2026年6月26日,桐生雅文社長が就任した。建築現場一筋で培った強固な統率力を武器に,グローバル企業として持続的な成長を目指し,鹿島グループを如何に導いていくのか――。最前線の現場を知り尽くすトップのもとで,新体制がいよいよスタートを切る。現場を知るトップが舵を取る桐生雅文社長NewLeaderInterview04KAJIMA202607特集-1

05KAJIMA202607Q1 社長に就任された今のお気持ちをお聞かせください。 創業186年という歴史の重みと,従業員数2万人を超える鹿島グループの舵取りを担う重責に,身の引き締まる思いです。私はこれまで東京建築支店と横浜支店で,地域やお客様,協力会社など,様々な方々と向き合い,寄り添いながら,仕事をしてきました。30年以上従事した建築現場では,多くの工事関係者とともに,安全・品質を確保しながら,工期内にプロジェクトを完遂し,お客様にご満足いただける建物を引き渡すことを第一に取り組んできましたので,そうした現場経験を通じて培った判断力や調整力が,私の強みと言えるかもしれません。 今後も大切にしていきたいことが,「人と人とのつながり」です。今の私があるのは,決して自分一人の力ではなく,お客様や協力会社,地域の関係者の方々,そして先輩や後輩といった仲間たちの支えによるものだと,改めて強く感じています。人と人とのつながりから生まれる「信頼」をより確かなものとして,鹿島グループのさらなる発展のために全力を尽くす覚悟です。Q2 新体制がスタートしました。2026年度,注力したい分野,新たに取り組みたい施策は何でしょうか。 2026年度は「鹿島グループ中期経営計画(2024∼2026)」の最終年度です。業績目標の達成はもとより,天野元社長,押味会長が進めてこられた施策をしっかりと引き継ぎ,これをもう一段高いレベルに引き上げるとともに,「鹿島品質」や「鹿島ブランド」といった長い年月をかけて先人が築きあげたものを守りながら,会社としての中長期的な成長を目指したいと思っています。「生産性向上」「建設バリューチェーンの拡充」「人材の育成」「技術の伝承」など,すでに全社的な取組みとして一定の成果が出始めていますが,さらに深化させていくことが重要だと考えています。 これらの取組みを含め,AIを活用した生産性向上や業務品質の改善を徹底して進める必要があると思っています。建設現場でも,様々な形での試行や導入が進みつつありますが,そのようななか,AIの使い方が大切であると考えます。すなわち,AIが過去データに基づき抽出した選択肢を,創造性や倫理観などに基づいて,「人間」が判断し価値を付加する必要があります。単品受注生産である建設業においては,現場の個別性により,その判断を確かなものにするための「経験」がとても重要になると考えています。実務経験が浅い若手においては,まずは実体験を通じて,自ら考え,発想する力を養うことも不可欠です。AI活用はこれからの重要な経営課題の一つであると捉えています。 現在,次期中期経営計画の検討をスタートさせており,本社・支店の部署長と,現状認識と今後の方向性についてディスカッションをしているところです。こうした対話は,施策の推進や改善を図るうえでも,本社・支店・現場,さらにはグループ会社も含めた一体感の醸成,コンプライアンスなど守りの観点からも重要だと感じています。今後,国内外のグループ会社幹部の皆さんとも議論を深めたいと思っています。最前線である現場には,機会をつくって足を運び,社員や技能者の皆さんの率直な声を聞き,施策に採り入れていきたいと考えています。Q3 舵取りをしていくうえで,大切にしたいことは何でしょうか。 やはり「人」です。当社の価値は,社員一人ひとりの知恵と経験に裏打ちされた総合力にあり,それが競争力の根幹を成しています。これを組織の知として蓄積・継承するとともに,社員の挑戦機会を広げることで,人が育ち続ける会社を実現していきます。「個」の能力を高め,それを「組織」の能力として最大化していくことが重要です。 もう一つ,大切な「人」として協力会社,技能者があります。鹿島とともに持続的に成長していくパートナーとして,処遇改善や担い手の確保・育成支援の取組みなどを通じ,現場で働く人たちがやりがいと誇りをもって働き,そして適正な対価がいきわたる仕組みづくりを,さらに推し進めていく必要があります。それが,業界全体の魅力を高めることにもつながると考えています。Q4 思い出に残る仕事としても挙げられていた,東京ミッドタウン日比谷の工事について,その当時の思いも含めてお聞かせください。 歴史ある日比谷三井ビルを解体し,建て替えを行うプロジェクトでした。当社施工で1960年に完成した日比谷三井ビルは,鹿島が建築分野へ本格進出する足掛かりとなった大型ビル,いわば鹿島建築の出発点であり,これが後の霞が関ビルへとつながっていきます。当社にとって歴史的意義のある工事の現場所長ということで,大きなプレッシャーでしたが,大変名誉なことでもありました。

06KAJIMA202607 東京ミッドタウン日比谷は,日比谷公園に臨む地上35階,地下4階,延床面積19万m2におよぶ複合施設で,工事のピーク時には一日あたり約2,000人の技能者が従事しました。建設地周辺は,商業施設や劇場,映画館,ホテルなどに囲まれ,地下には東京メトロ日比谷線が走る都心の要所です。発注者や設計者をはじめ,行政や地元関係者など,多様な関係者間の合意形成を進める調整力が試される現場でした。軟弱地盤への対応や隣接する地下鉄との接続など,困難に遭遇する場面も多々ありましたが,発注者,協力会社とともにそれを乗り越えた先には,大きな達成感がありました。建築屋冥利に尽きる,私の現場人生の集大成だと思っています。故鹿島昭一最高相談役が現場視察に来られ,ご案内したことも印象深い思い出の一つです。Q5 次の時代を創る鹿島の強みは何だと思われますか。 「洋館の鹿島」「ダムの鹿島」「超高層の鹿島」などと呼ばれるように,当社は長い歴史のなかで,進取の精神をもってその時々の社会課題と向き合いながら,信頼と実績を積み上げてきました。そして,今現在も生産性向上に資する自動化施工技術「A4CSEL®」や,カーボンネガティブコンクリート「CO2-SUICOM®」に代表される先進的な技術開発に挑戦するとともに,建物や構造物の長寿命化,再生材利用をはじめとした循環型社会の実現に向けた取組みも着実に進めています。 また鹿島グループは,建設・開発事業を中心に,320社を超える国内外関係会社からなる収益基盤を擁し,企画・開発から,設計・エンジニアリング,施工,維持・修繕に至るまでの建設バリューチェーン全体を一気通貫で担っています。社会の要請や課題が多様化・複雑化し,その変化のスピードも加速している現状をふまえると,より柔軟で個々のニーズに応じたサービスが求められます。建設バリューチェーンを中心に,そこから広がる総合力にさらなる磨きをかけ,社会や顧客のニーズに応えていきたいと思います。 鹿島グループの「人」と「技術」が,世界中の協力会社やパートナー企業の「人」と「技術」と融合し,高い付加価値を創出していく。これが,次の時代を創る鹿島の姿になっていくと思います。Q6 社長就任にあたり,社員へメッセージをお願いします。 当社が創業以来大切にしてきた「人」と「技術」,そして先人たちが築いてきた「信頼」は,当社グループの成長を支えてきた基盤であり,今後も変わることはありません。社員の皆さんとは,まずこのことを改めて共有したいと思います。 変化の激しい時代に対応していくためには,社員一人ひとりが常に当事者意識をもって行動し,組織としての力を最大限発揮していくことが重要です。互いに対話を重ねながら,知恵や経験を共有し,組織全体が成長していくことを期待しています。 会社としても,社員がやりがいをもって働き,それぞれの能力を十分に発揮できる環境づくりに取り組んでいきます。役員,社員が一丸となって,当社の強みをさらに高めながら,社会から信頼される企業であり続けられるよう,経営していくつもりです。 また,社員の皆さんには,ゼネコン社員として,特に,協力会社,技能者を大切にしてほしいと思います。現場で実際に手を動かしているのは技能者の方々であり,建物や構造物はすべて,企画設計から始まる桐生雅文(きりゅうまさふみ)1961年11月21日生まれ 64歳東京都出身1984年3月 早稲田大学理工学部建築学科卒業1984年4月 鹿島建設入社2009年1月 東京建築支店大崎駅西口C地区      開発計画建設工事事務所長2015年2月 東京建築支店      (仮称)新日比谷プロジェクト新築工事事務所長2018年2月 東京建築支店建築部長2021年4月 執行役員東京建築支店副支店長2024年4月 常務執行役員横浜支店長2026年4月 副社長執行役員2026年6月 代表取締役社長兼社長執行役員

07KAJIMA202607特集-1NewLeader現場を知るトップが舵を取る桐生雅文社長建設生産プロセスにおいて最終ランナーとも言うべき専門工事会社の技能者の手によってつくられます。一方で,技能者だけの努力ではプロジェクトは完成せず,発注者,設計者,施工者も,各々の役割を100%果たさなければ,良いものづくりはできません。これは,会社の組織も同じです。これまで私が大切にしてきたのは,「仕事は明確な方針のもとで,自由に,楽しく,時に自分にも仲間にも厳しく」という姿勢です。仕事の進め方についての考え方の一つですが,個人の自主性にある程度任せつつ,隣の人の仕事にも目を向けられる柔軟性と仲間意識をもって取り組むことで,結果,120%の成果に近づくのではないかと思います。 組織が大きいと縦割りになりがちで,自分が与えられた範囲の業務だけを一生懸命にやるようになる。そうすると分担の境界に隙間ができて,思わぬ事態が発生します。しかし,仕事は決して一人で完結するものではありません。互いをリスペクトし,一人ひとりが主体的に考えることで,個人としても,組織としても満足度の高い結果となるものです。 現場を担当する若手社員の皆さんには,是非とも技能者の方々から愛され信頼される存在になってほしいと思います。これは,私が若い頃に,ある現場所長に教わったことでもあります。現場監督の計画は,技能者の仕事の段取りや成果に直結します。ひいては彼らの生活や技能向上にも影響します。技能者から喜ばれ,選ばれる,ファンをたくさんもった現場監督が増えることを期待しています。周りを味方に巻き込んで大きな仕事を成し遂げる。これは,現場の若手に限った話ではなく,我々の仕事のすべてに共通するものだと思います。 これからも世の中は大きく変わっていくと思いますが,どんな時代でも「現場を大切にする」「人を大切にする」という鹿島の原点は変わりません。口で言うのは簡単ですが,「当たり前のことを馬鹿にせずちゃんとやる」,そうした姿勢も大事なことだと思います。また,「当たり前」を自分の物差しだけで考えるのではなく,第三者的に俯瞰して考えることが大切です。現場,支店,本社,当社グループ全体がこうした考えを共有し,連携を密にして互いに支え合いながら,一緒に次の時代の鹿島を創っていきたいと思っています。 2018年3月の開業から約8年が経った「東京ミッドタウン日比谷」は,日比谷の街のランドマークとして成熟し,芸術・文化・観光・ビジネスの結節点となっている。 日比谷三井ビル(1960年竣工)とそれに隣接する三信ビル(1930年完成)跡地を統合し建て替えるプロジェクトでは,解体工事・新築工事ともに桐生所長が陣頭指揮を執った。 建設地周辺には劇場や映画館,ホテルがあることから,解体工事では騒音・振動に関する影響実験を行い,総力を結集し挑んだ大型プロジェクト「東京ミッドタウン日比谷」column押味社長(当時)現場パトロール時に撮影した工事関係者集合写真(2016年7月)東京ミッドタウン日比谷(インタビュー:広報室月報グループ)対策を施した。地下工事は,軟弱地盤であったことから地盤沈下が懸念されたが,発注者・設計者と協議を重ね,旧日比谷三井ビルの既存地下躯体の一部を残置することで,そのリスクを回避した。このほかにも,不整形な敷地形状への対応として複数の新工法が導入されるなど,桐生所長の豊富な首都圏での現場経験による知恵と工夫が多数投入された。そして,何よりも職員・技能者をはじめとする現場の総合力が,この大規模プロジェクトを成功へと導いた。

 08KAJIMA202607 桐生社長は入社以来,主に東京都心部の建築現場を担当してきた。その数は11現場を数え,「目黒雅叙園」や「汐留メディアタワー」など,多数の大型プロジェクトを手掛けた。 最初の現場は「住友商事神田和泉町ビル」の新築工事。現場に出た当初は,上司や職長に叱られ,悔しい思いもしたが,一度も辛いと思ったことはなかったという。「技能者との信頼関係が現場の要」だと考え,休憩時間は積極的に技能者の輪に入り,仕事を学び人間関係も構築していった。鹿島リース由田哲也副社長若手の頃の桐生社長初所長を務めたNBF大崎ビルの新築工事にて(前列右から4番目が桐生社長)若手の頃は,様々な工種を担当打合せの司会もお手のもの(仮称)築地PJ新築計画事務所東谷卓哉所長東京建築支店建築工事管理部施工支援グループ清永康之次長桐生雅文社長を深掘り!信頼関係を礎に,仲間と一丸で現場をつくる現場一筋の桐生社長は,揺るぎない責任感と厚い人望,そして周囲を和ませる笑顔に,社内外のファンも多い。鹿島グループのニューリーダー・桐生社長の魅力と人柄に迫る! 初所長を務めたのは,「NBF大崎ビル」の新築工事。竣工直前に東日本大震災に見舞われたが,免震構造により被害はなく,鹿島の技術力と社会への貢献度を改めて認識したという。施工中は職長会が活発で,技能者が主体的に考えて作業1984年入社の同期です。桐生さんは建築系,私は事務系で建築本部に配属されました。建築系社員の見積研修帰りは,いつも飲み会。よく呼び出されたものです。常連は10人ほどで,桐生さんは盛上げ役というより,少し離れたところで笑って見ているタイプ。だけど,なぜか圧倒的な存在感があり,今も印象に残っています。 東京建築支店では,天野支店長時代,お互い支店幹部となって仕事をしました。畑の違う良きライバルとして,支店の業績向上に尽力しました。 約40年ぶりに,かつてのメンバーが集まり,桐生さんの社長就任を祝う同期会を計画しています。とても楽しみです。これからも応援団のひとりとして,活躍を期待しています。高い経験値と誇りを持って仕事に臨まれ,指示が明確な方でした。現場で災害が続いた時に,「雰囲気を変えたい」と翌朝から7時に詰所へ通い,声掛けをして巡回。現場が引き締まり事故抑制につながりました。こうした所長の熱い想いに,現場は常に「桐生所長のために頑張ろう」という空気がありました。健康に留意され,自然体でご活躍ください。技能者の動きや心情まで読み解き,先を見た的確な指摘,部下が失敗すれば盾となって守ってくださる包容力があります。原因究明は厳しくも,落ち込むと「気にするなよ」と励ましてくださる。懇親会では満面の笑みで誰にでもフランクに接し,周囲を次々とファンにしていく方です。私は勝手に「父親のような存在」と慕っています。これからも「桐生丸」を全力で支えていきます!仲間を大切にする桐生社長。桐生社長をよく知る同期や,東京ミッドタウン日比谷などの現場で苦楽をともにした部下たちが,桐生社長の魅力を語ってくれた。  地域のお祭りにも参加NewLeader仲間が語る桐生社長同期部下部下する環境を構築。所長という「人を動かす」立場に変わっても,信頼関係の大切さは同じであると改めて実感した。

Playback09KAJIMA202607特集-1NewLeader現場を知るトップが舵を取る桐生雅文社長地元の人脈を広げ,人に恵まれた横浜支店長時代 食べることが好きな桐生社長。仕事終わりに仲間と杯を交わし,明日への英気を養ってきた。横浜では,馬車道の蕎麦「壱クラシック」に足を運んでいたほか,現場時代から通うお気に入りの店は,浅草の魚料理「もがみや」や品川の鴨料理「呂尚」,そして五反田の名店居酒屋「日南」には家族で来店することも。日南のオーナーは,「現場の仲間と飲む姿はいつも楽しそうで,私たちへの心配りも欠かしません。アルバイトの若者たちは“あんな上司の下で働きたい”と慕い,ファンが多かったです」と振り返る。常連客からは桐生社長就任の知らせが相次いだという。1961年11月21日生まれ 東京都東村山市出身血液型:A型/身長:177.5cm/家族:妻と一女出身校:早稲田大学理工学部建築学科趣味:ゴルフ,早朝の散歩,街歩きと食べ歩き/特技:剣道長所:誰とでも打ち解けられること短所:慎重派で色々と考えすぎてしまうところ好きな食べ物:何でも好き/苦手な食べ物:強いていえばパクチー落ち着く場所:自然のある場所動物に例えると:牛(丑年なので)おすすめの本:「晏子」(宮城谷昌光/著)信条:俺が俺がの「我」を捨てて,お陰お陰の「下」で生きる(良寛和尚)Profile 幼少期は,野山を駆け回る活発な少年だった桐生社長。料理上手な母のもと,当時から食欲旺盛だったという。また,手先が器用で,小学生になると模型づくりが得意になった。これが建設の道へ進む原点となる。 地元の中学校を卒業後,都立国くにたち立高校へ進学。町の剣道場に通い,稽古を重ねるなかで力を伸ばし,やがて二段を取得。この頃に培った体力と粘り強さは今も 2024年4月から2年間,横浜支店で支店長を務めた桐生社長。秘書を担当した齊藤達郎次長は,「ロータリークラブや商工会議所などの地域団体に参加され,地元の人脈を広げられました」と,当時を振り返る。 支店運営では,支店幹部を集めた朝会を毎日行い,情報共有を徹底。「バッドニュースファースト」を掲げ,悪い話ほど早く一報することを促し,急な相談にも乗るオープンな空気をつくった。土木・建築の両現場にもよく足を運んでいたという。 「楽しいエピソードが一つ。協力会社の職長たちが支店を訪ねてきたことがありました。スーツ姿や現場終わりの作業着姿の方など10人ほどがいらして,桐生支店長が応接室に入ると,一気に大盛上がりになりました。桐生支店長らしい場面でした」。 同じく秘書の中田綾さんは,桐生支店健在。“人生の師”と仰ぐ担任の先生と出会い,社会生活のルールや,人間としての在り方を学ぶ。 大学時代は,勉学だけでなくアルバイトや友人との時間など,充実した学生生活を送る。実は大学では,設計士を夢見ていたが,「ものづくり」への強い思いから,就職活動では建築施工の道を選択。在学中に憧れていた先輩が鹿島にいたことが,志望の決め手となった。 長の細やかな気遣い,人柄の温かさを挙げる。「ささいなことでも『ありがとう』とおっしゃってくれます。移動中のショートメールでも,労いの言葉を忘れません。お客様へ渡す手土産にもこだわられていて,『せっかくだから,横浜らしいものを差し上げよう』と,ご自身で選ばれることもありました」。 支店長最後の日となった3月31日,壮行会が盛大に開かれた。支店幹部・社員をはじめ,協力会社や職長など,総勢約200人の仲間が集まり,桐生支店長の門出を祝った。管理部現業グループ(第二)齊藤達郎次長桐生支店長の門出を祝う横浜支店長としての最終日,支店長室で記念撮影管理部企画グループ中田綾担当現場巡回で土木現場を訪れた桐生支店長。所員や技能者に積極的に質問をしていた上:母とピクニックを楽しむ下:姉と自宅の庭で大学卒業式にて活力の源はグルメ!昭和の雰囲気が漂う居酒屋「日南」お気に入りは牛なんこつ串と牛ハラミ串