厳しい気候にある球団の解決策は,オープンカーのように開閉可能な屋根にすることが間違いない。前号で紹介したアストロドームに始まる巨大で閉鎖的なスタジアムの流行が最高潮に達し,贅沢と過剰な建設ブームに象徴された1980年代を締めくくったのが,1989年に完成し,2025年のワールドシリーズで盛り上がったカナダ・トロントのロジャース・センターである。 その後,1999年,シアトルにはかつてマリナーズのイチロー氏(1973―)が大活躍したセーフコ・フィールドで知られるいまのT ― モバイル・パークが,ヒューストンには老朽化したアストロドームの後継であるダイキン・パークがともに完成し,各地で開閉式屋根スタジアムが隆盛を誇る。そして固定式屋根球場は時代遅れとなっていく。5回 開閉式屋根付きスタジアム球場の試みPhoto:DiamondImages/GettyImagesカナダの建築家ロデリック・ロビー(1928― 2012)らが設計したロジャース・センター(旧スカイドーム)は,アーチを描く3枚の可動式パネルと1枚の固定式パネルからなる巨大な開閉式屋根システムを備える。まず2枚のパネルがレールを滑ってスタジアムの北端,センター側まで移動して固定式パネルの下へ。その後,ホーム側にあるパネルがスタジアムを囲む円弧状のレールに沿って移動し,他のパネルと一緒にアーチの下の間に収納される。ロビーは,この可動システムを「大きなロブスターが何枚もの殻を相互にスライドさせながら動くような」と表現したが,スタジアムをほぼ完全に空に開放したことが,彼の最大の功績だ。全天候に対応する世界初開閉式屋根付きのスタジアムが,ここに実現した。あらゆる開閉式屋根は,野球の伝統との相当な妥協を経て実現したものだ。人が環境をコントロールし,観戦が天候に左右されたくない時代,そして野球が厳しい気候の地域にも広がっていった時代では,納得できるトレードオフといえるだろう。PaulGoldberger,Ballpark:BaseballintheAmericanCity,pp.250–251,201914KAJIMA202608

Photo:StephaneLegrand/Shutterstock.comロビーらは,スタジアムを娯楽の場としてだけでなく,都市のつながりの拠点としても位置づけた。一部の客室からフィールドを直接見下ろせる大規模なホテルやレストラン,ミニチュアゴルフコースなどを盛り込んで,伝統に新たな要素を組み込むことを試みた。また,隣にそびえ立つ巨大な針のようなCNタワーはスタジアムと歩道で結ばれ,トロントのダウンタウンにとって鐘楼のような存在となり,両者はお互いの巨大さを引き立て合って視覚的な対比を生み出している。15KAJIMA202608

ポール・ゴールドバーガー PaulGOLDBERGER建築批評家。「ニューヨークタイムズ」紙の建築批評家として15年間活躍し,建築に関する執筆活動によりピュリッツァー賞を受賞した。「ニューヨーカー」誌の建築批評家を経て「ヴァニティフェア」誌の寄稿編集者を務める。著書多数。近著はBallpark,WhyArchitectureMatters,BuildingUpandTearingDown:ReflectionsontheAgeofArchitecture,UpfromZeroなどがある。ニュースクールで教を執るかたわら,建築,デザイン,歴史的保存,都市について全米各地で幅広く講演を行っている。ニューヨーク在住。坂本和子 KazukoSAKAMOTO東京生まれ。翻訳家。日米で建築を学び,建築設計・建築教育に携わった後,翻訳家として活動し,建築・デザイン分野の書籍,展覧会,ウェブサイト等の翻訳を数多く手がけている。最近の訳書に『建築という芸術 評伝フランク・ゲーリー』(2024年,鹿島出版会)など。1999年にシアトルにオープンしたT ― モバイル・パークは,大きなアーチを描く1枚の屋根パネルが2つのレールに沿ってスライドするシステムで,最上段の観客席と屋根の間に空がある。つまり庇や傘のように,屋根が架かっているときも完全な屋内にはならず,野球は屋外のスポーツであることが実感できるし,試合中に観客席からシアトルのダウンタウンのスカイラインを一望できる。開閉式屋根の設置によって球場が大型化することは免れないものの,必ずしも人間的なスケールや周囲との調和を損なうわけではないことを証明している。Photo:AmyRoswurm/Shutterstock.com16KAJIMA202608

Photo:BobBusserPhoto:GrindstoneMediaGroup/Shutterstock.comT ― モバイル・パークに続き,2000年にヒューストンにオープンしたダイキン・パーク(旧ミニッツメイド・パーク,竣工当時はエンロン・フィールド)も,スタジアムと周辺環境との調和を試みた事例である。1970年代から廃墟になっていた旧ユニオン駅がスタジアムと一体になっており,歴史的建造物への関心が比較的低かったヒューストンにとって,重要な保存の取り組みだった。旧ユニオン駅のコンコースは球場のメインエントランスおよびロビーとして活用されていたり,レフトの外野席にある水道橋のような壁面の上を,昔ながらの蒸気機関車が走る仕掛けもあったりする。 いずれのスタジアムも野球専用であり,親密さや個性,都市の特色の反映など,豪快なスタジアム建築と当時の最先端技術を融合させる試みが見られる。17KAJIMA202608デザイン―江川拓未(鹿島出版会)