#11情報・知識の地図作り1 フランチェスコ・カルツォラーリの蒐集室(1622年)BENEDETTOCERUTI&ANDREACHIOCCO,MusaeumFrancisciCalceolariIuniorisVeronensis,Verona,1622,tavolatrap.6ep.7.図版提供:Cabinet/UniversityofOxford14KAJIMA202602
もとに整理された知識を活用するための装置が描かれている。いわば知識のマップとこれを活用するためのネットワークである。その背後には,世界規模での知識の共有を通じて,平和をもたらすという壮大なヴィジョンがあった(アレックス・ライト『世界目録をつくろうとした男』鈴木和博訳,みすず書房,2024)。大量の事物を集めて整理する場といえば,図書館や博物館や美術館がある。これらは建築や内部の構造も含めて,立体マップといって差し支えない。私たちの限られた認知能力や記憶力にとって,事物が特定の空間に配置されている状態は身の丈にあっている。例えば,よく足を運ぶ書店については,知らぬ間にどこになにがあるかを思い浮かべられるようになるのを思い出していただくとよい。そんなふうに大量の物を集めて並べる試みは,古今東西にいろいろある。冒頭の図は,15世紀あたりのヨーロッパで始まった,珍品陳列室の例である1。「驚異の部屋(ヴンダーカンマー)」などとも呼ばれるもので,この図はイタリアの薬剤師で自然物をコレクションしていたフランチェスコ・カルツォラーリ(1522 ― 1609)の蒐集物を展示した部屋を描いたものだ。彼は薬を扱う人らしく,これみよがしの珍品というよりは,薬の材料となる動植物を中心に集めていたようだ。壁面の棚はもちろんのこと,天井もびっしり展示スペースとして使われているのが面白い。天井には水陸の動物が,壁面には甲殻類と壺(薬種),抽斗には鉱物が見える。打って変わって右の図は,大量は大量でもたくさんの学術を分類整理した表である3。作者は,アンペアという電流の単位に名前の残るアンドレ・マリ・アンペール(1775 ― 1836)。彼は物理学者にして数学者だったが,晩年に学術全体の分類・解説を試みた『諸学術の哲学についての試論』(1834年)という本を書いている。表は上から大きく三つの部分に分かれており,大分類から小分類へと下に私たちはいま,放っておいても手元の端末に向かってのべつ幕なしに情報やデータが押し寄せる「情報の濁流」のなかで暮らしている。もしそうした濁流に飲み込まれたり流されっぱなしになったりしたくなければ,自分なりの「ビオトープ」(自分のための情報環境)を作ろう。そう提案したのは,『積読こそが完全な読書術である』(イースト・プレス,2020)を書いた永田希だった。虚々実々もろとも増え続ける情報にどう対処するか。これは文字を使うようになって以来,人類について回る課題でもあった。上図は,フランスのポール・オトレ(1868 ― 1944)が構想した,世界中の知識を分類整理する機関「ムンダネウム」のアイデアを示したものだ2。彼は「世界書誌目録」というカードを駆使した厖大な書誌のデータベースを作り,これを中心として,知識と書物の検索エンジンを運営し,人びとに開いた。図には,事物,空間,時間をはじめとする大分類の2 「ムンダネウム」(1936年)PaulOtlet,Mundaneum,1936.図版提供:WikimediaCommons(PublicDomain)16KAJIMA202602
デザイン―江川拓未(鹿島出版会)3 『諸学術の哲学についての試論』(1834年)André-MarieAmpère(1834),‘Tableauxsynoptiquesdessciencesetdesarts’,inEssaisurlaphilosophiedessciences,ou,Expositionanalytiqued’uneclassificationnaturelledetouteslesconnaissanceshumaines,Tome2,p.181.図版提供:InteractiveHistoricalAtlasoftheDisciplines/UniversityofGenevaいくほど詳細になっている。また,表全体が左右に大きく二分されているのがお分かりだろうか。例えば,最上部の表1の向かって左は「世界学」,右には「精神学」とある。物理と心理と言ってもよいし,いまなら理系と文系にも重なる分類だ。「世界学」には数学や物理学や医学などが,「精神学」には哲学や民族学や政治学などが入っている。専門外のことに関心をもたない専門家が多くなった現代にも,お互いの位置や関係を見てとることができる,こうしたマップがあるとよいのではないかと思うのだがいかがだろう。山本貴光 TakamitsuYAMAMOTO文筆家,ゲーム作家,大学教員。著書に『文学のエコロジー』『記憶のデザイン』『マルジナリアでつかまえて』『文学問題(F+f)+』『「百学連環」を読む』他。共著に『図書館を建てる,図書館で暮らす』(橋本麻里と),『高校生のためのゲームで考える人工知能』(三宅陽一郎と),『人文的,あまりに人文的』(吉川浩満と)他。2021年から東京科学大学(旧東京工業大学)リベラルアーツ研究教育院教授。17KAJIMA202602