幼き頃からものづくりをしているところを眺めることが好きだった少年がいた。 美輪明宏さんの﹁ヨイトマケの唄﹂。まさにあの歌のように﹁エンヤコラ﹂とロープを引き重りを吊り上げ、それをドスンと落として地面を固める光景を少年は覚えている。 また工事現場で動く重機の磨き上げられた金属の輝きに何とも言えぬ魅力を覚えた。あれは油圧シリンダーというものだろうか。 少年の建設現場好きが決定的になったのが父と行った1968年公開の映画﹁黒部の太陽﹂。トンネルとダム建設の話に感動した彼は、その後トンネル工事の児童書も買ったほど。さらに翌年には霞が関ビル建設の映画﹁超高層のあけぼの﹂を観て、ますます建築と土木の世界に惹かれていく。 では少年はその道に進んだかというと、理数系に才能がないという致命的な現実に直面し、中学時代にはもう断念。と同時にこの頃ラジオを聴き始め、スタジオの様子が掲載された雑誌のマイクや調整卓などの放送機器を眺めては﹁なんとかこの世界に潜り込めないか﹂と思うようになった。 やがて彼は大学生になり就職活動に突入。 成績は芳しくなかったものの、ダメもとで受けたラジオ局のアナウンサー試験にまさかの合格。奇跡的に夢見ていた世界に入ることになる。 以来45年、そこを居場所にし続けている。 そして彼は思った。ものづくりの現場の苦労、工夫、感動の物語を取材し、マイクの前で語ることが自分の役割ではないかと。 幼き頃に観た﹁黒部の太陽﹂で描かれた関電トンネルに出かけ、﹁破砕帯﹂を通過した興奮や、羽田空港のD滑走路の工事現場を取材した体験などを折あるごとに語ってきた。 そんな彼は今、ラジオ番組で笑福亭鶴瓶さんのお相手をしている。ここで、嬉しくも鹿島建設のCMと出合った。耳から入ってくるものづくりの情報は、想像力を掻き立てられ、毎回感銘を受けている。 建設の現場が好きだったかつての少年は今、鶴瓶さんとご一緒できる幸せとともに、ふたたび、建設との不思議な縁を感じている。 そして、これからも機会があれば様々な建設の現場に足を運び、その体験を語ることができればと願う。あの時の少年の思いが、今の私を動かしているのだ。26KAJIMA202609うえやなぎ・まさひこアナウンサー1957年生まれ。立教大学法学部(といいつつほぼ放送研究会の部室に入り浸り、ラジオドラマ制作やキャンパス内に生放送を流すなど部活動は満喫)卒業後、81年にニッポン放送にアナウンサーとして入社。「オールナイトニッポン月曜2部」、音楽番組「FAN!FUN!TODAY」、「タモリの週刊ダイナマイク」、「テリー(テリー伊藤さん)とうえちゃんのってけラジオ」、その他深夜から午前午後、土曜日曜と様々な番組を担当。(つまり長寿番組は皆無)。そして今はようやく10年目を迎えた早朝番組「上柳昌彦 あさぼらけ」と「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」(鹿島提供)という居場所を見つけてマイク生活もなんとか45年に。vol.261