04KAJIMA202509特集THESITEPLUS(仮称)大阪市淀川区十三東計画東敷地新築工事9月1日は防災の日。今月は当社が開発した防災新技術のひとつ,建物を地震の揺れから守る「KaCLASS®」を初適用する大阪市内の超高層ビル建設現場を特集する。地上100mで揺れを制する
05KAJIMA202509建て方が進む最上階の39階。淀川を挟んで大阪・梅田方面(通称:キタ)のビル群を一望する*る超高層
06KAJIMA202509エリアの顔となる超高層 関西最大のターミナル駅大阪梅田まで電車で最短3分,阪急線の主要駅のひとつ十三駅前に建設中の超高層ビル。まずは建物の概略を深尾成博所長に聞いた。「39階建てのタワーマンションを中心に,スーパーマーケット,図書館,学童保育所,屋上庭園ビオトープが一体となった複合施設です。この工事の最大の特徴は,当社の新しい地震関連技術「KaCLASS®」を導入している点です。初適用となったこの現場は今後のKaCLASS搭載物件のガイドラインとしての役割も期待されており,社内外からの注目度の高さを感じています」。 この建物は,日本での超高層の草創期といえる1970年代に当社が確立し,以降改良を加えながら豊富な実績を積み重ねてきた,高耐力・高靭性を兼ね備えた超高層RC造の技術「HiRC®工法」を基本としている。そこに新たに導入されるKaCLASSは,高層建物に影響が大きい長周期地震動に対し,従来の耐震・制震架構と比べて少ない柱梁で高い安全性を確保することが可能で,開放的な空間を実現できるメリットを有する。建物の中間に制御層を設けることで,制御層から上には免震効果を,下には制震効果を与える技術で,ここでは地上約100mもの高さに制御層が設けられた。地上100mにある工事最大の山場 工事中の建物を貫く階段には「制御層まであと○フロア」という表示が掲げられており,現場が一丸となって未知なる制御層工事に挑む気合いが感じられる。「技術,資材量,工期,コスト,あらゆる面で本工事の要所となったのがKaCLASSの制御層です」。中村康孝副所長はこう続ける。「コンクリート量を例に挙げると,制御層の上下計2層だけで3,500m3に上ります。小中学校のプール10杯分くらいですね。制御層には免震装置が43基,オイルダンパが28基,建築設計本部と技術研究所が新規開発した摩擦バッファが16基,そしてそれらを設置するためのRC基礎があります。制御層の上下には高さ2.2m,幅0.9mの大断面RC梁を架けていきます。巨大な躯体を地上100mにつくる難しさに直面しました」。淀川の対岸から望む現場は最上階の建て方中。その10フロア下に制御層が位置する。敷地は以前,淀川区役所などがあった場所*完成予想パース。中央の超高層が今回紹介する現場深尾所長は昔からのアイデアマン。後述する特許名など一度聞いたら忘れらないネーミングにもユーモアセンスが光る根っからの関西人*東京建築支店にいた20年ほど前に超高層の現場を担当していた中村副所長。当現場で監理技術者を務める*(仮称)大阪市淀川区十三東計画東敷地新築工事場所:大阪市淀川区発注者:阪急阪神不動産設計:(住宅部)当社建築設計本部,(低層部)類設計室,当社関西支店建築設計部用途:共同住宅(分譲),店舗,図書館,学童保育所 ほか規模:RC造(制御層制震構造) 39F,PH1F 712戸 延べ83,860m2工期:2022年10月∼2026年4月(関西支店JV施工)阪急神戸線阪急京都線JR大阪環状線JR東西線大阪メトロ谷町線大阪メトロ御堂筋線JRおおさか東線JR神戸線JR京都線JR宝塚線阪神本線淀川区役所阪急宝塚本線山陽新幹線JR大阪大阪梅田十三淀川THESITE
07KAJIMA202509複数の地震関連技術をハイブリッドした新技術には,ハイレベルな施工力が必要不可欠だった。 前人未到の工事について,躯体工事計画を詳しく聞いた。「高所に資材と人を揚げるにはリスクとコストが伴いますから,なるべく地上で作業できるように考えます。しかし制御層を挟み込む梁は長大で,工場PCaやサイトPCa(現場内のヤードで製造するPCa)でつくるとトラックでの運搬やタワークレーンでの揚重の限界重量を超えてしまう計算でした。その一方で,制御層の直下に位置する29階の床はほかの基準階同様に梁なしの床スラブで,長大な梁を支える支保工を支持する強度がありません。この巨大な躯体の施工方法が本工事最大の課題でした」。そう話す山下雅和次長はこれまで3件のHiRC工法での超高層に携わり,近年ではPCaを取り入れた彦根総合スポーツ公園陸上競技場(滋賀県彦根市)で経験を積んできた。「建築設計本部の構造設計と建築管理本部,支店建築部と一緒になって考えました」という解決策は,梁それぞれの条件に応じたPCaパーツだった。「例えばU字溝のような薄肉PCa梁は,据付後に梁成の約半分の高さまでコンクリートを流し込み,強度が出た後に残りの部分を打設することで支保工を不要にしました」。現場の経験と管理部門の英知を結集し,部署を超えたオール鹿島で導き出したアイデアが,不可能を可能にしていった。未知の工事に備える工程管理 「制御層の最後の梁が架かった日には涙が出ましたね。ちょうど雨が降っていたのでよかったですけど」とはにかみながら話すのは,工程を管理し,技能者をまとめる谷川基樹工事課長代理だ。工事前半をこう振り返る。「前例がない制御層に工期面で余裕をもって着手できるよう,基準階は1フロア6日で施工する工事計画としました。関西地区ではめったにない53×46mの大規模平面で,現場打ちコンクリート量は500m3。朝から夕方までかけてもミキサー車で運び込めるコンクリート量は250m3なので,2日間は打設をする日でした」。言うにた(左)制御層断面図 (右)摩擦バッファは,想定以上の揺れが起こった際に上層階を守る当社特許のフェイルセーフ機構*制御層施工時の様子。点在するリングは免震装置の一部。右へ伸びる赤色の大型機械がコンクリートディストリビュータ(2025年1月撮影)巨大地震に伴い発生する長周期地震動による超高層建物全体の揺れを,従来の耐震・制震架構と比べ大幅に低減する制御層制震構造。同調質量ダンパ(TunedMassDamper)の原理を応用し,建物高さの70%程度の位置に設けた制御層が地震時に変形することで,制御層から上の躯体には免震効果を,下の躯体にはTMD制震効果を与える特集 THESITEPLUS (仮称)大阪市淀川区十三東計画東敷地新築工事初配属の現場も超高層だった谷川工事課長代理。鹿島に入社したからにはまた超高層をやりたいという思いがこの現場で叶った*これまで関西地区で3件のタワーマンション建設に携わってきた山下次長。谷川工事課長代理が頼りにする先輩*▼30▼295,0003,900▽制御層階オイルダンパ免震装置免震装置住居フロア住居フロア階階摩擦バッファ摩擦バッファ摩擦バッファ支持躯体摩擦バッファ支持躯体摩擦バッファ反力用躯体免震装置免震装置
08KAJIMA202509やすいが工程は日々の天候や道路状況にも左右され,臨機応変な対応が必要となる。谷川工事課長代理は技能者が気持ちよく働けるよう,工程を整え続けた。 効率的な工事計画づくりには,当社の知見と新しい技術が活かされている。「PCaとする範囲の検討には工事管理ガイドとKajimaChatAIを活用し,揚重回数や所要時間,費用対効果などを検討してベストバランスな躯体施工法をめざしました」と谷川工事課長代理は話す。 監理技術者を務める中村副所長はこう付け加える。「施工面ではコンクリートディストリビュータがかなり役立ちました。従来は生コンが圧送されてくる配管を人力で動かしたり長さを切り詰めたりしていましたが,肉体的に過酷な作業を機械が代わりにやってくれて,技能者たちの負担が大きく低減しました」。関西を代表する技能者が集結 現場社員は技能者への感謝を口々に表していた。「この計画の実現は優秀な技能者の協力なくして成し得ませんでした。継ぎ目のない大型サイトPCaは匠の技の賜物です」(谷川工事課長代理)。「過去に当社が施工した関西地区の超高層ビルや,PCaの大型工事の現場で一緒に働いた,腕の立つ技能者たちが集まってくれています。協力体制が素晴らしいです」(山下次長)。全国的に建設業の人手不足が問題となっている昨今,本工事が技能者に恵まれたのは,プロジェクトの注目度の高さや好立地といった条件に加え,当社独自の技能者への報酬制度「鹿島マイスター制度」の影響もあるだろう。そのうえ,深尾所長は新しい評価を考案した。「高い技術をもつ玉掛作業者に特製のピンク色ヘルメットを進呈しています。最初はオジサンがピンクなんて……と恥ずかしがられましたが,いまでは現場内で信頼と憧れの対象になっています」と笑顔で語る。10以上の特許を取得・申請 積み重ねた知見を活用し,新しい技術やアイデアを積極的に取り入れる現場を率いる深尾所長は,じつは昔からアイデアマンとして有名な人物だった。いまイチ押しの工夫を聞いた。「私たちのあいだでピンクテープ活動と呼んでいる,事故が起こりそうな場所をマークする注意喚起のアクションです。登山道などで目印に使われている耐久性の高い蛍光ピンクのビニール製テープを携帯し,危険だと感じたところにサッと結んでいます」。コストもかからず手軽に取り入れられるこのアイデアは,徐々にほかの現場でも広がりを見せているという。 現場から生まれるアイデアはほかにもあり,制御層の床を支える大断面の梁を構成する,薄肉PCa梁を据え付ける地上約100mでの作業最上階となる39階のPCa柱を所定の位置に据え付ける。驚くほどスムーズに進む設置が熟練したPCa鳶の腕を感じさせる*薄肉PCa梁断面図。黄緑色に塗られている部分がPCaの範囲でPCaの上部に主筋を追加し強度を確保した工場PCa制御層BIM鳥瞰図サイトPCa主筋を追加
09KAJIMA202509特集 THESITEPLUS (仮称)大阪市淀川区十三東計画東敷地新築工事これまでなんと10を超える特許を取得・申請しているというから驚きだ。「特許と聞くと皆の目が輝くんですよね。そして現場のモチベーションが高くなります。私自身が知的財産部に気軽に相談できる関係性だったということもありますが,アイデアを出しやすい,言い出しやすい空気づくりが功を奏しているんじゃないかと思います。特にまだ経験が浅い若手は,何か思いついても,こんなことを言っては笑われるんじゃないかと思い引っ込めてしまうこともあるでしょう。みんなが積極的に提案できるよう,私たちは普段から褒めて伸ばすことを意識しています」。発明を連発する現場の秘訣が聞けた。 最後に深尾所長に,竣工後のイメージを聞いた。「ここはすぐ近くが地元の名物であるなにわ淀川花火大会の打ち上げ会場なんですよ。タワーマンションの目の前で開く大輪の花火は圧巻の景色でしょうね」。新旧技術を融合してつくりあげる開放的な空間は,大阪の特等席だ。お揃いでつくったピンクのリストバンドを身に着けた社員。現場の随所に用いられたピンク色と社員の明るい笑顔が印象的だった*①当現場イノベーション第一号となった【空中モックアップ】。発注者とともにガラスの見え方を検討するために,山留鋼材でかごを組み,クレーンで吊り上げた。くるくる回すことでガラスの反射や透過を実際に確認。ベテランガラス職長の「こんなの初めてですよ」という言葉に背中を押され,特許を申請,取得に至った。②PCa柱建て起こし用敷材【おきたん】は,新たに考案したクッション材。運送に用いたトラックの上でPCa材を起こす瞬間の衝撃を驚くほど軽減。トラック運転手に好評。③従来型のアルミ製の足場と比べ,取り回しがよく軽量で格段に扱いやすい段ボール製簡易足場【ダンダダン】は内装工事技能者に人気。④新たに考案したPCa目違い調整治具は、建物の外部側に部品を取り付ける必要がなく,落下可能性を大幅に低減でき,安全な施工を支える。【名称アイデア募集中】!⑤進化系タイル調塗装「KEPT®」は以前より深尾所長がライセンスを取得していたもので,今回新たにシリコン製の新型枠(写真右)を考案。従来の金型に比べて補修の発生が減少した。コンクリートがむき卵のような平滑な肌(写真左)になることから付けられた名前は【ゆでたまシート】。⑥深尾所長のイチ押し,【ピンクテープ活動】の例。気になったところに一結びすれば,薄暗い中でもよく目立ち,危険を広く知らせる。①空中モックアップ④名称アイデア募集中③ダンダダン②おきたん⑤ゆでたまシート⑥ピンクテープ活動THESITEPLUS十三東発アイデア集*写真撮影:大村拓也(2025年6月撮影)