04KAJIMA202511特集THESITEPLUS品川駅構内環状第4号線交差部新設他連日約80万人が利用する巨大ターミナル,品川。日中賑わっていた駅周辺も,電車の運行が終わると静まり返る。午前1時,闇夜を切り裂くように,線路上を巨大な鋼の橋桁がゆっくりと進む。「線路の上に橋を架ける」。史上空前の難工事に挑む,歴史を動かす現場をレポートする。
05KAJIMA202511新時代への架け橋作戦線路の上に橋を架ける現場作業の様子(撮影協力:JR東日本)*
06KAJIMA20251180年の時を越え… JR品川駅と高輪ゲートウェイ駅間で,線路上空をわたる巨大な道路が建設中だ。その名は東京都市計画道路幹線街路環状第4号線,通称「環4」。東京都港区港南三丁目から江東区新砂三丁目に至る延長約30km,都市の骨格を形成する環状幹線道路のひとつである。1946年の都市計画決定以降,約80年にわたり整備を進めてきたが,まだ未完成。そのようななか,2019年に転機が訪れる。 羽田空港に近く,リニア中央新幹線の開業を見据え拠点性の強化が進む品川エリアに,環4の整備・延伸を東京都が決定。鉄道と道路が交差する区間は,事業者である東京都がJR東日本に工事を委託し,当社が施工を担当する。東西が鉄道で隔てられていた同エリアに,いよいよ道をつくることとなった。「1日3,000本」の真上につくる 当社が行う工事は,在来線25線(JR東日本管轄)と東海道新幹線4線(JR東海管轄)の計29線が走る線路を跨ぐ,全長310m×幅28mの橋を架けるもの。言うに容易いが,工事は困難を極める。 当工事の技術提案から関わる尾崎友哉所長は,上野東京ラインや東京駅丸の内広場などに長年従事してきた鉄道工事のプロフェッショナル。その尾崎所長でも,今までとは難易度が格段に違うと話す。「建設する橋の下には,新幹線や首都圏近郊を結ぶ特急など1日に3,000本以上の電車が走っているので,ひとたびトラブルを起こすと社会的影響が大きく,広範囲に波及します。また,当工事には大きく①ニューマチックケーソンによる橋脚基礎工事,②クレーンによる橋脚・橋桁架設工事,③送り出し工法による橋桁架設工事の3つの工事があります。橋脚・橋桁工事は分離発注されることが多いなか,その両方を一手に担う当工事は,当社でも珍しいです」。 大規模な3つの工事なうえに,真横を電車が絶え間なく走る狭隘な作業空間,そして線路上での作業は終電から始発までの約3時間という短さ。このダイナミックな工事を,鉄道工事特有の厳しい施工条件が,史上空前の難工事へと押し上げている。局面打開,「1,600tクレーン」の登場 着工から約1年半が経過した2022年8月,ニューマチックケーソンによる橋脚の基礎工事が完了し,現場はクレーンによる橋写真右下の水色の建物がJR品川駅。同駅周辺では大規模な再開発が数多く進んでいる*当現場が初所長となる尾崎所長。「上野東京ラインでは,自分たち若手社員を信じて,現場の指揮を執ってくれた」と,当時の所長の現場運営を参考にする*品川駅構内環状第4号線交差部新設他場所:東京都港区事業者:東京都発注者:東日本旅客鉄道(JR東日本)設計:JR東日本コンサルタンツ規模:4径間連続鋼床版箱桁(P3-P7)̶橋長204.7m 幅員25.3m桁高1.9m/3径間連続鋼床版箱桁(P7-P10)̶橋長105.7m 幅員28.3m 桁高2.0m工期:2021年3月∼2028年3月(東京土木支店施工)品川駅五反田駅目黒駅桜田通り第一京浜旧海岸通り高輪ゲートウェイ駅THESITE151泉岳寺高輪台白金台白金高輪国立科学博物館附属自然教育園環状第4号線東京駅秋葉原駅上野駅日暮里駅赤羽駅池袋駅新宿駅渋谷駅新橋駅品川駅目黒駅港区港南三丁目江東区新砂三丁目環4環1環7環8
07KAJIMA202511脚および橋桁架設に進んだ。 当初,P6橋脚は線路間ヤードに100tクレーンを配置しての架設,P7橋脚およびP7∼P10間の桁は550tと1,250tクレーンで架設する計画だった。この計画では,線路直上部となるP7∼P8間の橋桁や線路間にあるP6・P7橋脚のクレーン架設には,電車を進入させない「線路閉鎖」や電車の運行に必要な架線への送電を停止する「き電停止」という手続きが必要となる。車庫が近い品川駅は,終電が午前1時前と遅く,始発は午前4時台と早いため,作業は常に翌朝の電車遅延リスクが伴う。 そこで,当社が提案したのが,風力発電など100mを超える超高所での揚重作業で使われる世界最大級「1,600tクレーン」の採用だ。この超巨大クレーンを使えば,地組みする橋脚や橋桁のブロックを大きくすることができ,線路直上でのクレーン架設の回数低減が可能となる。「営業線が近接し制約条件の多い鉄道現場では,重機をできるだけ小さくしようと考えるのが一般的です。そのようななか,クレーンをさらに大きくするという尾崎所長の常識にとらわれない発想には,ハッとさせられました」と語るのは,尾崎所長とともに技術提案から当工事に携わる原田真剛工事課長。品川エリアで進む再開発により期間限定ではあるが,超大型クレーンの組立てヤードが確保できることに着目した。 この逆転の発想により,P6・P7橋脚での架設回数は29回から8回に,P7∼P10間の架設回数は93回から21回へと大幅に減らすことに成功。リスクの低減とともに,工程の短縮にもつながった。「1,600tクレーンは今まで見たことがなかったのですが,不安よりも初めて出合える楽しみの方が大きかったですね。当社史上最大規模のクレーンを使って,難題をクリアすることができたのは,非常に達成感がありました」。 1,600tクレーンによる作業は,2023年10月に完了し,超大型クレーンは姿を消した。使用には広大な組立てヤードを必要とするため,私たちが東京都心で見かけることは,もうないかもしれない…。圧巻,396台のジャッキ連動 クレーン架設を終えた現場は,最大の山場,送り出し工法による橋桁架設に臨んだ。送り出す桁は,長さ205mの緩やかなカーブのある4径間連続鋼床版箱桁で最大重量2,330t。この巨大な橋桁を,終電後の完成予想パース。車道4車線,両側に歩道と自転車レーンを整備する真ん中下に写る技能者と比べると,1,600tクレーンの巨大さがわかるだろう。クレーンの重みで沈下しないよう,52本の杭を打設し作業構台を設けた(現場撮影・撮影協力:JR東日本)線路直上での橋桁架設。メインブームの長さは120mにもおよび,複数の線路を跨いで約100m以上離れた箇所にも設置が可能となった(現場撮影・撮影協力:JR東日本)特集 THESITEPLUS 品川駅構内環状第4号線交差部新設他原田課長は今まで地下工事現場が多く,今回のように竣工後も目に見えて残る仕事は初めてだそう。「完成したら家族と一緒に橋を渡りたい」と笑顔で話す*P10P9P8P7P6P5P4P3高輪方送り出し架設(橋桁)港南方東海道新幹線 下り本線東海道新幹線 上り本線東海道本線 計画 番線東海道本線 計画 番線月見8番線中部材料3番線計画6番線京浜東北線南行線京浜東北線北行線山手線外回り線山手線内回り線レール留置 2番線レール留置 1番線東海道新幹線 下り副本線東海道新幹線 上り副本線横須賀線 下り線横須賀線 上り線1211クレーン架設(橋桁)クレーン架設(橋桁)(西)(東)工事縦断図(着色部分が今回の工事)
ジャッキ受替ジャッキ移動ジャッキ受替桁送り出し桁送り出し基準ライン送り出す桁高輪方港南方高輪方港南方高輪方港南方高輪方港南方基準ライン移動距離800mmジャッキダウンジャッキダウンジャッキアップジャッキ移動移動距離1,600mm基準ライン基準ライン123408KAJIMA202511線路閉鎖中(3時間)に,1回最大50mの送り出しを行わなければならない。 そこで考案したのが,396台もの油圧ジャッキを使って橋桁を架設する「スライドシリンダー式送り出し工法」だ。先にクレーンで架けた本設桁の上に,送り出し装置を設置。上概念図のとおり,①前方ジャッキで送り出す桁を受け,②前方ジャッキが800mm前進すると同時に後方ジャッキは進行方向と逆に移動,③送り出す桁を後方ジャッキに受け替え,④前方ジャッキがバックすると同時に後方ジャッキが800mm前進する。まるで尺取り虫が前に進むように,4種類(桁の高さ・桁の推進・桁の反力・桁の拡幅調整)・計396台のジャッキが連動し,送り出す桁を動かしていく。 当工事で主に施工計画を担当する南野浩清工事課長代理は,これほどの数のジャッキを使うのは初めての経験と述べ,次のように続ける。「全てのジャッキはシステムで集中管理しています。これにより,桁を鉛直・水平の両方向自由に扱うことができ曲線桁にも対応します。作業途中の設備の配置換えも必要ありません。また,万が一の送り出し架設中断に備え,無線通信訓練や送り出し中の耐震性能を確保する設備構築も行い,万全の安全対策も施しています」。 送り出し架設は,電車遅延リスクを最小にするため,土曜日深夜から日曜日未明にかけて,全8回の日程(2024年12月,2025年5月,10月,11月)で実施する。夜間工事を主に担う渡邉紀明工事課長代理が,統括工事管理者としてこの作業の指揮を執る。「今回の工事で品川駅の複雑な線路閉鎖を何度も担当し,今では『品川の夜間工事と言えば,渡邉だ!』と言えるくらい,知識・経験は誰にも負けないという自負があります。夜間工事は,とにかく時間との勝負です。送り出し架設を時間内に完了させ,JRさんに安全な状態で線路を引渡しできるよう,入念な準備を怠らず引き続き進めていきたい」と語った。3年後の完成に向けて 全8回の送り出し架設を終えれば,現場は架設した橋桁の降下,桁両端の積荷転試験施工結果を踏まえ,分単位で作業内容が決められた送り出し架設の時間工程表(サイクルタイム表)。人員配置や線路閉鎖手続きなど全ての作業を所要時間とともにこと細かく記載するスライドシリンダー式送り出し工法(高輪方→港南方)の概念図鉛直方向水平方向「送り出し架設は毎回緊張しますね」,と南野工事課長代理。これからも協力会社と意思疎通を図り,より良い計画を立てていきたいと意気込む*渡邉工事課長代理は,技能者と良好な関係を築けるよう,日頃から何気ない会話を行い積極的にコミュニケーションをとるよう心掛けているそう*3Dモデルの例。電車の運転士目線での離隔距離も事前に確認することができ,鉄道の安全運行にも寄与する現場に設置されたスライドシリンダージャッキ(撮影協力:JR東日本)*
09KAJIMA202511特集 THESITEPLUS 品川駅構内環状第4号線交差部新設他落防止柵,投物防止柵設置へと進む。今は送り出し架設を行うと同時に,年明けに着手する柵設置の施工計画を練っている。「当現場では,高精度の点群データをもつ3Dモデルで,全作業を計画・一元管理しています。これにより,最も重要な架線や線路からの離隔距離を計画段階から算出でき,トラブルなくスムーズな施工に役立てています」。自らを将軍より緻密な計画を得意とする参謀タイプと称す尾崎所長は,施工計画の重要性をこのように説く。 「とはいえ,計画がどれだけ素晴らしくても,それを具現化する技能者へどのように伝えるか,どう伝わるかが大事」と補足する。そして,「所長スローガンのひとつ『利他の心を頭の片隅に』のとおり,一人ひとりが他の社員や技能者への敬意を忘れず,会話をもってチームワークを大事にしながら工事を進めていきたいです」と締めくくった。 参謀の眼が天下を見通す時,将軍の剣が道を切り開く。これは約500年前,戦国時代に主流だった考え方で,参謀の知恵と洞察が天下統一への道筋を示し,将軍が社員集合写真。青色の作業着はJR東日本の工事管理者用制服で,資格を有しその日の作業責任者として従事することを示すJR工事の勲章でもある*2025年10月の第3回送り出し架設(P5→P4間)の様子①送り出し架設開始前(①∼④撮影協力:JR東日本)*③JR東海の施設間(東海道新幹線品川駅上)を通り抜ける*②桁を送り出す際に使用する手延べ機(緑色)の後方に白く光る本設桁が続く*④手延べ機がP4橋脚に到着**写真撮影:大村拓也それを実現することを意味する。 令和の参謀は,将軍としてもチームを率い,東西が線路で隔てられた品川エリアをつなげ,統一を果たしていく。