#7コンピュータにこそ地図が要る1 テッド・ネルソン『リテラリー・マシン』(1987年)TheodorHolmNelson,LiteraryMachines:Edition87.1,1987.FromLiteraryMachinesbyTheodorHolmNelson,firstpublishedin1981andthereafterinnumerouseditions.ReprintedbypermissionofTedNelson.図版提供:InternetArchive/TedNelsonArchive14KAJIMA202510

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2 dirコマンド実行結果画面Loadmaster(DavidR.Tribble),DircommandinWindowsCommandPrompt(black),2009図版提供:Loadmaster(DavidR.Tribble)/WikimediaCommons(PublicDomain)文字がちかちか点滅している。キーボードからコンピュータに命令(コマンド)を入力して実行させる仕組みだ。例えば,そのコンピュータの記憶装置のどこにどんなファイルやディレクトリ(いまでいうフォルダ)があるかを知りたければ,「dir」(directory)という命令を入力すると,画面にずらずらとファイル名やディレクトリ名が表示される2。コンピュータ内部の記憶装置の状態という,そのままでは見えないものをなんとかしてマッピングする工夫だ。ただし,この表示は,他の作業をすると消えてしまうので,必要なら記憶するかノートに書き留めておく必要がある。そう,とかくコンピュータは,内部状態にせよネットワークにせよ,目に見えない部分が多い。それだけに,どのようにマッピングするかが肝心なのである。右図は,その名も「インターネット・マッピング・プロジェクト」によるネットの地図だ3。1997年にベル研究所のウィリアム・チェズウィックとハル・バーチが始めたもので,形を変えながら継続している。1970年代頃の比較的コンピュータが少ない時代ならともかく,世界中で地マップ図といえば,第一に地形や建物の配置を表したものを指すわけだが,私たちはそれ以外のいろいろな地図を作っている。例えば,いまでは社会や生活に欠かせない基盤となったコンピュータやそのネットワークについても,古くから各種のマップが工夫されてきた。現在のパソコンの画面には,「デスクトップ」に「ファイル」やその入れ物である「フォルダ」を表すアイコン(小さな図像)が並んでいることが多い。こうしたグラフィックを使った操作画面は「グラフィカルユーザーインターフェイス」(GUI)と呼ばれる。机の上のファイルやフォルダという具合に空間の喩たとえを用いたもので,ものがどこにあるかを把握しやすい。GUIが普及する以前のパソコンはどうだったかといえば,懐かしく思い出す人もいるかもしれない。マルチウィンドウの仕組みもなく,画面は一つのみで切り替えはできない。たいていは黒い背景に白か緑の文字が表示され,それ以外にはボタンやアイコンなどのグラフィックはない。画面には「プロンプト」といって,ユーザーに入力を促す「>」などの16KAJIMA202510

デザイン―江川拓未(鹿島出版会)厖ぼう大だいな数のコンピュータがネットに接続している状態で,そのつながりを調べて描くのはご想像の通り容易なことではない。彼らのやり方をごく簡単に喩えるなら,ネットにソナーを飛ばしてその反響を手がかりにネットの地図を描くようなものだ。もちろんネットは時々刻々と変化しているので,この手法で分かるのはスナップショットである。といっても,なにも分からないよりはるかによい。冒頭の図は,1960年代からコンピュータとネットワークの可能性を考え抜いてきたテッド・ネルソンが1981年に発行し,改訂を重ねた『リテラリー・マシン』1987年版に掲載された図の一部1。同書でネルソンは,「ザナドゥ・プロジェクト」と名づけたハイパーテキストの包括的な仕組みと利用法を説明している。ハイパーテキストとは,コンピュータのさまざまな場所に置かれたテキスト同士をリンクしあって活用する仕組みで,現在のウェブはその一部が実現されたものと言ってよい。ただし,目下のウェブは,互いにあちこちがつながりあってはいるものの,そのつながり具合を地図のように目にするのは難しい。ネルソンがここで示している図のように,ウェブやデータの相互関係を手軽にマッピングして見えるようにするツールがあれば,なにかと便利なのだけれど。山本貴光 TakamitsuYAMAMOTO文筆家,ゲーム作家,大学教員。著書に『文学のエコロジー』『記憶のデザイン』『マルジナリアでつかまえて』『文学問題(F+f)+』『「百学連環」を読む』他。共著に『図書館を建てる,図書館で暮らす』(橋本麻里と),『高校生のためのゲームで考える人工知能』(三宅陽一郎と),『人文的,あまりに人文的』(吉川浩満と)他。2021年から東京科学大学(旧東京工業大学)リベラルアーツ研究教育院教授。3 「インターネット・マッピング・プロジェクト」(2005年)WilliamCheswick,InternetMappingProject,Lumeta,2005図版提供:SteveJurvetson/Flickr(CCBY2.0)17KAJIMA202510