#5天の彼方を見晴るかす1 「観測可能な宇宙のマップ」(2022年)BriceMénard&NikitaShtarkman,JohnsHopkinsUniversity,ThemapoftheobservableUniverse,2022https://mapoftheuniverse.net/(アクセス日:2025年6月15日)図版提供:ThemapoftheobservableUniverse16KAJIMA202508

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2 ニコラウス・コペルニクスの『天球回転論』(1543年)HeliocentricSolarSystem2,Representationoftheheliocentricviewoftheworldfromthe16thcentury,Fig.1,p.9v&10r,Copernicus,Nicolaus,1543,NikolausKopernikus:NicolaiCoperniciTorinensisderevolutionibusorbiumcoelestium.Norimbergae:apudIoh.Petreium,1543図版提供:PentaSpringsLimited/AlamyStockPhoto3 キトラ古墳の天文図(7世紀末 ― 8世紀初頭)文部科学省所管図版提供:奈良文化財研究所2地図といえば,天地のうち,もっぱら地に関するものだが,同じようにして天についてもたくさんの図が作られてきた。古来より人が宇宙を眺め,観察し,見てとったり想像したものを図に表してきた痕跡は,洋の東西を問わず例がある。これを地図に対応させるなら,「天図」とでも言いたいところ。いまではあまり見かけない言葉だけれど実際はどうだろうと,こんなとき頼りにしている『日本国語大辞典』(小学館)を引くと,「天図」という語の用例として『遠西観象図説』(草野養準筆記,1823年)の言葉が引いてある。同書は江戸後期の蘭学者・吉雄南なん皐こう(1787 ― 1843)が西洋天文学を解説した本で,その上巻の「天象圖ず」という項目冒頭に「コレ布プトロメウス多録某斯ガ製スル所ノ天圖ニシテ地ハ天ノ中心ニアリ」とあり,地球を中心とした同心円図が添えてある。中心になにを置くかはさておき,太陽系を同心円で表した図は,天文方面の図のなかでもお馴染みのものかもしれない。左図は,ニコラウス・コペルニクス(1473 ― 1543)の『天球回転論』(1543年)に掲載された太陽系を示したもの2。一見すると地球中心の図と同じに見えるものの,中心に置かれた円には「SOL」と添えてある。SOLはラテン語で太陽のこと。同書でコペルニクスは,いわゆる地動説の可能性を論じており,その仕組みを一枚の図でズバリと示している。地図(あるいは天図)という観点で気になることがある。果たして太陽系がこのように見える位置は,宇宙のどこにあるのだろう。コペルニクスは天文観測を重ねていたとはいえ,ロケットで宇宙旅したわけではない。これもまた地図の場合と似て,直接そのように見えたわけではない事物の位置関係を示しているわけである。その点では,右の天文図はもう少し日常の経験に近いかもしれない3。これはキトラ古墳の天井に描かれた図だ。この古墳は7世紀末から8世紀初め頃に造られたと推定されているから,いまからざっと1300年ほど前の図だろうか。そんな昔18KAJIMA202508

デザイン―江川拓未(鹿島出版会)山本貴光 TakamitsuYAMAMOTO文筆家,ゲーム作家,大学教員。著書に『文学のエコロジー』『記憶のデザイン』『マルジナリアでつかまえて』『文学問題(F+f)+』『「百学連環」を読む』他。共著に『図書館を建てる,図書館で暮らす』(橋本麻里と),『高校生のためのゲームで考える人工知能』(三宅陽一郎と),『人文的,あまりに人文的』(吉川浩満と)他。2021年から東京科学大学(旧東京工業大学)リベラルアーツ研究教育院教授。3のものだが,現代の私たちが説明なしで目にしても,天文図だと想像できそう。天の北極を中心に,三重の同心円と,それとは少しずれた円が一つあり,350以上の星が金箔で,それらを朱色の線でつないだ74以上の星座が描かれている。星の位置から,観測年代は紀元前2世紀から4世紀あたりと推定されており,いずれにしても古代中国で観測・製作された星図をもとにしているようだ(『キトラ古墳と天の科学』飛鳥資料館,2015年)。古代中国の天文図は,天帝の治める天界という見立てで,星座も人や部屋や道具など,社会を構成する要素が並んでいるのが面白い。古代中国の星座や宇宙観については,『史記』「天官書」や,江戸中期の暦学者・西村遠えん里り(1718 ― 1787)がこれを図解した『史記天官書圖解』(1754年,序)などを併せてご覧になるといっそう楽しいと思う。冒頭の図は現代の「天図」1 だ。ウェブサイト「観測可能な宇宙のマップ」(ThemapoftheobservableUniverse)で公開されているもので,ニューメキシコの天文台が15年にわたって観測したデータをもとに作られているという。全天を表すなら地球を中心とした球面になるところ,このマップではその球の一部をスライスして平面に表している。扇の弧にあたる部分は観測の最果てで,その先は不明。点の一つひとつは銀河で,ここに見えている範囲だけでも,20万もの銀河があるという。スケールが大きすぎて直に観察もできなければ,想像さえ追いつかない途方もない規模だが,そのなにかを仮にもこんなふうに一望してしまえるのは,それ自体不思議で茫然とさせられる体験である。19KAJIMA202508