#6地図に手を加える1 「ギリシアと周辺諸国の概略 現代と古代の名称つき」(1826年)B&WMap.GreeceandAdjacentCountrieswithModernandAntientNamesbyA.Arrowsmith:LivadiaandtheMorea図版提供:BritishSchoolatAthens,DigitalCollections10KAJIMA202509

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2 ルイス・クラーク探検隊の地図(1803年)King,N,MeriwetherLewis,andWilliamClark.LewisandClarkmap,withannotationsinbrowninkbyMeriwetherLewis,tracingshowingtheMississippi,theMissouriforashortdistanceaboveKansas,LakesMichigan,Superior,andWinnipeg,andthecountryonwardstothePacific.[?,1803]Map.https://www.loc.gov/item/98687178/.図版提供:LibraryofCongress,GeographyandMapDivisionオスマン帝国の支配を受け,1829年のトルコとの戦争に勝利して独立を果たした歴史がある。フィンレイはギリシアの独立戦争にも身を投じ,古代から独立に至る大部のギリシア史を書いた大のギリシア贔屓だった。この地図への書き込みには,彼がアッティカ地方,中央ギリシア,ペロポネソス半島,イオニア諸島を広く見て回った様子が現れている。歴史家にとって,古代の名称が重ね書かれた地図は重宝したのではないかと想像される。さて,同じ旅でも探検となると,また少し様子が違う。上図は,ルイス・クラーク探検隊として知られる陸軍大尉メリウェザー・ルイス(1774 ― 1809)と同少尉ウィリアム・クラーク(1770 ― 1838)らが使った地図だ2。彼らは,第3代アメリカ合衆国大統領トマス・ジェファーソン(1743 ― 1826)の命を受け,ミズーリ川流域を西に向かって大陸を横断するように探査するため,1804年に現在のイリノ人が地図を使うとき,眺めて済ませることもあれば,さらに手を加えることもある。今回は地図への書き込みについて見てみよう。冒頭の地図は,アーロン・アロースミス(1750 ― 1823)というイングランドの地図製作者によるもので,「ギリシアと周辺諸国の概略 現代と古代の名称つき」と題されている1。1826年発行の版だ。ギリシア各地の地名が,現代語と古代語(をローマ字表記)で添えてあるのが特徴で,例えば,ヘリコン山の西にある「ディストモ(Dystomo)」という街には「アンブリッソス(Ambryssus)」という古名が並ぶ。ここにお示ししたのは,ジョージ・フィンレイ(1799 ― 1875)というスコットランドの歴史家が使った地図で,目を凝らすと土地から土地へと赤と黄の線が描きこまれている。ギリシアは,紀元前4世紀にマケドニア傘下に入って以来,ローマの属州を経て,15世紀半ばからは12KAJIMA202509

デザイン―江川拓未(鹿島出版会)山本貴光 TakamitsuYAMAMOTO文筆家,ゲーム作家,大学教員。著書に『文学のエコロジー』『記憶のデザイン』『マルジナリアでつかまえて』『文学問題(F+f)+』『「百学連環」を読む』他。共著に『図書館を建てる,図書館で暮らす』(橋本麻里と),『高校生のためのゲームで考える人工知能』(三宅陽一郎と),『人文的,あまりに人文的』(吉川浩満と)他。2021年から東京科学大学(旧東京工業大学)リベラルアーツ研究教育院教授。*『図書館を建てる,図書館で暮らす』  橋本麻里,山本貴光 著,三井嶺 寄稿,新潮社,2024年3 三井嶺による「森の図書館」のコンセプトスケッチ図版提供:三井嶺建築設計事務所イ州にあるデュボア軍事キャンプを発った。折しもアメリカがフランスからルイジアナを購入した直後のことで,西部にはスペイン領が広がっていた。これから西部開拓が始まろうという時代である。地図の右端にはミシガン湖が,左端には西海岸が見えており,彼らが踏査した範囲を一望できる。地図は,主に湖と川の位置と名前が示されたもので,ところどころ茶色のペンによる書き込みが見える。川を描き足したり,元の川を抹消して描き直したり,山を描き加えたりと,探検隊が実地を検分しながら加筆修正した痕跡である。ルイスらはこれと別に手描きの地図も残している。建築もまた,広い意味で地図を活用する仕事である。下図は,建築家の三井嶺によるコンセプトスケッチだ3。元からある周囲の土地や建物の状態が既存の地図だとすれば,そこにまだ存在しない建築物を構想して描き加えているわけだ。実はこれは我が家(「森の図書館」と称している)なのだが,設計の過程で三井さんの話を聴きながら,建築家とはただ建物を設計するだけではなく,そこで暮らす人の生活はもちろんのこと,周囲の自然や人工の環境との関係をはじめ,法律,資材調達その他,実に多様な条件を編み合わせて行われる総合技芸だと教えられた。三井さんがどのように構想と建築を進めたのかについては拙著* で書いていただいた。こうして建築家が地図にスケッチや設計図を通じて手を加えると,実際に建築が造られて土地と空間が変化し,それを反映して地図を刷新する必要が生じる。建築家は地図に二度手を加えるのだと言ってもよい。13KAJIMA202509