1912年は鉄筋コンクリート造の第一世代の球場が本格的に普及した年であった。そのなかのひとつ,フェンウェイ・パーク(ボストン)は現在も使われ続けており,その現役生活が終わる気配はまったくない。目立たないかたちで改修を重ねたフェンウェイは,いまやメジャーリーグ最古の,間違いなく最も愛されている球場でもある。 地域文化との密接なつながりや,その感動的なインパクトという点でフェンウェイに対抗できるのは,直後に建設された2つの球場だ。1913年に完成したブルックリンのエベッツ・フィールドと,翌1914年にオープンしたシカゴのノースサイドにあるリグレー・フィールドである。3回 名球場の誕生ボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークは壮麗な建築というわけではなかったが,その控えめで親しみやすい瓦造のファサードはボストンの街並みと見事に調和した。長い歴史のなかで場当たり的な拡張工事の繰り返しの結果もたらされた,不いで統一感のない感じやざっくばらんな雰囲気が,独特の魅力となっている。 そのひとつが1934年の改修後に生まれた写真中央に見える左翼外野席の壁「グリーン・モンスター」。不整形な敷地を最大限活用するため左右非対称なグラウンドにスタンドを設置したことから生まれたが,2003年には壁の上部に観客席が設置され,入手困難なプレミアシートと化した。10KAJIMA202606

Photo:CarolM.HighsmithArchive/LibraryofCongress,U.S.フェンウェイ,エベッツ,そしてリグレーに共通するのは,建築的感性というよりも,その親密さだ。……いずれもファンとグラウンド,そしてファン同士のつながりを感じさせる力をもっていたからである。PaulGoldberger,Ballpark:BaseballintheAmericanCity,pp.77–78,201911KAJIMA202606

ポール・ゴールドバーガー PaulGOLDBERGER建築批評家。「ニューヨークタイムズ」紙の建築批評家として15年間活躍し,建築に関する執筆活動によりピュリッツァー賞を受賞した。「ニューヨーカー」誌の建築批評家を経て「ヴァニティフェア」誌の寄稿編集者を務める。著書多数。近著はBallpark,WhyArchitectureMatters,BuildingUpandTearingDown:ReflectionsontheAgeofArchitecture,UpfromZeroなどがある。ニュースクールで教を執るかたわら,建築,デザイン,歴史的保存,都市について全米各地で幅広く講演を行っている。ニューヨーク在住。坂本和子 KazukoSAKAMOTO東京生まれ。翻訳家。日米で建築を学び,建築設計・建築教育に携わった後,翻訳家として活動し,建築・デザイン分野の書籍,展覧会,ウェブサイト等の翻訳を数多く手がけている。最近の訳書に『建築という芸術 評伝フランク・ゲーリー』(2024年,鹿島出版会)など。Photo:Hassler,WilliamDavis(1914)/TheNewYorkHistoricalスに移転することになるが,野球の街・ブルックリンの象徴として多くの市民や野球ファンに愛された。 エベッツの建築的な最大の見せ場は,エントランスに優美な曲線を描くロトンダ。直径約24m,中央の高さ8mもの円形の特徴的な玄関ホールだったが,チケットブースもこの中にあったため何千人もの観客がここを通過して渋滞が巻き起こり,その後メインスタンドの両側にゲートを追加することになった。いまのロサンゼルス・ドジャースは当初ニューヨーク・ブルックリンで1883年に創設された。その名は,街を高速で走る路面電車に轢かれないようかわす(dodge)必要のあった市民がつけた愛称「トロリー・ドジャース(TrolleyDodgers)」に由来する。元球団職員チャールズ・エベッツ(1859―1925)がのちにNY市議会議員に選出されて球団を実質的に支配し,本拠地エベッツ・フィールドを建設した。1958年にドジャースはロサンゼル12KAJIMA202606

Photo:ChadBontrager/ShutterstockPhoto:Photofile/GettyImagesシカゴにあるリグレー・フィールドは1914年に建設,1916年からカブスの本拠地となり,現在まで使われている。1921年にウィリアム・リグレー(1861―1932)が経営を担うと,球場や球団の商業化よりも市民の娯楽としての場所づくりを重視し,ラジオ中継やレディース・デーなどを通じて野球文化の普及に貢献した。 周辺の街並みの一部として都市構造に織り込まれた都市型の球場であり,観客席の背後にはグラウンド越しにロウハウス(連棟住宅)が建ち並ぶ。同時にその住宅の屋上からグラウンドが一望できたため,多くのファンが集まって観戦するようになる。ここはやがて「リグレー・ルーフトップ」と呼ばれ,リグレーを象徴する観戦スタイルとして定着。いまはカブスのオーナー家がここの大部分を所有・管理している。13KAJIMA202606pp.04–13 デザイン―江川拓未(鹿島出版会)