﹁餅屋の前を通ったら、餅をポンポンついてまんねん。杵を振り下ろす力はあれでいいけど、振り上げる力は無駄ちゃいますか? あれ、も一つ上に臼があったら上でも餅がつけまっしゃろ?﹂ ﹁十円札を九円で仕入れて、十一円で売ったら儲かりまっしゃろ?﹂ ボーッと聞いてたらそんでええんかいなと思ってしまうほどまっすぐな眼差しでしゃべりかけてくる。落語にはいろんな登場人物がいてますが、上方落語にはこんな愉快であほな人がよく出てきます。この噺﹁天狗さし﹂の主人公は喜六。それに対して町内で物知りの甚兵衛さんは﹁けど、お前どこにそんな十円を九円で売ってくれるところがあんねん﹂と当たり前のお返事。﹁それをあんたに相談に来た﹂と、喜六はとっても真剣。﹁とりあえず帰ってくれるか﹂と苦笑いするも話を最後まで聞く。 どうにか一儲けしたいと、食べ物商売をはじめるにあたって相談に乗って欲しいとのこと。そこで、この人が思いついた商売は﹁すき焼き屋さん﹂。しかも世間にはちょっとない食べ物をと、使うお肉は天狗のお肉。このシーンの決めセリフ﹁天狗のすき焼き屋、流行ると思う!﹂こないだ独演会でこのネタをやると客席にいた小学生が大きい声で﹁流行らなーい!﹂いや⋮その通りなんやけど、落語に返事されることほど困ることないねん。 天狗なんかおるわけないと会場のみんなが思ってる中でも、喜六はめちゃくちゃいいアイデアを思いついたとご満悦。まともな甚兵衛さんは﹁天狗てなもんどこで仕入れんねん?﹂と聞くと、﹁それをあんたに相談に来た!﹂あまりにもあほらしいんやけど、﹁京都の鞍馬山に天狗がおるって聞いたことあるなぁ﹂と、うかっと言ってしまい喜六は早速鞍馬山へ出発!可愛くてまっすぐな喜六に、お客さんはだんだん惹かれてワクワクしてくれてはるように感じる。甚兵衛さんもあほやなぁと思いつつもちょっと楽しそう。 そんな喜六に毎日のように付き合う。こいつはこーいうやっちゃ。落語の中にはやさしい人もいれば知ったかぶりする人も、いろんな人がいてるけど、きっとそれぞれがお互いのことを想い合ってる。古典落語の世界はとても平和であたたかい。 しかし、喜六の発想は回転寿司やインスタント麺を生み出した大阪商人らしいパイオニア精神がにじむなぁ。喜六が無事、天狗を捕まえられたかどうかはぜひ寄席へ聴きに来てください!跳ねれば億を稼げるぐらいの起業家になってるかも⁉26KAJIMA202509かつら・によう 落語家大阪市生まれ。2011年3月、桂米二に入門。同年9月、「道具屋」で初舞台。古典落語を守り演じながらも、上方に暮らす愛嬌あふれる人々、たくましく生きる人々を自らの感覚で活きいきと描く。「女性が古典落語を演じることは難しい」と言われた定説を覆そうともがき、令和3年度NHK新人落語大賞で女性初の大賞を受賞。およそ300年続く落語の世界に変革をもたらすべく、奮闘を続ける。2021年、令和3年度NHK新人落語大賞、22年、第17回繁昌亭大賞、23年、第40回咲くやこの花賞、ForbesJAPANWOMANAWARD2023個人部門賞など受賞。ABCテレビ「探偵!ナイトスクープ」レギュラー出演のほか、毎日新聞にコラム「桂二葉のやいやい言わせて」を連載中。著書に『桂二葉本』(京阪神エルマガジン社)。vol.249