かつて野球の試合が行われたのはただの野原だった。19世紀半ばに工業化が進み,急増する移民労働者の娯楽として野球の人気が高まっていくなかで,塀で囲まれ,観客が入場料を払うかたちの最初の野球場,ユニオン・グラウンズがブルックリンで生まれた。実業家ウィリアム・キャマイヤー(1821―1898)がスケート場を埋め立てて建設したものだ。 その後さらなる都市化にともない,ボールパークは都市の周縁部に建設され,鉄道とのつながりが強まっていく。鉄道網のおかげで都市間の試合が活発に行われるようになり,1876年,プロリーグのひとつであるナショナル・リーグが誕生する。2回 都市の発展とともに1903年6月12日,いまのボストン・レッドソックスの前身であるボストン・アメリカンズの試合を観戦するファンたち。ここハンティントン・アベニュー・グラウンズは同年第1回ワールドシリーズが行われた球場でもある。中央に見える鉄道車両基地は球場のすぐ隣にあり,ニューヨークと結ぶ鉄道(ニューヨーク・ニューヘブン・ハートフォード鉄道)の線路が通っていた。その向かいにはオペラハウス,倉庫,タフツ大学医学部など,多彩な用途の建物が密集する市街地に野球がうまく溶け込んだ好例……といえるが,これは計画されていたわけではなく,歴史の偶然と利便性のために過ぎなかった。14KAJIMA202605

野球と鉄道はいずれも,19世紀後半のアメリカで進む工業化の発展の産物であった。鉄道は文字どおりにそうだったし,野球は試合を観戦し,地元チームを応援することが都市部の工場労働者の中心的な娯楽となった。PaulGoldberger,Ballpark:BaseballintheAmericanCity,pp.24–25,2019Photo:NationalBaseballHallofFameLibrary/MLBPhotosviaGettyImages15KAJIMA202605

Photo:NationalBaseballHallofFameLibrary/MLBPhotosviaGettyImages前頁の球場のすぐそばには,ボストンの別の球団,ブレーブスの球場であるサウスエンド・グラウンズがあった。1888年に再建された2代目のものは2階建ての観覧席を備え,魔女の帽子のような円錐形の塔や尖塔といった華美な装飾が施され,建築評論家のジョン・パスティエ(1939―)は「19世紀の球場建築の最高傑作」と評している。しかしこの壮麗な木造建築は1894年,スタンドの下で発生した火事で焼け落ちてしまう。1880年代までに建てられた球場はほとんどが木造だったため,火災によって多くが焼失した。19世紀末からは鉄や瓦,コンクリートが用いられていく。ニューヨーク・ジャイアンツ(のちにサンフランシスコに移転する)の本拠地ポロ・グラウンズも同様で,1911年のシーズン前に焼失したものを再建させ,この有名な4代目の球場となった。その形状からついた愛称は「ザ・バスタブ」。 ニューヨークにはもうひとつのプロリーグ,アメリカン・リーグのニューヨーク・ハイランダーズ(後に「ヤンキース」に改名)があったが,ハイランダーズの木造の時代遅れな球場は閉鎖してしまい,1923年に初代ヤンキー・スタジアムが完成するまで,ジャイアンツとともにポロ・グラウンズでプレイしていた。 当時発展途上にあったマンハッタン郊外の様子がよくわかるこの写真にはハーレム川が望め,中央にはまだ未舗装の馬車道だったハーレム・リバー・スピードウェイ(現在のハーレム・リバー・ドライブ)が街を貫いている。16KAJIMA202605

デザイン―江川拓未(鹿島出版会)左上写真は以前のポロ・グラウンズに設けられていたグラウンドと地続きのボックス席。肘をついて座っているのはハイランダーズの初代オーナー,フランク・ファレル(1866―1926)。右は焼失から改修を行ったのちに「ザ・バスタブ」と呼ばれるスタジアムで行われた,ジャイアンツの1911年のワールドシリーズのプログラム。ポール・ゴールドバーガー PaulGOLDBERGER建築批評家。「ニューヨークタイムズ」紙の建築批評家として15年間活躍し,建築に関する執筆活動によりピュリッツァー賞を受賞した。「ニューヨーカー」誌の建築批評家を経て「ヴァニティフェア」誌の寄稿編集者を務める。著書多数。近著はBallpark,WhyArchitectureMatters,BuildingUpandTearingDown:ReflectionsontheAgeofArchitecture,UpfromZeroなどがある。ニュースクールで教を執るかたわら,建築,デザイン,歴史的保存,都市について全米各地で幅広く講演を行っている。ニューヨーク在住。坂本和子 KazukoSAKAMOTO東京生まれ。翻訳家。日米で建築を学び,建築設計・建築教育に携わった後,翻訳家として活動し,建築・デザイン分野の書籍,展覧会,ウェブサイト等の翻訳を数多く手がけている。最近の訳書に『建築という芸術 評伝フランク・ゲーリー』(2024年,鹿島出版会)など。Photo:Hassler,WilliamDavis/DigitalCultureofMetropolitanNewYorkPhoto:LibraryofCongress,U.S.Item:GeorgeArentsCollection,TheNewYorkPublicLibrary17KAJIMA202605