04KAJIMA202508瀬戸内アートツーリズム今やアートの聖地として世界的に知られる瀬戸内海の島々。その中心とも言える直島に直島新美術館がオープンした。今回は,ベネッセアートサイト直島の美術館を中心に,瀬戸内エリアにある当社施工のアート施設を紹介する。瀬戸内のアートを巡る旅に出かけよう。特集直島新美術館,1階のギャラリー1天井の高い大空間に,アジア出身の4組のアーティストによる作品が展示されている写真:宮脇慎太郎(4∼9,15ページ,特記以外)
05KAJIMA202508アジアの現代アートの新拠点 1980年代後半から直島(香川県香川郡)を拠点に始まったベネッセアートサイト直島※は,豊かな自然の中にサイト・スペシフィック(場所の特性を活かした)な建築やアートを展開してきた。2010年に瀬戸内国際芸術祭が始まって以降は国内外からより多くの来場者が集まり,アートファンから広く知られるようになった。 今年5月,当社中国支店の施工により,直島新美術館が開館した。 設計は地中美術館など,35年以上にわたり直島で数々の建築を手がけた建築家・安藤忠雄氏。ベネッセアートサイト直島で10番目の「安藤建築」となる。 今まで欧米・日本のアーティストによる恒久展示の作品が中心だったベネッセアートサイト直島の中で,当館はアジアのアートに焦点を当てた,展示替え可能な「動きのある美術館」とされている。 開館記念展示では,日本,中国,韓国,タイ,インドなどアジア出身の12組のアーティストの作品が展示されている。※ベネッセアートサイト直島:直島・豊島(香川県),犬島(岡山県)を舞台にベネッセホールディングスと福武財団が展開しているアート活動の総称
06KAJIMA202508集落になじむような美術館 直島新美術館は,民家に囲まれた狭隘な丘陵地に位置し,地上1階,地下2階のRC造の躯体と,地形と緩やかに連続する厚さ12mmの大きな鉄板屋根が特徴である。施工を指揮した佐武護所長は,過去に担当した同地区の地中美術館や李禹煥美術館と比較して,当館を「斜めが多い建物」だと紹介する。 例えば,建物の中心を貫くステップアトリ直島新美術館約10万個の川石による小端石積壁美術館のエントランスエントランスの外壁の黒漆喰2024.09ウム(大階段)は,奥へ入っていくにつれて幅が狭くなるように,壁面が斜めに配置されている。来場者は,地上から地下へと潜っていく中で,この場所に没入する感覚を味わう。また,1階のギャラリー1や地下2階のギャラリー4は天井が斜めに傾いており,その造形的な特徴を活かして作品が展示されている。 外構も特徴的で,西側の斜面地の階段を上っていくと,集落の民家から着想を得た小端石積みの壁が目に入る。建物の外壁は,ベネッセアートサイト直島の創始者で福武財団名誉理事長の福武總一郎氏による発想で,民家の焼杉をイメージした黒漆喰で仕上げ,集落になじむような美術館となっている。島に建つ美術館の特徴や,展示の工夫について,施工の観点から紹介する。直島新美術館新築工事場所:香川県香川郡直島町発注者:福武財団設計:安藤忠雄建築研究所規模:RC造 B2,1F 延べ3,176m2工期:2022年9月∼2025年5月(中国支店施工)1階平面図ギャラリー1・4の天井は斜めに傾いている南北断面図佐武所長
07KAJIMA202508と,佐武所長は安堵の表情をにじませた。島の事情を工面した利活用 島で施工するゆえの難しさもある。本工事で使用したコンクリートは直島内のプラントで製造されたが,運搬するためのアジテータ車(ミキサー車)を島内プラントだけでは手配することができず,島外から船で持ってくる必要があり,その手配に苦労することもあった。 また,島内のプラントで1日に製造できる量には限度があり,悪天候で作業の遅れが発生すると一気に段取りが狂う。こうした島の事情を考慮しながら施工を進めていった。 建物を打設した後の外周の埋戻しの際には,島内にプラントを建て,掘削時に出た土とセメントを混ぜて,液状の「流動化土」を製造し,2,720m3を18日かけて建物の外周に流し込んだ。狭隘な丘陵地の埋戻し方法としては非常に効果的な工法だった。特集 瀬戸内アートツーリズム周辺環境への配慮 本工事の敷地には民家が近接しており,掘削時に法面が崩壊しないよう万全の対策が求められた。そこで,BIMとCADで掘削範囲の座標データを出し,ICT建機を用いてGPSで位置出しをしながら掘削することとした。藤井健史工事課長は「ICT建機のおかげで,誤差はほとんどなく施工できた」という。 安全性を確保する以外にも,近隣住民への配慮を欠かさない。当館につながる既存の町道が民家に接しているため,美術館にアプローチするための階段を新設したほか,竹林を整備し,来場者からの視線を遮るための垣根を設置した。 掘削が完了すると,本工事のメインであるコンクリートの打設が始まった。コンクリートの目地を揃える 「安藤建築」の代名詞である打ち放しコンクリートは,内装材などで表面を仕上げず,型枠パネルの割付や,型枠を押さえるセパレータによる穴(セパ穴)の目地を揃えることで,視覚的な美しさを担保している。「斜めが多い建物」である当館の特性上,垂直な壁面と斜めの壁面が交わる部分であっても,目地を揃える必要があり,そこに労力をかけたと佐武所長は語る。 向かい合う壁が平行ではないため,例えば,パネルの割付において,垂直の壁面で0.9×1.8mの規格材を使うとすると,斜めの壁面では向かい合う壁と目地を揃えるために1.0×2.0mのパネルを加工して使う必要があった。また,型枠を押さえるセパレータも,脱型後のセパ穴の位置を揃えるため,セパ位置を決め,それを避けるように配筋を行う必要があった。 このような難工事には,過去に当社で直島の多くの安藤建築に携わった,施工会社ARTISAN代表の豊田郁美氏の協力もあったという。また,安藤建築のコンクリートに長年関わってきた協力会社のノウハウなくしては成し遂げられなかった。「どうやって打設するべきか心得ていて,愛情を持って施工してくださる技能者さんばかりだった」(藤井工事課長)。理想の施工精度を実現し,安藤氏に「(同館は)複雑な建物だが,とても良いものができた」と言っていただけた藤井工事課長高橋設備主任①GPSで位置出しをしながら掘削する(2023年2月)**現場提供③トップライトが開くように屋根面を配筋する(2024年8月)*②配筋。中央にステップアトリウムが見える(2023年8月)*④展示室の内装工事。斜めに傾く壁と天井(2024年11月)*ステップアトリウムを下から見上げる。斜めに配置された壁面や階段を見ると,コンクリートの目地が揃っているのが分かるトップライトからの自然光がコンクリートを美しく照らす
08KAJIMA202508フレキシブルな展示環境 今まで直島で展開されてきた作品と同様に,当館でも作品の中に入ることができたり,近くまで寄ることができたりと,体感型の作品が多い。その中には,この場所に合わせて新たに制作された委託作品(コミッションワーク)も多く,現代アートという特性上,空間に合わせた多様な展示形態の作品ばかりだ。当館の設備を担当した高橋凌平設備主任は「現地で最終調整ができるフレキシブルな展示環境が求められた」と語る。 例えば,《ヘッド・オン》(蔡國強)という作品は,99体の狼が跳躍しながら突進し,透明の壁に激突するという大迫力のインスタレーションである。 99体すべてをアーティストの指定した位置に配置するため,天井一面にエキスパンドメタルを設置し,1体ずつテグスで吊ってカラビナ(金属リング)で天井に固定するというやり方を採用した。くわえて,どこからでも光を当てられるよう,ライティングレールには多くの照明が取り付けられている。 また,1階のギャラリー1ではトップライトに可動式スクリーンを設置し,展示形態によって,自然光か遮光した状態かを選択できるようになっている。「このトップライトは水平な三角形と斜めの壁面がぶつかるという特殊な条件のため,三角形のスクリーンと可動式の機構を製作する必要があり,製作できる会社を見つけるのに1年以上を要しました」(藤井工事課長)。今回の展示では遮光したことで,天井から吊るされた《ヘリ・ドノ論の冒険旅行》(ヘリ・ドノ)の天使たちの影が,壁面に美しく映る。 さらに,ギャラリー1は床にも工夫が凝らされている。フローリング材に900mmピッチで穴を開け,長ナットと寸切りボルトを仕込んだ。床の穴を用いて,フローリングを傷つけずに,壁を立てたり,立体作品を固定したりすることができ,展示替えにもフレキシブルに対応可能な設えとなっている。天井のエキスパンドメタルにカラビナでテグスを固定99体の狼はテグスで吊るされている作品をセパ穴に引っ掛けることで固定しているギャラリー4 蔡國強《ヘッド・オン》(2006):狼が衝突する透明の壁は,ベルリンの壁と同じ高さでつくられているN・S・ハルシャ《幸せな結婚生活》(2025):3面の壁に「結婚式」「調理」「食事」の様子が描かれている写真:来田猛
09KAJIMA202508特集 瀬戸内アートツーリズム展示制作への協力 当社は,展示壁の追加,作品の設置方法の検討,材料の手配など,展示制作にも協力した。 瀬戸内海を望む1階のカフェに展示されている《幸せな結婚生活》(N・S・ハルシャ)は,たくさんの絵画で構成されているが,一部現場で出た廃材も利用されている。 それらは,打ち放しコンクリートの壁面にあるセパ穴を活かして設置されている。作品の配置が決まったら,壁面のセパ穴の位置に合わせて個々のパーツの裏に金物を仕込み,セパ穴に引っ掛けることで固定している。「アーティストや協力会社が現地で制作する工程が多く,まさに“皆でつくりあげる美術館”だった」と藤井工事課長は語る。設計者とアーティストの要望に応える 本工事を振り返り,佐武所長は「設計者とアーティスト,両方の要望に応えることが求められた」と語る。 例えば,作品に応じて照明を増やす必要があったため,設計者による照明計画と干渉しないように,インスタレーションの照明を後からでも追加できるようにした。こうした調整により,設計者とアーティストがともに満足する展示が実現する。 当館は,福武名誉理事長による「300年続く美術館を」という言葉に導かれ,長く使われるべく設計されている。厳密な温湿度管理が可能な空調や,展示替えのためのパーテーション設置の工夫があり,これらは展示する作品によって調整可能になっている。 ベネッセアートサイト直島の集大成であるとともに,数々の「安藤建築」に携わってきた当社中国支店の集大成とも言える直島新美術館。直島の豊かな自然やアート施設とともに,ぜひ訪れたい。上空から見た,可動式スクリーン付きのトップライト*ギャラリー1 ヘリ・ドノ&インディゲリラ《人類の自覚:中心への旅》(2024-25):床の穴に作品を固定ギャラリー2 ソ・ドホ《Hub/s直島,ソウル,ニューヨーク,ホーシャム,ロンドン,ベルリン》(2025):アーティスト自身が過去に暮らした家の玄関や廊下などを布で再現ギャラリー1 開館記念展示では可動式スクリーンを閉じて遮光しているギャラリー3 Chim↑PomfromSmappa!Group《スウィートボックス(輸送中の道)》(2024-):輸送コンテナにアスファルトや建築廃材が詰められている
10KAJIMA202508 三木館長がアートディレクションを務める《RingofFire―ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月》は,カンヌのパルムドール受賞歴をもつタイ・バンコク出身の映画監督であり現代美術家,アピチャッポン・ウィーラセタクン氏と,多様な彫刻・インスタレーション作品などで知られ,第13回ベネッセ賞(2022年)を受賞した韓国・ソウル出身の美術家,ヤン・ヘギュ氏との協働展示。 ベネッセアートサイト直島の「家プロジェクト」※が点在する本村地区にあり,三分一博志建築設計事務所が母屋改修を手がけた,日本の伝統的な家屋が展示の舞台となっている。 律動するアジアcolumnmessage※空き家などを改修し,人が住んでいた頃の時間や記憶を織り込み,空間そのものをアーティストが作品化するプロジェクト写真:表恒匡 この場所に合わせて構想・制作されたという展示名の一部「RingofFire」は,アジア地域を含む太平洋の周囲を取り巻く火山帯のこと。 展示には「昼」と「夜」があり,「昼」は地殻変動のリアルタイムデータと連動して動く,日本の灯篭やアジアの伝統的な装飾モチーフを想起させるヤンの彫刻が展示されている。「夜」は,過去124年間のアーカイブデータをもとにつくられたという映像や線描,光線が現れ,彫刻や鑑賞者の身体に重なっていく。家全体が静かに共振するかのように感じられる空間で,大地の鼓動や自然のエネルギーなどへの思索に誘われる。 ベネッセアートサイト直島は,自然・建築・アートの共生,地域との協働によるコミュニティの発展を念頭に,離島において世界的にも類をみない特別な場を形成してきました。35年を超える活動を経て新たに開館した直島新美術館は,直島・本村地区の集落に位置し,館名に初めて「直島」を冠した,安藤忠雄さん設計による10番目の施設です。 直島新美術館ではアジアの現代美術を中心に展開します。当財団では「これからはアジアの時代」という思いのもと,欧米中心的なアート観を脱し,アジアの作家たちのコレクションに注力してきました。それは今後アジアの現代美術がさらに興味深いものになっていくだろうという期待のほかに,日本は地政学的にも文化的にもアジアの一員であることを意識していくべきだと考えているからです。私にとってのアジア的な感性とは,人間も自然の一部ととらえ、自然とともに生きる姿勢です。これまでの欧米のコレクション作品は既存のアート施設において展示され,日本を含むアジア地域の現代美術は直島新美術館で展示されることによって,ベネッセアートサイト直島全体としてみれば,バランスのとれた展示の展開になるのではないかと思います。 直島新美術館は,ベネッセアートサイト直島の集落内に初めて建てられた美術館です。この高台の敷地による魅力的なロケーションは,名誉理事長の福武總一郎が長年温めてきた場所であり,一連のアート活動の集大成となるプロジェクトとして,島の内部/集落に,より一層コミットしていくという考えから選定されました。 カフェ空間を大きくとり,「パブリックプログラム」など参加型のイベントを開催して,島内外の出会いや交流を促進し,地域の人々とともに直島らしい美術館の在りようを探求していきます。 20年にわたりベネッセ賞はヴェネツィアで開催してきましたが,2016年に開催地をシンガポールに移行させたことを契機に,アジアの現代アートへの取組みを本格化させてきました。 そうした流れのもと当館では,アジアの現代アート 建築においては,安藤さんはじめ鹿島建設の皆様に,300年保つ建物をつくってほしいと強く伝えました。また,瀬戸内海の景色が望めるテラスを設け,建物の外観は本村の集落になじむよう,黒の漆喰壁や玉石を積んだ塀など地域景観に配慮をしています。建築は中味が伴うことで完成するということを考えれば,美術館建築は最も素晴らしい建築だといえるのではないでしょうか。その点,直島新美術館はアジア各国の最も優れた現代美術のコレクションが収集され,35年近くにわたる直島での活動の集大成として,大変満足しています。 また何よりも,この美術館ができたことにより,既にある家プロジェクト,ANDOMUSEUM,本村のまち並みや瀬戸内海が一体となり,世界に類をみない素晴らしい美術館エリアが出来たと感じています。 改めまして,この美術館の実現に向けて,日々ご尽力いただいた鹿島建設の皆様および工事関係者の皆様へ敬意を表しますとともに,心より感謝申し上げます。を紹介していきます。 開館記念展示では,ベネッセアートサイト直島の活動初期から関わりのある作家,2016年以降のベネッセ賞を通じて関係性を築いてきた作家,さらには近年の現地調査で出会った作家を紹介しています。夏からは徐々に子ども向けのワークショップやギャラリーツアー,秋には国際シンポジウムなどのトーク企画も予定しております。 作家の代表作となる一部の恒久設置の作品以外は,年1回程度の緩やかなリズムで部分的に展示替えを行い,美術館全体で展示を変化させていく予定です。繰り返し訪れる方々にも新たな発見と喜びを見つけていただけるでしょう。多様な表現や視点に触れる環境を整え,時代や社会へのメッセージ性を含むアートを通じて,直島の魅力をさらに深める役割を担っていきたいと考えています。福武總一郎三木あき子アジア的な感性をひらく多様な表現や視点に触れる環境を福武財団名誉理事長直島新美術館館長/ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター
11KAJIMA202508アートの島の始まり 直島が「アートの島」となる最初のきっかけは,1985年に福武書店(現ベネッセホールディングス)の福武哲彦社長(当時)と三宅親連直島町長(当時)が出会ったことである。その後,1989年に安藤忠雄氏が監修した直島国際キャンプ場がオープン。1992年には最初の美術館であるベネッセハウスミュージアムが開館し,多くのアート施設がそれに続いた。当社は30年以上にわたり,ベネッセホールディングスと福武財団によるベネッセアートサイト直島のアート施設の施工を担当してきた。2010年に始まった「瀬戸内国際芸術祭」にも,パートナー企業として関わりを続けている。文化発信拠点としての瀬戸内エリア 直島や瀬戸内国際芸術祭によって,瀬戸内エリアは日本が世界に誇る文化発信ベネッセハウスミュージアム(設計:安藤忠雄,1992年)地中美術館(設計:安藤忠雄,2004年)写真:大沢誠一特集 瀬戸内アートツーリズム赤穂市相生市たつの市備前市瀬戸内市玉野市赤磐市山陽本線山陽本線芸備線福塩線瀬戸大橋線豊島吉備線山陽新幹線岡山市総社市倉敷市浅口市笠岡市府中市尾道市福山市三原市竹原市安芸高田市呉市廿日市市岩国市井原市広島市広島県岡山県香川県愛媛県徳島県今治市西条市四国中央市善通寺市丸亀市坂出市さぬき市高松市美馬市吉野川市直島小豆島瀬戸内海山陽新幹線瀬戸内アジアギャラリー01km直島瀬戸内海直島ダム宮ノ浦宮ノ浦港本村港積浦港積浦観光案内所四国汽船乗船券売り場オカメの鼻角崎本村拠点となり,そこから派生して多くの施設やプロジェクトが生まれた。アートの鑑賞と観光が結びつくことで,国内外の多くの人たちを魅了している。また,今年から香川・岡山・兵庫3県の8つの美術館で「瀬戸芸美術館連携」プロジェクトも始まり,さらに広がりを見せる。 ここでは,ベネッセアートサイト直島の美術館を中心に,瀬戸内エリアにある当社施工のアート施設を紹介する。瀬戸内エリアの主なアート施設(すべて当社施工)①ベネッセハウスミュージアム(1992)②ベネッセハウスオーバル(1995)③家プロジェクト「南寺」(1999)④家プロジェクト「護王神社」(2002)⑤地中美術館(2004)⑥ベネッセハウスパーク(2006)⑦ベネッセハウスビーチ(2006)⑧海の駅「なおしま」(2006)⑨直島銭湯「I♥湯」(2009)⑩李禹煥美術館(2010)⑪ANDOMUSEUM(2013)⑫宮浦ギャラリー六区(2013)⑬ヴァレーギャラリー(2022)⑭直島新美術館(2025)⑮豊島美術館(2010)⑯岡山県立美術館(1988)⑰丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(1991)⑱四国村ミウゼアム(2022)⑲下瀬美術館(2023)瀬戸内のアート施設ベネッセアートサイト直島の美術館を中心に,瀬戸内エリアの当社施工のアート施設を紹介する
内と外がつながり合う 2024年,ユネスコの「世界で最も美しい美術館」に選出され,美術館の概念を覆す空間が多くの人を魅了する下瀬美術館。2023年当社中国支店が施工し,完成した。 建築家・坂茂氏設計による同館は,瀬戸内海近くの立地を活かした工夫が随所に施されている。イメージは,大小の島々が浮かぶ瀬戸内海の「多島美」だ。海岸線と並行に配置されたエントランス棟,企画展示棟,管理棟は渡り廊下で接続され,その外壁となる長さ180m,高さ8.5mの「ミラーガラス・スクリーン」の鏡面が周辺の景色を建物に採り込む。屋内では外の景色とつながる開放感が,屋外からは建物に映り込む水や緑の景観が目を楽しませる。暗くなるとその効果は反転し,建物の内部が外から見えるようになる。スクリーン前面の水盤にはカラーガラスに覆われた8棟の展示室が浮かび,昼間と夜間で表情を変える。木と鉄骨の繊細なハイブリッド 「特殊で難しい建物が揃っていた」と工事を振り返る光見淳所長(当時)。数々の建築家とのプロジェクトを担当してきた経験を活かし,森田啓夫副所長(当時)とともに現場を率いた。 来場者はエントランスロビーで大きな「木」に迎えられる。木造の軸が傘を広げたような,柱と梁が一体となった構造はどのようにつくり出されたのか。「この建物は木造と鉄骨のハイブリッド構造です。楕円形の建物形状の焦点2箇所から,放射状に一体成形されたアーチ状の木質集成材による柱12KAJIMA202508梁と,建物外周部分の鉄骨柱,それをつなぐ鉄骨梁とを,格子状に接合しています。接合部ごとに高さ位置や角度がすべて異なるシビアな設計ですが,複数の協力会社とともにBIMを活用し,設計と製作図を連携させ,取り合い間違いを一切起こさず鉄骨建方を完了させました」。 作品鑑賞へと進むとそこでも目を奪われるのは,水盤に浮かぶキューブ型の展示室だ。「水に浮かべる建物の土台『台船鉄骨』は,10×10mあります。三分割で設計された部材を現場で水密溶接しようとすると,大規模な作業場所の確保が必要です。そこで地元の造船会社の協力を得て,瀬戸内海に面した工場で台船鉄骨を一体成形し,海上輸送しました。現場の所定位置に配置後,鉄骨を組み立て,建物を完成させてから水を引き込んでいます」。 ミラーガラスによる,180mに及ぶ歪みのない長大な鏡面は一枚鏡のように自然の姿を映し出す。「外壁の鏡面パネルはビスの打込みが一切なく,強度を保持できる『ハンギング工法』によるものです。濁りのない鏡面を保持できるよう,高い外壁も足場を組む必要のない,美術品を専門とする美装業者の協力を得た清掃方法も提案しました」。 おすすめのポイントは「見えるものすべて」だと語る光見所長。「エントランス棟と水景が一体となった夜景も素晴らしいです」。 一日ゆったり過ごせる時間をつくって下瀬美術館を訪れたい。企画展示棟屋上の「望洋テラス」から「可動展示棟」を望む。8棟の展示室は,水の浮力によってレイアウトを変えられる仕組み2本のヒノキ集成材の柱が放射状に広がるエントランス棟の内観地元漁港や海上保安庁の許可を得て,一体成形した台船鉄骨の海上輸送を実施したミラーガラス・スクリーンによって映し出される「鏡の森」。企画展示棟と管理棟の間にある光見所長下瀬美術館場所:広島県大竹市発注者:丸井産業設計:坂茂建築設計規模:(美術館)エントランス棟̶S造+木造企画展示棟̶RC造/管理棟̶S造可動展示棟̶S造+鋼製台船造 (レストラン)S造一部木造 総延べ7,422m2工期:2021年5月∼2023年1月(中国支店施工)瀬戸内海の多島美を映す
13KAJIMA202508特集 瀬戸内アートツーリズム木材加工会社で実物大のモックアップを作成する47本の登り梁は,すべて形状と角度が異なる「木のステンドグラス」の輪切りにした古材は,一つひとつ形状や年輪が異なる。現場で平置きして,配置を検討した遠くからでも目を引く波打った木造屋根。石垣には,香川県産の庵治石が使用されている建物西側の「木のステンドグラス」は,東日本大震災の際に津波で流された宮城県南三陸町の住宅の古材を再利用したもの建物北側の軒高は《流れ坂》の勾配に沿って緩やかに変化する四国村の玄関をリニューアル 四国村(香川県高松市)は,四国四県から移築・復元した33棟の建物を展示する野外博物館。源平合戦の古戦場としても知られる屋島の山麓に位置し,1976年の開村以来,多くの人々に親しまれてきた。そのエントランス棟である「おやねさん」は,周囲の地形や四国村の民家・洋館と連続した特徴的な屋根によって,エリア全体を緩やかにつなぐ。当社四国支店は,同館と広場やロータリーの造成も併せて,エリア一帯の施工を担当した。木造で波打った屋根を実現 建築家・川添善行氏の設計による同館の一番の特徴は,木造の波打った曲面屋根である。四国村にある民家の屋根から着想を得て,ヒノキの合掌登り梁が900mmピッチで連なる形式を採用。敷地北側の彫刻家・流政之氏による坂そのものを作品化した《流れ坂》の勾配に沿って,高さが緩やかに変化する。 当初,木造で滑らかな3次元曲面屋根を実現できるかという懸念があり,「最も屋根勾配が急で施工の難しい部分の実物大のモックアップを作成し,実現可能性を検証した」と櫻田健二所長(当時)は語る。 屋根を構成する47本の登り梁は,長さ,両端の角度,接合部の加工がすべて異なる。そのため,BIMを基にして全47通りの登り梁の軸組図を作成し,1本ずつ技能者が手作業で加工した。 敷地は国立公園のため,基礎を深く掘ることが難しく,RC造一部S造の躯体とした。躯体桁部のガセットプレートと登り梁の接合方法には,「ドリフトピン工法」を採用。逃げのない納まりを美しく仕上げることができた。 仮設の足場についても「登り梁の高さがすべて異なるため,足場を何度も盛り替えて高さを調整していく必要があった」(櫻田所長)という。素材へのこだわり 同館西側の「木のステンドグラス」も印象的だ。東日本大震災の際に津波で流された,宮城県南三陸町の住宅の柱や梁の古材を再利用している。実際に輪切りしたものを現場で平置きし,その場で配置を検討。SUS全ねじボルトを通し,ナットで固定することでステンドグラスとなり,美しい影を映し出す。 また,広場と同館の高低差をつなぐ石垣には,高級石材として知られる香川県・庵治地方の庵治石が使われており,《流れ坂》とも呼応し,エリアの一体感をつくり出している。 「おやねさん」を入口に,四国村を周遊してみてはいかがだろうか。櫻田所長四国村ミウゼアム「おやねさん」場所:香川県高松市発注者:カトーレックウエスト設計:建築̶空間構想 広場̶EAU規模:RC造一部S造・木造 2F 延べ420m2工期:2021年2月∼2022年3月(四国支店施工)波打った木造屋根でエリア全体を緩やかにつなぐ
14KAJIMA202508 直島と小豆島の中間に位置する豊島(香川県小豆郡土庄町)。島の中央に標高340mの山・壇山がある地形から,湧水が豊富で,島の主産業として長らく稲作が営まれてきた。現在は再生された棚田が広がる島の北東部エリアに,2010年に豊島美術館が開館。 山道を抜けると,田園に囲まれたエリアに白い大屋根の姿が不意に現れる。不思議な感興に誘われながら,靴を脱ぎ,大屋根の下に入るとそこで出会うのは,美術作家・内藤礼氏による作品《母型》だ。来訪者は,腰を下ろし,膝をつき,寝転びながら水滴のなめらかな動きを目で追う。設計者の建築家・西沢立衛氏は,「自然との融合」というビジョンから,「形がない建築」を目指したという。 施工に際しては,天井高の低さに注目し,シェル構造のコンクリート打設において一般的な型枠(支保工)を用いず,土で山をつくり盛土そのものを支保工にする方法がとられた。コンクリート打設後に開口部から土を掻き出し,そのまま開口部を残した半屋外空間が生まれた。偶然と必然が形に結実した,やわらかな光の降り注ぐ,コンクリートの薄い大屋根が構築された。 ベネッセハウスを中心として美術館や屋外作品が点在する直島南部のエリアに,2022年,ヴァレーギャラリーがオープンした。その名の通り,木々の生い茂る谷間に沿って建つ。安藤忠雄氏が「小さくとも結晶のような強度をもつ空間」として設計した祠のような建築である。 切込みの入った鉄板屋根と二重の壁による内省的な内部空間が特徴的で,スリットから光や風が入り,自然のエネルギーを感じることができる。屋内外で展開される草間彌生氏による《ナルシスの庭》の大量のミラーボールは,周囲の自然や鑑賞者を映し出し,直島に点在する88体の仏像をモチーフにした,小沢剛氏による《スラグブッダ88》は,自然信仰や参拝を想起させる。時間を忘れるほどの神聖な体験ができる。 JR予讃線丸亀駅を出ると目に飛び込んでくるのは,駅前広場の都市空間と一体となったゲートプラザの開放的な佇まいだ。JR上野駅(東京都台東区)改札の壁画でも知られる画家・猪熊弦一郎は,高松市に生まれ,幼少期を丸亀市で過ごした。 同館(香川県丸亀市)は,画家本人から約2万点の寄贈を受け,1991年に開館。建築は絵画や彫刻とともにひとつの空間を占める芸術として考えていた猪熊は,当時まだ全国的にもユニークだった現代美術専門の美術館を構想した。ニューヨークのMoMAなどを設計した建築家・谷口吉生は,猪熊の意向を受け,3階フロアから丸亀の市街地を見渡せる,自然光をふんだんに採り入れた明るい空間を設計した。 同館では,高松を日本の制作拠点とした彫刻家イサム・ノグチなど猪熊の幅広い交流や協働の歩みを紹介する企画展や,猫や人,都市をモチーフにした作品まで,猪熊の多彩な作品に触れることができる。「美術館は心の病院」とした画家の描く線や色彩に心が弾む,まさに元気をもらえる場所だ。 訪れたときは,ゲートプラザの壁画に向かって子どもたちが「だるまさんがころんだ」に興じる微笑ましい場面に出会った。豊島美術館ヴァレーギャラリー湧水のような「形のなさ」谷間の神聖な展示空間誰もを迎え入れる場所棚田が広がるエリアに建つ豊かな自然に囲まれた谷間に沿って建つ猪熊の彫刻や壁画の作品も楽しいゲートプラザ 撮影:増田好郎※「瀬戸芸美術館連携」プロジェクトとして,2025年8月1日より「大竹伸朗展 網膜」開催草間彌生《ナルシスの庭》のミラーボール場所:香川県小豆郡土庄町 竣工年:2010年設計:西沢立衛建築設計事務所(中国支店施工)場所:香川県香川郡直島町 竣工年:2022年設計:安藤忠雄建築研究所(中国支店施工)場所:香川県丸亀市 竣工年:1991年設計:谷口建築設計研究所(四国支店施工)丸亀市猪熊弦一郎現代美術館撮影:宮脇慎太郎撮影:森山雅智©YAYOIKUSAMA
15KAJIMA202508小豆島・福田地区の廃校でアジアのアートを展示。会期中にはアーティストがワークショップを行うほか,カフェやマルシェイベントも開催するミャンマーとタイの国境に位置する難民キャンプの子どもたちに理想の故郷や好きなものを描いてもらい,旗を模したテキスタイルの作品を制作。世界各地の美術館で,さまざまな人たちが布に刺繡を追加し,お互いの世界に思いを馳せる。新作として,本島(香川県丸亀市)で島民から古着を集めてタペストリーを制作・展示することが予定されているインドネシアには,地元の植物や竹などの自然素材を用いて凧をつくる文化があり,材料や編み方が集落によって異なるため,各地で多様な凧がつくられている。作家はインドネシアで,凧の技術や自然環境と生物の造形について学び,各地でオリジナルの凧を制作している。瀬戸内海に飛来するアサギマダラを模した凧も展示されているマレーシアのサバ州を拠点とするアート・コレクティブ。国外で展示した収益でサバ州のインフラを整備するなど,アートによって地域社会を循環させる。本作はサバ州の自然環境を描いた全長7.6mの巨大な版画。メンバーで巨大な版木を彫り,版木に被せた布を,参加者を募って皆で踏んで版画を刷る。秋には来日し,小豆島をテーマにした版画を制作する予定だ 瀬戸内国際芸術祭は,瀬戸内の島々を舞台に,3年に1度開催される現代アートの祭典で,今年で6回目の開催となる。当社は2010年の第1回より協賛を続けてきた。注目の作品を紹介する。アジアの文化芸術のハブ 本芸術祭は,2010年の開始以来,世界中のアーティストが参加してきたが,とりわけアジアの文化芸術のハブになることを掲げてきた。なかでも,2013年に始まった小豆島の「福武ハウス」は,アジア地域のアーティストや文化関係者との交流拠点であり,過去に11の国と地域のアーティストが参加した。今回からは,北川フラム氏が代表を務めるアートフロントギャラリーが企画・制作を担当し,「瀬戸内アジアギャラリー」として再始動した。地域性を活かしたアート ギャラリーを訪れると,手工芸,人々の協働などをテーマにしたアジア地域の6組のアーティストの作品が展示されていた。作品の制作を担当したアートフロントギャラリーの丹治夏希氏は「世界的にアジアのアートへの注目が高まっているが,今回は既に欧米で活躍するスーパースターではなく,アジアの地域性を大事にしている新進気鋭のアーティストに参加してもらった」という。preview瀬戸内アジアギャラリージャッガイ・シリブート《There’snoPlace》(2025)パンクロック・スゥラップ《FloraFauna》(2025)安田葉《風でつながるコミュニティ》(2025)特集 瀬戸内アートツーリズム また,小豆島の石の文化に関する展示もあり,小豆島町・学術専門員の川かわしゅくだ宿田好よしみ見氏は「小豆島は大坂城や皇居の再築に石材を運ぶなど,日本の建築文化に貢献してきた」という。現在も小豆島の石の技術を残すべく石工への研修が行われており,当社が施工を担う丸亀城修復工事でも小豆島で学んだ石工が活躍している。芸術祭の作品としても,島内の大坂城残石記念公園で,秩父前衛派というアーティストによる島の石を用いた石彫作品が展示されている。瀬戸内からアジア・世界へ 今回の芸術祭では,ほかにもベトナムのマーケットや「瀬戸内アジアフォーラム2025」など,アジアの文化芸術に関するプログラムが各地で予定されている。「今後もこの芸術祭でしか見られないようなアジアのアート作品を紹介していきたい」と丹治氏は語る。 また,今回の新作として,UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)と共催でホンマタカシ氏による展覧会を高松港で開催するほか,ウクライナを拠点とするニキータ・カダン氏が国立ハンセン病療養所大島青松園で制作を行う予定である。海を通してアジアや世界とつながる入り口として,瀬戸内国際芸術祭を訪れたい。瀬戸内国際芸術祭2025をめぐる瀬戸内国際芸術祭2025春会期:4月18日(金)∼5月25日(日)夏会期:8月1日(金)∼8月31日(日)秋会期:10月3日(金)∼11月9日(日)開催地:瀬戸内の島々と沿岸部 全17エリア公式ウェブサイト https://setouchi-artfest.jp写真:PangrokSulap,ArtworkMakingofCahayaKehidupan