1950年代後半,プロアメリカンフットボール人気の高まりとともに,野球専用スタジアムという概念が時代遅れになった。都市の郊外にアメフトと野球の両方に対応できる大規模な多目的スタジアムが建設されるようになっていく。 だが野球はグラウンドに近い席で観戦するのがベストで,アメフトのグリッドアイアン(フィールド)は高い位置から見るほうが好ましい。また,野球場はその土地のさまざまな制約に対応しながら独創性を育んできたのに対し,何の制約もない郊外では,広大な駐車場の海に囲まれた完全な円形の巨大な「コンクリート・ドーナツ」が標準形となっていった。これらを再び別々の施設にする考え方は20世紀末になるまで待たねばならない。 こうした巨大化,郊外化,そして個性の喪失が,やがて屋根付き球場の代名詞的存在,「アストロドーム」の誕生につながる。4回 コンクリート・ドーナツ―郊外化と複合化Photo:KevinFleming/GettyImages「コンクリート・ドーナツ」はアメフトと野球との異なるニーズを満たす標準設計にマッチしたうえ,ファンや選手のサービスを拡充するにも,オープンスペースの多さが都合よく,スタジアムはどんどん自らを甘やかし,拡大していった。また戦後の郊外型スタジアムの多くは公共事業として建設されたことから,このわかりやすい形は多目的スタジアムを最もアピールしやすく有利だった。この時代の標準化志向,個々の都市の特徴に無関心だった世相を反映していたといえる。 写真はジョージア州のアトランタ・フルトン・カウンティ・スタジアム。野球のブレーブスとアメフトのファルコンズが1990年代まで使用し,解体された。いまはそれぞれ別々にスタジアムをもっている。新しいスタジアムの円形空間は広い空に満ち、拍手と歓声、トランペットの響き、そして「レッツ・ゴー、メッツ!」という力強くも昔ながらの掛け声が、弱々しく空に昇り、消えていった。その場所には残響も、安心感もなかった。PaulGoldberger,Ballpark:BaseballintheAmericanCity,p.179,201920KAJIMA202607
Photo:AP/アフロニューヨーク・メッツの本拠地シェイ・スタジアム。ドジャースとジャイアンツが西海岸に移転した後,1962年に誕生したメッツとアメフトのニューヨーク・ジェッツがプレイした。敷地は米国最大の都市にありながら魅力に乏しく,数マイル先のニューヨークのスカイラインはまったく見えない。 スタジアムは極めて高い急勾配のスタンドがグラウンドを囲むようにそびえ立つ「ドーナツ」型だが,注目すべきは円形が完全に閉じておらず,将来の拡張の余地を残して一部開いたままだったことだ。そのため,上部のスタンドや内野席の観客は広く開けた眺望を楽しみ,初期の球場にあったような開放感をある程度感じることができた。老朽化によって2009年に解体されるまで45年間使用された。21KAJIMA202607
Photo:Highsmith,CarolM/LibraryofCongress,U.S.発展の絶頂期にあった当時のヒューストンは,都市の無秩序な発展を受け入れ,エネルギーの浪費を是とし,あらゆる制約に反発する都市だった。天井高さが約63m,スタジアムの幅が約216mに及ぶアストロドームは,その象徴のような存在といえる。野球の伝統に従うのではなく,テクノロジーが環境を制御する空間としてのスタジアムを受け入れたのだ。この巨大な空間では,野球やアメフトだけでなく,バスケットボールやテニス,ボクシングから,コンサート,家畜品評会,ロデオ大会まで行われた。Photo:WikimediaCommons巨大化・郊外化・標準化という流れのなかで,技術と経済合理性が優先された到達点が,1965年建設,「世界8番目の不思議」と称されたヒューストン・アストロドームである。 1960∼70年代,石油・ガス産業で爆発的に発展したテキサス州ヒューストンでは,夏季の酷暑と湿気,さらには蚊の大量発生からファンを守る球場を建設すれば,新球団が誘致できる―その発想のもとで,エアコンを備えた全天候型ドーム球場を完成させた。建設にあたっては近くのNASA宇宙センターを意識して,野球とはあまり関係がなかったとしても未来的な印象を与えたかったようだ。「初めてUFOに搭乗する気分だ」と,遠征に来たあるヤンキースの選手は言った。22KAJIMA202607
ポール・ゴールドバーガー PaulGOLDBERGER建築批評家。「ニューヨークタイムズ」紙の建築批評家として15年間活躍し,建築に関する執筆活動によりピュリッツァー賞を受賞した。「ニューヨーカー」誌の建築批評家を経て「ヴァニティフェア」誌の寄稿編集者を務める。著書多数。近著はBallpark,WhyArchitectureMatters,BuildingUpandTearingDown:ReflectionsontheAgeofArchitecture,UpfromZeroなどがある。ニュースクールで教を執るかたわら,建築,デザイン,歴史的保存,都市について全米各地で幅広く講演を行っている。ニューヨーク在住。坂本和子 KazukoSAKAMOTO東京生まれ。翻訳家。日米で建築を学び,建築設計・建築教育に携わった後,翻訳家として活動し,建築・デザイン分野の書籍,展覧会,ウェブサイト等の翻訳を数多く手がけている。最近の訳書に『建築という芸術 評伝フランク・ゲーリー』(2024年,鹿島出版会)など。Photo:AP/アフロ屋外の雰囲気を演出するため,当初は透明なアクリル樹脂屋根と天然芝のグラウンドが採用されたが,どちらも計画どおりには機能しなかった。透明屋根は太陽光を反射してグレアを引き起こし,野手はフライのボールが取りにくくなる問題が発生したため,屋根パネルに半透明のオフホワイトの塗料を塗布したところ,グレアは軽減されたが今度は芝生が枯れてしまった。そこで,新しく人工芝「アストロターフ」が開発され,メジャーリーグ初の人工芝グラウンドが誕生した。アストロターフもその後,あらゆる人工芝の代名詞となった。 スタジアムは2008年に閉鎖されたが,2014年に歴史登録財に登録され現存する。23KAJIMA202607デザイン―江川拓未(鹿島出版会)