04KAJIMA202602スポーツを中心とした多目的複合施設「TOYOTAARENATOKYO」が,当社の設計・施工により2025年10月に開業した。「誰もが使いやすい」施設であることを追求し,ユニバーサルデザインを導入したその設計過程では,利用者の生の声を反映すべく,障がい当事者がメンバーとして参画するユニバーサルデザイン・ワークショップを実施。今月の特集では,施設の実現に向けて,事業者,当社,そしてユーザーが一体となって「ともにつくりあげた」過程を紹介する。ともにつくる鹿島のユニバーサルデザイン特集撮影:川澄・小林研二写真事務所(特記以外)
05KAJIMA202602すべての人にインクルーシブなデザインを 持続可能で豊かな社会を築くための国際目標SDGs。その重要な17のターゲットのひとつに,「すべての人を尊重したインクルーシブな社会」の実現がある。ユニバーサルデザイン(以下,UD)は,これを解決するデザイン手法として,最大限の人々が使用できる製品,環境,空間およびサービスのデザインを指すものと当社では捉えている。 UDの考え方で重要なのは,誰かの「使いやすい」は,誰かにとっての「使いにくい」であるかもしれないことをつねに考慮する視点だ。たとえば高齢者,ベビーカーを押す人,障がいをもつ人が行きたい場所を目指す,その行動ひとつとっても様々な困りごとがあり,困りごとの種類によって,求められるニーズは異なる。車いすと白杖における誘導ブロックの例のように,利用者のニーズ同士がぶつかり合う(コンフリクト)こともある。その妥当性をあらゆる角度から検証し,多様性を考慮して最終的な形に落とし込むのがUDの設計である。 そのため「TOYOTAARENATOKYO」の設計にあたっては,民間企業が参画する新しい形の議論の場としてUDワークショップ(以下,UD/WS)を当社設計が企画,事業者への提案を通して実施された。また,ハード整備のみならず,それをサポートする人的支援や運用との連携までもが見据えられた。そこで得られた様々な意見をもとに,多くの人が使いやすい施設を目指した。3階カウンター席からバスケットボールの試合を観戦するワークショップのメンバー
06KAJIMA2026022024.092024.09地域をつなぐアリーナとして TOYOTAARENATOKYOは,「あらゆるスポーツの聖地をつくる」「街や公園につながるコネクティッドアリーナ」「テクノロジーと環境が融合した人にやさしいデザイン」の3つのコンセプトをもつ。 プロバスケットボールのリーグ戦のみならず,様々なスポーツの日本代表戦やパラスポーツなど,あらゆる競技や種目の試合が行われる「スポーツの聖地」を目指す当施設には,アメリカのNBAチームのホームアリーナなどを参考にした「世界標準」に比肩する最新の知見と技術が注ぎ込まれている。 そのひとつが観客席のレイアウトだ。客席からコートラインまでの見通しを定量的に評価するため,全席からコート中心までの距離を測定し,臨場感を示す指標をシミュレーションした。実際に観客席に入ると,3階レベルの座席からでもコートがすぐ近くに感じられる(4-5ページ参照)。 さらには,コート真上に位置する巨大なセンターハングビジョンが,試合中には熱戦の様子を映し出し,上層は高さ2mに達する国内初の二重のリボンビジョンと相まって,より臨場感を高める。 人の交流を促す様々な場も機能する。サブアリーナは事前予約で一般利用も可能なほか,屋外のバスケットボールコートは興行のない日には誰でも利用でき,緑のプロムナードと一体となって「アリーナパーク」を形成する。にぎわいは,最寄り駅である東京テレポート駅(りんかい線)の駅前広場と連続する。「人にやさしい」UDのデザイン また,ZEBReadyとLEEDGOLDを取得した環境性能に「インクルーシブ・デザイン」を融合し,地球のみならず「人にやさしい」施設を目指した。それを具現化したのがUDの導入である。 会場内コンコースは,コンクリート現しの床,直天井による空間を基調に,柱や観客席エリアに入る門型フレームに黒色を配し,コントラストを強調した認識しやすい構成とした。客席へと誘導する座席案内は,吊り下げ型の内照式サインや,足元に視認雨水再利用,蓄熱システム,国内最大規模の5,500m2屋上緑化,300kWの太陽光パネルなど高度な環境性能を備え,BEI(建築物エネルギー消費性能指標)の値は国内アリーナで最高値の0.45を記録TOYOTAARENATOKYO場所:東京都江東区発注者:トヨタ不動産 設計:当社建築設計本部規模:S・SRC・RC造 B1,6F 延べ約38,000m2工期:2023年7月∼2025年6月(東京建築支店施工)センターハングビジョンは,外側だけでなく,内側にも映像が投影され,プレー中の選手も必要な情報を得られるバリアフリーのプロムナードUDを体験するTOYOTAARENATOKYO
07KAJIMA202602特集 ともにつくる 鹿島のユニバーサルデザイン性のよい白×黒の配色で簡潔に示したサインなど,来場者の多様なシチュエーションを想定し,目に入りやすい計画としている。これらは,後述するUD/WSで出た意見をもとにデザインされている。 観客席で特筆すべきは,やはりUD/WSの意見から実現された,3階フロアに2ヵ所設置されている最上段のカウンター席だ。利用する人に合わせてカウンターの高さが上下に調整できる席で,来場者は他のシートと同様に指定席チケットを購入して利用する。高さは事前に施設側で調整され,立ち見の人はバーカウンターのように利用でき,車いすユーザーやその同伴者が利用する際には座って鑑賞できる。利用者に応じた使い方ができるため,あえて車いす専用としないこのカウンター席は,当施設におけるUDの象徴的な存在といえる。選手エリアの動線と設備 車いすバスケ選手は,競技用車いすを自分の車で会場に運び入れることが殆どなので,屋外の選手出入口の近くに屋根付きの車いす対応駐車区画があるのはありがたいです。メインアリーナに接続する選手動線は,競技用車いす選手控室と観客席を体験して 視覚障がいをもつ選手にとって,控室にシャワー,トイレ,洗面の水回りの設備が揃っているのは,動きが簡素化され,一度慣れてしまえば誰の手も借りずに自分のタイミングで行動できるので,よい環境だと感じます。 友人に付添や解説をお願いし,サッカーなどのスポーツ観戦に行きますが,観客席の縦通路の中央に手すりがあるのは初めての経験でした。最初は慣れないと感じましたが,階段2段を降りると,3段目で段差なく横通路に移動でき,手すりもその間隔で切れ目がくるので,その規則性が数えやすく,下りやすい。手すりを掴む手が身体より先に進むので,安心して下りられる人が多いと思います。混み合う観客席において,安全性が配慮されていると感じました。(半谷静香さん)に乗り換える際にどうしても付いてしまうタイヤの擦れ跡が目立ちにくい黒い壁と,幅の大きい競技用車いすに乗った選手同士でもすれ違える通路幅がよいですね。動線の不備や段差にストレスなく,身体的・精神的に余裕をもって競技に集中できそうです。(山田正人さん)パラアスリートの視点からアリーナは,パラアスリートの主要動線を設定し,動線や設備の使いやすさが配慮されている。アリーナを訪れたパリパラリンピック2024の視覚障がい者柔道銀メダリスト・半谷静香さんと,車いすバスケ選手として活躍した山田正人さんに話をうかがった。(撮影:編集部 ※印は川澄・小林研二写真事務所)▼山田さんが「重度の障がいをもつ選手でも使いやすい」と評価したバリアフリー対応シャワールーム。車いすをシャワーカーテンの外に置き,鏡の両サイドに付いた跳ね上げ式手すりを利用し,持参したいすに乗り換えて使う。シャワーホルダーは高さ調整が可能半谷静香さん 今年開催されるアジアパラ競技大会で優勝を目指す半谷選手。さらには,ロスパラリンピックの出場権を獲得し,自分の理想の柔道を体現することで勝利を目指したいと抱負を語る写真提供:トヨタループス▲観客席縦通路を,手すりを利用しながら下りる半谷さん◀選手動線の通路では,競技用車いすでのすれ違い幅を確保した▲縦通路は段差寸法を揃え,3段ごとに規則的に客席横通路に接続する。「横通路は,前座席との距離も十分に確保されていると感じます」(半谷さん)※4階コンコース。黒フレームで視認性を高めた観客席入口(▲)と吊り下げ型の内照式サイン(▼※編集部撮影)◀3階平面図。車いす席は1階から4階までの観客席全体で計50席と,同数の同伴者席を設置。3階には車いす席が36席あり,このうち24席をカウンター席としている(カウンター席は観客席の南北それぞれに10ユニットずつ)。バリアフリートイレ(オストメイト対応)は各フロアに配置し,一般観客席エリアには計13ヵ所設置されている▲カウンター席の使用イメージ。1ユニットで2人が使用できる。4-5ページのような視界
08KAJIMA202602ワークショップと検証会 当社はこれまで,庁舎や公共施設,公共交通機関などの公共性の高い場所におけるバリアフリー化の検討でUD/WSの知見を積み重ねてきた。今回はトヨタグループの情報発信拠点となる建物をつくるにあたり,そのブランディングに資する運営として,UD/WSを「オールトヨタ」で行うことを提案。グループ企業のトヨタループス(特例子会社)の障がい当事者に参加いただき,そこにUDにも造詣が深い建築計画を専門とする東京大学大学院准教授・松田雄二氏を迎えてチームを構成した。 UD/WSは実施設計開始後の2023年1月から,その後も工事と併行しながら,2024年9月までに全6回行われ,移動動線から施設内設備まで計画の検討が行われた。2025年6月に建物が竣工後,10月に第7回目として,UD/WSのメンバーが実際のバスケットボールの試合観戦を通じて,施設の使いやすさや新たな課題を検証する会が開催された。満足度を指標に 設計ではこれまで様々なUD検証会に関わってきた経験から,施設の部位ごとを検証するのではなく,施設全体を利用した上で,その満足度を評価する方法を提案した。【移動屋外▶アリーナ▶自席】「両サイドと中央の手すりで上りも下りも使いやすい方の手で握れます」「上方鏡でEV内全体を見渡せて安全。サイドの操作ボタンが押しやすい」メインゲートへの大階段。一般に両側のみの設置が多い中で,階段中央にある手すりはありがたいと話す尾島さんは,普段車いすと杖を利用している。手すりの形状は握りやすい丸形を採用メインゲートに向かうエレベーターのうち1基は車いす2台で乗り込める広さ。「混雑時は正面の鏡が見えにくいので,上についた広角の鏡が便利です。全体を見渡せて,車いすを方向転換させる際や,出る際に扉の外の人の存在まで確認できます」(車いすを利用する山田さん・安川さん)メインゲートから入場し,座席案内を探す新交通ゆりかもめ青海駅から白杖を伴う歩行でアリーナのメインゲートへ向かう視覚障がいをもつ白座さん。青海駅からの歩道ルートに誘導ブロックの敷設はないが,興行日には,アリーナの入口で音声案内のアナウンスが流れるという▼【アクティビティ】「スタッフがすぐに声をかけてくれて,安心感があった」ハーフタイムを利用して施設内の散策へコンコース内の売店で軽食を購入3階からバリアフリーでアプローチできるキッチンカーが並ぶ屋外テラスに向かうこれまでのUD/WSおよび検証会に参加されたトヨタループスの皆さん(前列左から反時計回りに)山田正人さん,尾島志保さん,安川知貴さん,外輪妃江子さん,白座良治さん,付添の今城弘明さんUDのポイントTOYOTAARENATOKYO
09KAJIMA202602特集 ともにつくる 鹿島のユニバーサルデザイン建築(ハード面)のみならず,運営やサービス(ソフト面)も併せて評価してもらうためだ。 まずはアリーナの3階MメインゲートAINGATE,予約した座席までのアクセシビリティ。次いで試合前後やハーフタイムを利用して,UD/WS時に多くの意見が寄せられたトイレ(バリアフリー/一般)の設備,館内のショップの利用のしやすさや,キッチンカーが並ぶ屋外へのアプローチなど,様々なアクティビティを通して検証が行われた。 試合観戦後,参加者の皆さんにアリーナの印象を尋ねた。「コンコースからカウンター席に移動する際,コートが徐々に見えてくる臨場感は現地ならでは。期待以上でした」(山田さん)。「スタッフがすぐに声をかけてくれて,アリーナに関わる人のホスピタリティの高さを感じました」(安川さん)。 一方で,「災害が発生したとき,音声情報のアナウンスだけでは聴覚障がい者には伝わらないので,目につきやすいセンタービジョンなどを使って非常口の場所を表示してほしいです」(外輪さん)という運営上の課題の声も貴重であった。 利用者のニーズを知り,さらに使いやすく向上させる手がかりを得られた検証会。UD/WSで議論したポイントが具現化し,施設を巡る参加者に笑顔が多くみられたことが,何より印象的だった。観客席エリアには,壁や足元などの随所にコントラストの高い白黒配色のサインが示されている階段は均一の高さと奥行(踏面)で設計され,中央に手すりが設置されている。「私は暗い場所に慣れるまでに時間がかかるのですが,階段が歩きやすく,横通路や席幅もゆったりとしています」(白座さん)カウンター席から観戦を楽しむ3人。飲食物も置けるカウンターは,車いすと同伴者のいすの高さに合わせて調整され,車いすはスムーズにカウンター下までタイヤを進められる壁の案内マップを確認する安川さん。UD/WSで検証した車いす利用者の視線の高さが反映されている「客席縦通路の階段段差と奥行が均一で歩きやすい」「カウンターの仕様や色,同伴者のいすの設置などが周囲となじんでおり感激」【施設内トイレ】バリアフリートイレバリアフリートイレの扉全面に表示されたピクトサイン(写真左)。非常用呼び出しボタンの紐先端部は引っ張りやすいリング型(写真右,丸で示した部分。いずれも編集部撮影)3,4階の一般トイレは一方通行のワンウェイ動線を採用。「出口側に手洗い場があり,人の流れがスムーズで歩きやすいです」(白座さん)。また一般トイレにも,手動車いすであれば利用できる広さの個室ブースが設置されている手洗い場も洗いやすい高さに調整されている手動車いすユーザー山田さんと電動車いすユーザー安川さんがバリアフリートイレを検証。「このスライドドアがありがたいです。奥でロックがかかるので,両手で車椅子をこいで安心して中まで入れます」(山田さん)。「両サイドに手すりがあるので,車いすから便座への移動はしやすいですが,片側の跳ね上げ式の手すりが段階的に止まるタイプだと,立ち上がる際にさらに使いやすいですね」(山田さん・安川さん)「設備下のスペースに足が入るので蛇口近くで手が洗えて方向転換しやすい」一般トイレ
10KAJIMA202602アリーナに結びつくトヨタの思想尾形 TOYOTAARENATOKYOの「可能性にかけていこう」というテーマには,「すべての人がこの場所から世界へ羽ばたく聖地を」という意味が込められています。当社の「MobilityforALL」の理念に通じ,バリアをなくし,誰もがこの場所に来場し,利用できることを掲げています。田中 トヨタさんが掲げられているメッセージ「StartYourImpossible」に感銘を受け,UDの観点から,ワークショップを設計の主軸に置きたいと考え,UD/WSを提案しました。尾形 トヨタには多くのパラアスリートが在籍し,障がい者雇用を行うトヨタループス(特例子会社)もあります。UDに関してすでに多くのヒアリングが行われていましたが,設計にどう反映すべきか悩んでいたところに鹿島さんからUD/WSの提案があり,ぜひ実施したいとお伝えしました。小川 アルバルク東京のメンバーも,「それは必要なことだよね」と賛同し,すぐに受け入れました。井上 全員で積極的にやっていこうという姿勢が今回のUD/WSにはありました。原 このUD/WSは公共事業ではなく,民間企業のトヨタグループさんにより行われたことは意義深いです。トヨタループスさんは従業員数約600名のうち,障がいをもつ方がおよそ500名在籍し,多様な働き方をされています。彼らに参加いただき,そこにUDの知見が豊富な松田先生を迎えて,第三者性を確保しました。松田 障がい当事者の方が設計段階に参画する意義はとても大きいです。国によるバリアフリー基準は最低限のものであり,利用者の声の反映が建物の使いやすさを大幅に向上させます。とくに,後回しにされがちなスポーツ施設という場所での利用者ニーズの把握により,建物をつくる側,運営する側にとっても,新しい視点が開けたのではないでしょうか。UD/WSのオペレーション尾形 UD/WSには身体,視覚,聴覚など,多様な障がいをもつ方が参加されるため,会議を行う際は立体化した図面(触知図)や手話の同時進行,ハイブリッド文字配信など,鹿島さんと松田先生が事前準備から会議まで誘導してくださいました。原 参加者の特性に応じた「情報保障」がとても重要です。見えない方には立体コピーを使う,聞こえない方には手話やハイブリッド文字配信で対応するなど,全員が会議に参加しやすい方法を工夫しました。さらにコロナ禍でオンライン開催となり,愛知県のトヨタループス本社,トヨタ東京支社,鹿島KIビルの3拠点をつないで実施しましたが,それにはオンラインの技術を最大限駆使して情報を伝える方法を模索しました。松田 オンライン開催は私も初めての経験で,始まる前は情報伝達の課題を懸念していましたが,努力と工夫で無事に乗り越えられましたね。結果的に,オンライン開催は場所を問わず多様な方が参加する可能性を広げ,実際の「もの」を確認しながら進めるプロセスと併行して,より効果的に働くとわかりました。形になったときの感動尾形 印象的だったのは,トヨタループス本社にカウンター席のモックアップを持ち込んでいただいたときですね。田中 鹿島で作成したモックアップを参加者に確認してもらい,意見交換をして調整を重ねました。また,パラアスリートの方にも,メーカーのショールームでシャワールームのモックアップを体験してもらい,前列左から井上雅博氏,松田雄二氏,尾形恵里氏,小川裕己氏,後列左から当社建築設計本部原利明,田中大介検証会を経て,「TOYOTAARENATOKYO」のUD/WSにご尽力いただいた,発注者・トヨタ不動産の井上雅博氏,WSを束ねられたトヨタ自動車の尾形恵里氏,施設の運営を行うトヨタアルバルク東京の小川裕己氏,そして東京大学の松田雄二准教授をお招きし,当社設計(原利明,田中大介)とUD/WSで“ともにつくる”過程を体験した意義と重要性について語っていただいた。(以下,敬称略)撮影:編集部UDを“ともにつくる”カウンター席のモックアップを検証(撮影:当社建築設計本部)
11KAJIMA202602特集 ともにつくる 鹿島のユニバーサルデザイン要望を細かく具体的に確認できました。原 車いす利用者の皆さんが,それまで多くの意見を出してきたカウンター席が形になって目の前に現れたとき,とても感動されていましたね。やはり,利用者の声をしっかりと聞き,具体的な形にして検証を重ねていくプロセスは,とても大事だと感じました。小川 私も実寸のモックアップやサインを目にすることで,運営や人員配置の視点から様々な気づきがありました。コミュニケーションの重要性原 ニーズのコンフリクト(対立)については,我々の判断ではなく,研究者として知見をもたれている松田先生の合理的なジャッジメントに委ねたいと考えました。これがUD/WSの土台となっています。松田 施設の使われ方と導入機能の間で生じるコンフリクト,たとえば,音声案内を導入するとコンサート時に音漏れが懸念されるなどは,私も今回のUD/WSで初めて気づけた課題でした。皆さんの意見をできる限り設計に反映させたいと思う一方で,設計者の合理的な判断や優先順位付けについても丁寧に説明し,合意形成を進めることが理想だと考えています。井上 私もニーズの対立において,「一番の正解」はないのだと気づきました。UD/WSが進むにつれ,すべての要望を実現できなくても,皆さんが納得しているように感じられたのは,コミュニケーションを通じて「できる/できない」を丁寧に説明してきたからだと思います。「皆で一緒にやってきた」という印象が全体を通して強く残っています。原 一方でハード整備と人的支援の両輪によるUDの考え方も広まりつつあります。今回のUD/WSでは400以上出た意見の約半数が,運営やソフト面に関するものでした。アルバルクさんの方から,ホームページ作成のためのUDの勉強会をしたいと申し入れてくださったことが転機となり,人的支援や運営面に関する勉強会も開催し,より理解が深まったと思います。小川 人員配置などの具体的な情報を運営側に共有し,興行に向けてスタンバイできたのは非常に大きかったです。開業後の運営上の課題はありますが,ホームページを充実させるなど,UD/WSで得られた知見を今後につなげていきます。井上 本件は最初から施設の運営会社が決まっており,その中でハードをつくる側とソフトをつくる側が一緒にUD/WSに参加し,一貫して議論を進められたのは,本当によい状況だったと感じます。原 竣工後の検証会では,飲食やトイレ利用など実際の試合観戦の行動を通じて,「この施設が使いやすいかどうか」という満足度を評価する方法を提案しました。結果として,皆さんから高い満足度を示す回答をいただけたと思います。UD/WSの成果井上 このUD/WSでは,ニーズを「知る」ことが何より重要でした。たとえば,バリアフリートイレの非常呼び出しボタンの紐をリング型に変えるだけで,利用できる方が増える。こうした,細かいけれど一つずつの配慮が,多くの人の助けになると知りました。松田 このUD/WSが施設全体を大きく変えたわけではありませんが,細部の改良を重ねることで,デザインの妥当性や建物全体の質が向上し,さらに参加者との意見交換の土台を築けたことが大きいと思います。このプロジェクトの一環でバスケットボールの試合を観戦した際に,全盲の方から「試合に没入できた」という感想をいただき,それまでの自分の認識が違っていたことに気づかされました。こうした意見は,世界が多くの人にもっと開かれるべきで,楽しみに溢れているのだと教えてくれます。この参加型のプロセスが,他の施設や分野にも普遍的な価値をもち,世界をよりよくすることにつながると確信しています。この施設からぜひ,積極的な情報発信を行っていただきたいです。小川 松田先生のお話に関連しますが,じつは現在,トヨタモビリティ基金が関わり,新たな体験の提供として,試合映像を音声に変換する実証実験を進めています。尾形 この取組みを通して,障がいの有無に関係なく,誰もが訪れることのできる施設を目指していくべきだと改めて感じます。田中 このUD/WSを通して,TOYOTAARENATOKYOは,当社の理念である「科学的合理主義と人道主義」にも通じるプロジェクトであり,地球環境に加えて「人への環境」の重要性を考える一歩につながったと感じます。原 細かなことを一つひとつ積み上げることで,多くの人が使いやすいものになる。それはまさに,当社の設計本部長がいつも言っている「ユニバーサルデザインは建築の価値の創造」そのものなのではないでしょうか。UDを推進していく中で,私自身,この意義を改めて深く実感しました。素晴らしい仕事に関わらせていただき,本当にありがとうございました。座談会はKIビル(東京都港区)で行われた視点を広げるUD/WSの重要性について語る松田先生。奥はWS参加者を中心的に束ねられた尾形氏
12KAJIMA202602UDが映す近未来 「ともにつくる」は,皆が共感し,共生していくまちづくりの過程そのものである。そこでは様々なアクティビティを受け入れる広場を中心に,多様な背景をもつ人が集まり,思い思いにそれを楽しみ,感動を共有していく。技術過信型の社会ではなく,人と技術が重なり合う柔らかな情景が描かれる。この感動を共有する世界は,ユニバーサルデザインを土台に,すべての人を包み込む。
13KAJIMA202602IllustratedbyMariUeno/ARMO