測量し,夜には象限儀で恒星を観測して補正データを得る。下処理を施した和紙に,測点を針でプロットし,これを線でつなげば,海岸線や街道の形が浮かび上がるという寸法だ。この手法は地図の正確な複製にも使える。ここでは徳島大学附属図書館が所蔵する高精細デジタル画像で拡大した図も添えてみた。見えるだろうか,紙の表面に空いた針穴同士を結んでいった線が。この針穴の位置で逐一測量をしたのだと想像するだけで気が遠くなる。面白いのは,測量していない場所は想像で埋めたりせずに空白のままにしてあるところ。もう1枚は15世紀に作られたプトレマイオスの地図だ3。おや?と思ったあなたは鋭い。なにしろこの地理学者は2世紀頃の人だから。なにがどうなっているのか。実はプトレマイオスが書いた『世ゲオーグラフィケーヒュペーゲーシス界地図の描き方案内』とでも訳せそうな書名の本がある。その第1巻冒頭に「世界地図とは,世界各地についての既知の情報をつないで描くものである」とある。また,「旅行記より天文現象を優23KAJIMA202507